大きなグラスは意外と重い
「お姉様!」
「何ですの、いきなり入ってくるなんて、相変わらず貴女には常識と言うものが無いのかしら」
「ごめんなさい。ただお姉様のドレスがどんなものか確認しておきたかったんです」
「貴女のものとは似てないから心配する必要はありませんわ」
「そうですか」
そう答えても、わたくしにあてがわれている部屋をうろつくティアンカを、メイド達が迷惑そうに避けております。
もしうっかり転ばれてドレスに何かあっては大問題ですものね。
「お姉様、今日はルツァンド様のエスコートなんですよね」
「ええ」
「それなら、オベロン様に構ってる暇なんてないですよね。旦那様の前でそんなこと出来ませんよね」
「何度も言っていますけど、貴女は馬鹿なの?」
「っ!……もう失礼します!」
いつもなら何か言い返してくるけれども、大人しく部屋を出ていく姿に少し成長したと思った瞬間、メイドの一人が青い顔をしてわたくしに耳打ちをしてきました。
「……馬鹿な子。いいわ、別に分けておいたもので代用して頂戴」
「かしこまりました」
「……本当に、馬鹿な子」
いつもよりも低く、わたくしの冷たい声に慣れているメイドですら震えが止まらないようでした。
◇ ◇ ◇
「シシリア、問題が起きたんだって?」
「些事ですわ。でも、少しわからせた方がいいと思いまして、旦那様も付き合ってくださいますわよね?」
「もちろん」
旦那様にエスコートされて会場に入ると、ザワリとわたくしの左肩から谷間までを飾る暁の薔薇に注目が集まります。
会場内の一際大きな集団の中心にはティアンカとマレウス様の姿が見え、そしてティアンカの髪には暁の薔薇が飾られています。
「……なるほど」
「参りましょう、旦那様。陛下達には余興をするので会場には遅れていらっしゃるようにと伝えておりますわ」
一瞬止まっていたわたくし達の足が大きな集団の方へ向かえば、集団が割れティアンカとマレウス様の姿がはっきりと見えます。
「御機嫌よう、マレウス様。随分人気のご様子ですわね」
「ああそうだな。ルツァンド様も御機嫌よう」
「ええ、御機嫌よう」
「サフィール様は本日は参加なさらないとか?」
「ああ、ミリア様のパートナーはオベロン様がなさるそうだ」
「熱が出たそうですわね」
「最近少し無理をしていたからな」
「ちょっと! 私への挨拶は無いんですか!?」
「あら、ティアンカ。どうしてここにいるのかしら?」
「なっ」
「その髪の花、貴女がどうしてつけているのかしらね? 意味を分かってつけているのかしら?」
「私だって陛下にオベロン様の接待を任されたんです! この花をつける権利があります!」
「ありませんわ」
即答で否定するわたくしに、ティアンカは目を大きく開いて隣にいるマレウス様の服を掴んで涙目で見上げますが、マレウス様の目は冷たくティアンカを見据えていました。
「だから会場に入る前にそれを外した方がいいと言ったんだ」
「どうしてですか! お姉様だけが陛下に寵愛されてると思われてしまうじゃないですか! だから私がそんな事は無いって皆さんに教えようとっきゃぁ!」
ティアンカが話している途中で、わたくしが給仕に持ってこさせた大きなグラスを持った腕ごと伸ばして傾け中に入った真っ赤な果実水をティアンカの頭の上から浴びせました。
中に入っていた果実や氷が髪やドレスに絡まり、暁の薔薇もすでに見れた物ではなくなっております。
傍に近づいて掛けましたが、わたくしには被害が出ないように角度などは計算しておりますのでわたくしには一切被害はございません。
「マレウス様、次にこのようなことがあれば、こちらにも考えがございますよ」
「ああ、すまない。まさかティアンカがここまでするとは思わなかった」
「わたくしの異母妹だから今回はこれで見逃しますのよ? ちょっとしたいたずらで許して差し上げていますの」
「あ、ひどっい……ひどい!」
「おっと、そんな汚れた体で私の妻に近づかないでもらおうか」
すでに距離を取っていたわたくしに掴みかかってこようとしたティアンカの手をルツァンド様がすぐさま給仕の持っていたトレイを奪って防いでくださいました。
手の角度から、わたくしの暁の薔薇をむしり取ろうとしたのでしょうね。
「こうしたのはお姉様だわ! 私は悪くありません! そうでしょう、マレウス様!」
「マレウス様、わたくし、貴方からの謝罪が聞きたいですわね。婚約者の不始末ですもの、もちろんこのわたくしにこの場で頭を下げてくださいますわよね」
「なっ! たかが次期侯爵夫人の分際で、マレウス様に頭を下げさせるつもりなんですか? お姉様は何処まで傲慢なの!」
「黙ってくれるかな? そうでなければ今の発言は、我が家を軽んじたと取らせてもらう事になる」
「まて、ルツァンド様。ティアンカの発言は取り消しさせてもらおう。シシリア」
「なんですの?」
わたくしの冷たい視線を受けて、マレウス様が膝をおって大勢の見ている前でわたくしに頭を下げました。
「ティアンカの不始末は俺の管理不足のせいだ。薔薇の意味を、まさか中途半端にしか学んでいないとは思っていなかった」
「考えが甘いんですのよ」
「ああ」
「マレウス様! どうして頭を下げるんですか!」
「黙っていろ、ティアンカ」
「なっ」
「では、ティアンカを連れて出て行ってくださいますか。見ているだけで不快ですの」
「ああ、ほら、行こうティアンカ」
「どうしてですか? お姉様が私をこんなにしたんですよ!」
騒ぐティアンカを正式な出口からではなく、近い中庭に続く扉から連れ出したのは、一刻も早く会場を出るためでしょう。
すぐさま汚れた箇所を使用人が片付け、何事もなかったようにされます。
「ルツァンド様、わたくしの今日のドレスは如何でしょうか?」
「もちろん、よく似合っている。そうでしょう、皆さん」
「あ、ああ。とても美しい。暁の薔薇はやはりシシリア様に相応しいな」
「ええ、ドレスも綺麗なオレンジで品がありますわ」
「ありがとうございます。この生地は東方から仕入れた布を染色したものですのよ」
記憶には残っているでしょうけれども、何もなかったと、マレウス様とティアンカは元からこの夜会に参加していなかったと振舞う貴族たちがお決まりの挨拶をしていると、ミリアとオベロン様、国王陛下夫婦、お婆様が入城してきました。
先ほどのやり取りは王族用の小部屋から見ていただろうに、まるで何もなかったかのように振舞う王族の姿に、多くの貴族は今回の件はわたくしが仕込んだものなのだと理解してくださったようです。




