純愛か執着か、それとも妄愛か
「なあ、マリティア。そろそろ私の愛人を返してくれないか?」
「まあ、何の事でしょう? わたくしの所にミレジアはおりませんわよ。旦那様が側室にしようと企んでいたから逃げたのではありませんか?」
「アレが自分の力だけで逃げられるわけがない。そう言う風にしてきたからな」
旦那様の視線に扇子の下でため息を吐き出す。
婚約した直後に愛する人がいると言われたのは今でも強烈に覚えています。
土下座をして、王女が降嫁していただくのに、わたくしの事を愛することが出来ないと、両親の前ではっきり言われたのです。
もともと政略結婚で愛情など求めていませんでしたが、はっきり言う男だと呆れたものでした。
「よくやったものですわよね。手に入れるために実家を没落させて、義理の息子に追い出させて援助するなと脅して、孤独になったところをさも偶然出会った親切な元知り合いとして現れて、上手い事愛人にして」
「君が妊娠中に色々画策したことはすまないと思っているさ」
「本当に。抱くのを拒まれて深酒をして、それで平民の下級娼婦に手を出すなんて。ティアンカが現れてその事を知った時は本当に呆れましたわ」
愛人は一時と言うミレジアに対して、永続的に、強いて言うのであれば側室にしたかった旦那様は彼女が何かを学ぼうとするのをことごとく阻止していました。
男爵令嬢であった彼女は学園でも本当に必要最低限の事しか学ばずに、実家の財政事情もあり、一年で卒業してルノワーナ男爵の後妻になりました。
お茶会に参加する程度のマナーや知識はあるけれども主宰するほどの知識はない。
愛人になって必死に学ぼうとしても旦那様に邪魔されて上手くいかない。
けれども彼女は必死に考えたのです。
ダンスの練習がしたいと強請り、旦那様をもてなすためのメイドを雇いたいと強請りました。
その二つの手配は旦那様がしましたが、もちろんそこにわたくしの手駒も混ざっておりました。
ミレジアはその子を見つけ出し、貴族の家に仕えるだけの技術を教えて欲しいと願い、わたくしが許可を出しました。
所作などを一気に教えてしまえば目ざとい旦那様が気づいてしまうかもしれませんので、数年かけてゆっくりと覚え、料理、流行、お茶の淹れ方、掃除の仕方、文字の読み書きや計算の仕方、世情、貴族名鑑、そういったものを十数年かけて習得していきました。
「ティアンカを利用して別宅に囲って、なし崩し的に側室にしようなどと考えるから逃げられますのよ。いなくなったのは別宅で愛人の子供の面倒を見てくれと言った後なのでしょう?」
「ああ、だが側室になれば正式にこの私の戸籍に入るんだ。男爵令嬢で、男爵家の後妻でしかないアレにとっては大出世だろう」
「そうですわね。でも、それはわたくしたち高位貴族の考えですわね」
「平民は義務や覚悟よりも愛で結婚するそうですわ。随分と年の離れたルノワーナ前男爵とミレジアも義務ではなく愛で結婚したのかもしれませんわよ」
「ふんっ。多額の支援金と引き換えに嫁いだのは確認済みだ。それでなくとも息子に爵位を譲った男の妻になるなど、女にとっては義務以外の何ものでもないだろう」
「そうですか」
旦那様の言葉に冷たい視線を向けて、わざとらしくため息を吐きました。
「ミレジアが見つかったらどうするおつもりなのですか? ティアンカはすでに王宮で教育を受けるために別宅を引き払っておりますわよ」
「ならその別宅に住まわせればいい」
「側室として扱うという事ですわね?」
「構わないだろう。愛人より待遇がよくなる。そもそも、何度も側室にと言っているのを拒んでいる理由が分からない。愛人になったのに側室を拒むなど、意味が分からん。前男爵夫人などと言う肩書など何にもならないだろう。子供が居るわけでもないのだし」
「そうですか」
「この私がこれだけ探しても見つからないのは、君が隠しているとしか思えない。王宮にもそれとなく探りを入れているが、流石に前王妃付近には手が出せない。それともシシリアのところか? 他家の使用人は中々把握できない上に、あの子の使用人は入れ替わりが激しいからな」
「……どうしてそこまでミレジアに執着なさいますの?」
「初恋なんだ」
「そうですか。旦那様がそうでも、ミレジアは旦那様を愛していないのではありませんか?」
「わかっている」
「知っていて執着なさいますか」
「隠居したらミレジアと共に領地で暮らしたいと思っている」
「構いませんわよ。その場合わたくしはこの家に残りますけれど」
「そうか」
旦那様の純愛に感心すべきか、執着に呆れるべきか、悩み所ですわね。




