兄妹はどこか似ている
「あら、ティアンカ。まだ駄々をこねていますの?」
「駄々ですって!?」
散乱した服の山、装飾品を収める箱、ぬいぐるみや調度品、そう言った物がまだ荷造りされることなく散乱しているのを見てわたくしは呆れたように声をかけました。
「早く荷造りを終えて別宅にいかないとあちらの者に迷惑がかかってしまうでしょう。貴女の為に用意したのですから」
「この家から追い出すだけじゃない! よりにもよって私の誕生日にこんなっ!」
「ああ、忘れておりましたわ。十四歳おめでとうございますティアンカ、わたくしからのプレゼントですわ」
そう言うとわたくしに付き添ってきたメイドがティアンカに長細い箱を渡す。
「なんですか」
「扇子ですわ」
言うが早いか、箱を開けたティアンカは箱をテーブルの上に置いて扇子を手に取って広げました。
「聞きましたわよ。先日、持っていた扇子を折ってしまったのですって? 相手のご令嬢も驚いていたとか」
「あれはっ!」
「今度は折らないようになさってくださいね」
渡された扇子を広げてひっくり返したり閉じて逆さまにするなど、まじまじと扇子を見ていたティアンカが不機嫌そうにわたくしを睨んできました。
「これ、家紋がどこにもありません」
「当たり前でしょう」
「私がこの家の人間じゃないとでもいうつもりですか!?」
「わたくしが貴女に扇子を贈るのですよ。家紋などいれるはずがないではありませんか」
「お姉様はどうしていつまでたっても私を認めてくれないの!?」
わたくしは既にレイバール公爵家の娘ではない為、家紋を自由に使えるわけがないのだけれども、ティアンカはそれを理解していないですし、そもそも、わたくしが婚姻しているという事を理解していないのです。
「貴女が淑女に成れれば認めますけれども、今の状態ではねえ。先日やっと現代語をマスターしたのですって?」
「っ!」
「算術も歴史も、外国語も経済学もまだまだなのでしょう? 淑女としてのマナーも駄目、貴族としてのマナーも駄目。そんな貴女をどうすればレイバール公爵家の令嬢として受け入れることが出来るのかしら? そんな心の広い方がいるのでしたらお会いしたいですわね」
そう言って部屋を出ると、こちらの様子を見ていたお兄様と目があいました。
学園に通うために帰って来ているとは聞いていましたが、なかなかタイミングが合わず久しぶりの再会となってしまいましたわね。
「あら、お兄様御機嫌よう。お爺様の所は如何でしたか?」
「色々な意味で目が覚めた」
「それはよろしゅうございましたわね」
にっこりと笑みを浮かべるわたくしに、お兄様は一瞬ためらったように口を閉ざしてからわたくしの名前を呼びました。
「シシリア」
「はい」
「すまなかった」
「何に対して謝っていらっしゃいますの?」
「色々だ」
「そうですか」
「あと」
一瞬言葉を止めて、こちらをじっと見てくるお兄様に首を傾げます。
「これからも迷惑をかけることになる」
「……はあ、仕方がありませんわね。血を分けた兄妹ですもの。運命共同体でしてよ」
「ああ」
苦笑しておりますが、それでもわたくしがお兄様の願いを叶えることに力を貸すのだとわかり、お兄様が小さく頷きました。
「ところでお兄様、恋人はお元気?」
「元気だ。今頃走り回っているんじゃないか?」
「そうですの、それはよかったですわね」
仲の良い、そう、まるで昔の二人のような和やかな雰囲気で会話を続けるわたくし達に、周囲の古参の使用人は顔をほころばせます。
ティアンカと言う異分子に乱されてしまいましたが、わたくし達は元々仲のいい兄妹でございました。
それこそ、「ししりあはおにーしゃまとけっこんしゅゆ」なんて言っていたぐらいには仲が良かったのです。
元々庇護欲の強い方ですから、貴族らしさを身に着けていくわたくしよりも、ティアンカを気にかけることが多くなってしまったのでしょう。
お爺様の元では勉学はもとより、女性の裏側や人の裏側を教え込まれたと聞きます。
今後貴族として生きていくには、お兄様はある意味純粋だったのでしょう。
数年お爺様のところに行って、帰って来た今ではすっかり立派な青年になっております。
けれども、どこか危うい雰囲気を持つお兄様に、女性は惹かれるのかもしれません。
「ティアンカは別宅に移動。家庭教師、特にマナーの教師が住みこみか」
「ええ。伯爵家の後妻で未亡人になって仕事を探していた方ですわ」
「父上の愛人の予定だったのが変わったんだったな」
「ええ、行方不明ですからね」
「ふーん。愛人を探してティアンカの別宅移動を先延ばしにしていたぐらいだ。いい加減しつこいと思えるな」
「それだけ入れ込んでいらっしゃるのではないでしょうか?」
「父上は優秀なのに、女で身を崩すタイプだとお爺様が言っていた」
そして俺も、というお兄様にわたくしはため息を吐いてしまいました。
「お母様が居るから我が家は大丈夫ですわ。それで、お兄様は?」
「気を付けるとしか言えないな。でも、あの子が逃げてしまったらどうなるかはわからない」
「困ったお兄様ですわね」
「ああ、本当にな」
話している間にもティアンカの部屋から荷物が運ばれて行きます。
来年通う事になる学園に程ほど近く、貴族街の中でも平民街に近いところにある別宅はティアンカが住むには十分な大きさのものですが、この屋敷での生活に馴染んでしまっているティアンカからしたら随分と貧相なものに見えるかもしれません。
けれどもそこに数多くの教師・使用人と暮らすことになり、ある意味女主人になれるのですから、平民の母親を持つ娘としては悪くはないのだと思うのですが、どうもティアンカはそうは思っていないようですわね。
「ああ、そうですわお兄様」
「ん?」
「婚姻式のお祝い、もう返しませんけれども、よろしかったのですか?」
「かまわない。俺は幸せになりたいからな」
「奇遇ですわね。わたくしも幸せになりたいのですわ」
くすりと笑みを浮かべ合う顔はどこか似ていて、やはり兄妹なのだとしみじみと思ってしまいました。




