微笑ましい父娘の会話
「シシリア、久しぶりだな」
「あらお父様。そうですわね、最近は実家に行く回数も減りましたものね」
王宮の廊下で珍しく遭遇したお父様に笑みを向ければ、お父様も柔らかい笑みを浮かべました。
「マリティアもああ見えて寂しがっている。また今度帰っておいで」
「そうですわね。けれど今はお役目を仰せつかっておりますので、しばらくは時間が取れませんわね」
「そうか」
「そういえば、再来週に行われる夜会には出席なさいますのよね?」
「ああ」
「わたくしもルツァンド様と参加いたしますので、そこでご挨拶させていただきますわ」
「そうか。ああ、そうだシシリア」
「なんでしょうか?」
「お気に入りのメイドがいるそうだな」
「誰の事でしょう? わたくしは有能であれば皆を平等に気に入っておりますわよ」
「よくメイドを辞めさせるお前が、彼女の事は随分信頼しているとか」
「あらお父様、このわたくしがメイドを辞めさせているわけではありませんわよ」
「そうだな」
「でも、そうですわね。最近どこかの家の者が随分と辞めたメイドに接触しているそうですわ。まるで何かを調べているようだとのことですのよ」
「おや、怖い事だな」
「まったくですわ。出来の悪いメイドの事ですから、きっといろいろと話してしまったかもしれませんわねえ、何と言っても出来の悪いメイドですもの。まあ、その情報も信用できるかと言われたら別ですけれどもね」
「やはり使用人は信頼のおける者でないとな。しかし、家同士の繋がりもある、難しいものだ」
「そうですわね。それでお父様」
「なにかな?」
わたくしはお父様に向かって一歩足を進めました。
「お探しの蝶は見つかりましたか?」
「……お前はどう思う?」
「わかりかねますわね。けれど、逃げ出した蝶なのでしょう? もう諦めてはいかがですか?」
「大切な愛しい蝶でな」
「長年の想いは中々薄れないものですものね。それが手に入らないとわかればなおさら想いは募ってしまうのでしょうか?」
「……そうだな」
「なら、親思いのわたくしはその愛が色褪せぬようにして差し上げますわ」
「意地の悪い事をする」
「お父様がいけませんのよ。うまく立ち回らないからいけませんの」
「……蝶の想いを自由にし過ぎたな。だが、だからこそ蝶は美しい」
微笑んで言うお父様にわたくしは隠すことなくため息を吐き出しました。
「思い出は美化されますわ。そして、死者にはなかなか勝てないものですわよね」
「シシリア」
「なんでしょうか?」
「お前の籠にあるうちは想うだけに留めておこう。可愛い娘が折角隠しているのだ。見ないことにするのも父の役目と言うものだろう」
「あら、殊勝なおっしゃりようですこと」
「だが、隠居する時は私は蝶を慰めとしたい」
「まあ、あと十数年以上は先の話ですわね。ではお父様、本日はお話しできてうれしかったですわ。御機嫌よう」
「ああ、また今度」
どこか不穏な会話をしているのに穏やかな笑顔であり続けた、緊張感の一切ない親子のやり取りに、背後に控えていた部下や使用人たちはどこか歪な恐怖を感じたそうですが、まあ、貴族のご愛敬ですわよね。




