経営者ごとの教育の違い
「シシリア様は孤児たちに文字を教える必要はないとおっしゃったそうですね。ミリア様はどう思われますか?」
子供達が庭で土いじりをするのをベランダに設けられた椅子に腰かけながら見ていると、今回の慰問に同行なさったオベロン様に不意に聞かれた。
前回はシシリア、その前はティアンカ様。
二つの孤児院とその管理者を見てから私の管理する孤児院の慰問には色々思うところがあるのかもしれない。
私の管理する孤児院はシシリアの孤児院のように整っているほうではあるけれども、どちらかと言えば職業技術を磨く方面に力を入れて教育するようにしている。
「必要な者にはそれ相応の教育はしております。教育の必要のない孤児にまで無用な知識を与える必要はないと、シシリアは考えているんですよ」
「識字率が上がれば就職率も上がる、良い事ではありませんか」
「では、文字の読み書きが必要な職種、役職は何なのか、計算を行う事が必要な職種、役職が何なのかを確認しなければなりませんね。それに、孤児が文字の読み書きを出来て、普通の平民の子供が文字の読み書きを知らないのではバランスが崩れてしまいます」
「そう言いますと?」
「道などの掃除人に読み書きや計算が必要でしょうか? 管理者に指示された場所を指示されるままに清掃するだけです。ああやって土を耕し草木をいじるものに、難しい文字の読み書きや計算が必要ですか? 仕える者からの指示で行動するだけの者に、文字は必要ございませんよ。孤児が出世していけないわけではございませんが、かといって普通の平民が蔑ろにされるべきではありません」
この国はそれなりに大きく力もある。
仕事は少なくないが、過剰にあるわけでもない。
「だがしかし、文字の読み書きが出来る者が増えればそれだけ人材が増え、才能があるものが登用されるかもしれない」
「急激な国民の知識向上や意識の改革はあまりいい結果を産むとは言えませんわ。我が国は貴族が平民を、言い方は悪いですが支配しております。その意味を理解せずに知識の実を与えられた国民がそれに反発を起こせば国は崩れてしまいます。才能のあるものを見出すのは貴族の義務です。それに文字と言う手段を使う必要はありません」
私の言葉に、オベロン様は頷く。
彼も国の頂点に立つべき存在なので貴族と平民のバランス調整は重要な問題だと理解しているのだろう。
「でも貴女は簡単な文字と計算を教えていましたよね?」
「貴族の子供が覚えるものです。オベロン様はひらがながよめて十まで数えられるだけの子供が、何か上の職業に就けると思いますか? せいぜい給金をごまかされない、と言う程度ですわ」
「なるほど。貴女達三人は本当に違った教育を孤児に施しているのですね」
感慨深いような笑みを作って言うオベロン様に笑みを返す。
この人は優し気な雰囲気で隠しているけれども、恐らく随分強欲で傲慢で策略家だと思う。
婚姻祝いだの交流だの言っているけれども、実際は隣国の内情偵察以外の何ものでもない。
そもそも、王太子がおつきのものが居るとはいえ一人で来るのがおかしいのだ。
友の一人でも連れてくるのが普通なのではないだろうか?
もしかしたら、サフィール様がおっしゃっていたように、この国の高位貴族の令嬢を妻として連れて帰るのが目的なのかもしれない。
「シシリア様の孤児院出身の孤児は皆、それぞれ貴族の家に奉公したり、商家に奉公しているのだそうですね。それと、高級娼婦になった娘もいるとか」
「そうだと聞いておりますわ」
「孤児が娼婦になるのは悲しい事ですね」
そう言いながらもオベロン様は全く悲しそうな表情を浮かべていない。
「場末の下級娼婦や酌婦であれば悲しいと感じるかもしれませんが、高級娼婦であれば高位貴族の使用人に劣らぬ教養を求められます。下手な貴族よりも優秀だと評価されたのと同義ではありませんか?」
「娼婦は体を売る女ですよ。下劣とは思わないんですか?」
「貴族に良し悪しがあるように、娼婦にも良し悪しがございますでしょう? それにこの国の貴族の男にとって娼婦は必要な存在です」
「貴女も娼婦肯定派ですか」
クスリと笑うオベロン様に、試されているのだとわかってため息をつきたくなってしまう。
「この国には愛人と言う制度もあります。それに、シシリアも言いませんでしたか? 必要だからある職業をなくせば歪みが発生すると、それを目指している者も居るのに、その職業を憐れむのは、この国に対する、その職業を利用している者への侮辱だ、と」
「言われました。言い方はもう少しきつめでしたけれども」
シシリアらしいと苦笑してしまう。
私の孤児院では私の事業の技術者を育てているから、その教育は多岐にわたっているし、個人個人で違う。
今見せているのは食材となる小麦や果実を育てる勉強だ。
私やシシリアの管理する孤児院は、他の貴族の令嬢や夫人の管理する孤児院の中でも環境はいい。
施しだけを与えて放置する環境の悪い孤児院の子供が犯罪者になることも多い。
ならなぜすべて王家が管理しないのか、裕福な家が管理しないのか? シシリアならこう言うだろう、「他人の後始末をどうしてこのわたくしがしなくてはいけませんの?」と。
「シシリア様は素晴らしいご夫人ですね。夫婦仲もよいとか」
「そうですね。お互いに愛し合っているそうです」
「貴族の夫婦としては珍しいですね」
「ええ」
貴族の婚姻は愛情よりも義務と覚悟が重要視される。
シシリアの婚姻だって当初は愛情よりも政略が優先されていたと聞いたことがある。
「けれど、シシリア様はこの国の国王陛下の最愛なのでしょう? 他の男性からも随分好かれている様子」
「シシリアを慕う令嬢やご夫人、使用人も多くいますよ」
「男性からも、慕われていますよね?」
その言葉にオベロン様の目をじっと観察する。
シシリアを卑下しているというよりも、これは興味のある女性の友好関係を確認しているものに近いように思える。
「シシリアは美しく高貴、しかも既に婚姻している身ですから、憧れる人が多いのですよ、男女問わずに」
「そうですか」
そのまま、話題はシシリアから孤児の勉強の事や仕事先、そもそも孤児の発生率の話に変わり、一通り話し終えたところで時間になって王宮に戻ることになった。




