王子兄弟の幸せ
「お前は北の領地に行ってこの国の守りを固めてもらう事になる。学園生活中に片腕になるものを見定め、生涯の伴侶となるものを決めるように」
「……はい」
「お前はこの地に残り、伴侶との間に子をなしその血を繋げよ」
「はい」
◇ ◇ ◇
父上との謁見が済み、深くため息を吐く。
「またお加減が優れないのですか、兄上」
僕の様子にマレウスは肩を支えるように手を添えて心配をにじませた声で尋ねてくる。
「いや、大丈夫だよ」
「そうですか」
「学園にお前のお眼鏡にかかる子はいるのかい? あまりいい噂は聞かないのだけれど」
「愚問ですね」
そう言うマレウスの目に迷いはなく、僕は安心したように息を吐き出す。
「お前の婚約者候補も最終選考だね」
「選考も何もないでしょう。父上はシシリアがお気に入りだ、アレを手元に置くためならどんなわがままだって聞きますよ」
「そうだね。父上はシシリアを外に出すような真似は絶対にしないだろうね。……ねえ、僕はお前の兄だよ」
「はい、知っていますよ」
「よく似ていると思っているよ。馬鹿な所なんて特にね」
僕の言葉にマレウスは視線を下げる。
「似ていませんよ。俺は兄上の様に器用じゃない」
「幸せを望む権利は誰にでもあるんだそうだ」
「俺は、誰にも俺の幸せの邪魔をさせるつもりはありません」
肩に置かれていた手が離れ、マレウスの胸の前で握られた拳は力が入りすぎているせいでわずかに震えている。
「なら、お前が気にかけているというシシリアの異母妹を伴侶にするのかい?」
「あれは可愛そうな娘です。実の母親を亡くして寂しいのでしょうに、ちゃんとした愛情を家の者から与えられず、それどころか愛人の娘と馬鹿にされ、貶められている。ひたむきで健気で、辛い仕打ちに負けない愛らしい娘ですよ」
「なら、並み居る婚約者候補を押しのけて正式な婚約者にすればいいじゃないのかな?」
「まだ時期ではありません」
「いずれはそうするという事かな」
「シシリアの傍からティアンカを離し、北につれていくにはそれが一番でしょう」
マレウスの言葉に僕はハッとしたように目を見開き、次の瞬間にクシャリと顔を歪ませて笑ってしまう。
「……ああ、そうか。そうだね、シシリアの言う通りだ」
「兄上?」
「本当に、馬鹿だよ。僕もお前も」
「あの女は本当に不敬ですね。王族の、王子である俺達にそんな事を言うなんて」
「彼女も王族だよ。グリムアから王位継承権を譲り受けている」
「は?」
流石に知らなかったのか、マレウスは素で驚いているようで僕は苦笑してしまう。
「マリティア叔母上が持っていた継承権は長子であるグリムアに移したけれども、グリムアがシシリアの婚姻祝いにその継承権を譲ったんだ」
「どうしてそんな真似を……。いや、父上ならお許しになるでしょうね」
「お前は本当は知っているんだろう?」
「……さて、何の事でしょうか」
「シシリアは僕達の次の時代の大いなる母になる。彼女の子供は僕の子供の番となり、王族の血を繋げていく。彼女の子供はモストロム侯爵家の当主となり国を支える、彼女の子供はレイバール公爵家の当主となり国を支える。もっと多くの子供を産めば、誰もがその子供を欲しがるだろう」
「子供をそんな道具のように扱わせない!」
「すでにシシリアはその事に同意しているよ」
「っ!」
「シシリアの望みの前には、子供は役者の一つであり、道具の一つなんだろうね」
「どこまで最低な女なんだ!」
「ああ、そうだね。彼女の愛は何処までも最低で深くて広くて自分勝手だ。でも、そこには確かに愛がある」
僕とマレウスは目を合わせ、お互いの目の中にたった一つの欲を見出す。
「俺の望みは誰にも邪魔させません」
「僕の望みも誰にも邪魔させないよ。それが最悪、お前を失う事になってもね」
「兄上の望みはなんですか?」
「幸せだよ、簡単だろう」
同じ欲。
けれども自分よりも深くどろりとした暗いものを僕の瞳の中に見たのか、マレウスは息を飲む。
「マレウス、いい子でいておくれ? あまりおいたが過ぎればシシリアが手を下す前に僕がお前をお仕置きしてしまうよ」
「……失礼します」
顔色を白くしたマレウスの背中を見ながら、少しいじめすぎたかもしれないと僕は首を傾げて使用人達を連れて部屋に続く廊下を歩く。
部屋の少し手前、帰りを待っていたのだろうはちみつ色の少女を見て笑みを浮かべた。
「ミリア嬢、いらしていたのですね」
「はい」
「中で待っていてもよかったんですよ」
「いえ、そういうわけには」
「いいじゃないですか。君は僕の婚約者なんですから」
「……そう、ですね」
シシリアの親友のこの少女は甘く優しい香りがする。
貴族の令嬢としてはどうかと思うが菓子作りが得意と言うだけあって、適切な分量、手順、温度を理解している。
「今日もいい香りがしますね」
「クッキーを焼いてきました。ハーブを入れてあるんです」
「そうですか。楽しみですね」
私室にエスコートしながら笑みを浮かべる。
彼女となら、僕の望む幸せを作り上げることがきっとできるだろう。




