おバカな従兄弟王子
王宮の廊下、わたくしは向かい側からやってくるマレウス様の姿を見つけてゆっくりと足を止めました。
だんだんと近づいてくるマレウス様の眉間にはしわが寄っており、わたくしに対して既に怒りを向けているように見えます。
「お前はまた来たのか!」
「あら、マレウス様。一ヶ月ぶりですかしら、御機嫌よう」
「今機嫌が悪くなった。また父上に言って王宮に上がり込んだのか」
「陛下直々のお呼び出しを断るなんて、そんなこと出来ませんでしょう?」
「はんっ。おまえのようなわがまま女など、俺の正室に相応しくなどない! 諦めるんだなっ」
「まあ嫌ですわね。何度言ったらお分かりになるのかしら? わたくしはすでに既婚者ですわ」
どうせ言ったところで意味をなさないのだとわかっていても、わたくしは一応お決まりのように婚姻していることをマレウス様に告げます。
「……また妄想か。お前のような女を嫁にもらう家などあるわけがないだろう」
「あら、公爵令嬢であり国王陛下の姪であり、美しく気品あふれるこのわたくしの事を嫁に欲しいと思わない家なんて逆にありますかしら?」
至極当たり前の事のように言うわたくしにマレウス様は一瞬絶句し、すぐさま嫌悪感を顔に浮かべてわたくしを睨みつけてきます。
「その自意識過剰ぶりは相変わらずだな。こんなのが従姉妹なんて嘆かわしい」
「わたくしも嘆かわしいですわ。自意識過剰で妄想癖のある従兄弟がいるだなんて」
「無礼だぞ!」
「お互いさまでしてよ」
嘲るような視線を向けるわたくしとそれを睨みつけているマレウス様の間の空気は、一方的とはいえひどく緊張しています。
「ルツァンド様は将来の重臣候補だ。お前が妄想で使っていい名前じゃない」
「あら、国王陛下の従兄弟でいらっしゃるルツァンド様はすでに重臣でいらっしゃいますわよ? 仕事を放り出すようなおバカさんとは違いますの」
「兄上の事を馬鹿にするのか?」
「まあ! サフィール様の事をそのように思っていらっしゃったんですの? 随分ひどい弟ですわね」
「貴様!」
マレウス様が思わずと言ったようにぐっと拳を握るのを見て、わたくしは目を細めます。
「まあ嫌だ。まさか淑女に何かなさるおつもり? この王宮の廊下の、人目のある中で? お互いに護衛を連れているというのに、そんなことが出来るとでも思っていますの?」
「っ……」
クスリと笑うわたくしの視線の先には、周囲にいる貴族や王宮仕えの者に呆れられた視線を向けられるマレウス様の姿。
けれどもわたくしはスッと笑みを消して、真顔でマレウス様を見ます。
「わたくしにはおバカな従兄弟はおりますが、愚かな従兄弟はいないと思っておりますのよ」
「は?」
「愚かな王族など害悪でしょう?」
「……言いたいことはそれだけか?」
わたくしの言葉にマレウス様は苦虫を噛み潰したように顔を歪め、一瞬視線をそらした後、もう一度わたくしを睨みつけていらっしゃいました。
「あら、話しかけてきたのはそちらでしてよ」
「俺はお前を絶対に正室になどしない」
「元よりなるつもりなどございませんわ」
「ふん」
そう言ってマレウス様はわたくしの横を通り抜けていきます。
その瞬間、チラリと視線を向けられました。
「俺の望みは、お前にだって邪魔させない」
「そうですの」
視線を向けることなく歩き出したわたくしはクスリと笑みを浮かべました。
「陛下にご報告なさいますか?」
わたくしに付き添っていたメイドが小声でわたくしに聞いてきますが、わたくしは笑みを浮かべたまま口を開きます。
「何を報告するというのです? わたくしは誰とも会ってなどいませんわよ」
「……然様でございますか」
「それにしても、今日は随分と煩い鳥がいましたわ。これは陛下に進言しなくてはいけませんわね」
こちらに注目する人々に聞こえるように言うと、わたくしはゆっくりと廊下を進んでいきました。