大人への第一歩
その日、わたくしはどうにも朝から機嫌が悪くてずっとイライラして仕方がありませんでしたの。
いつもは何とも思わないシーツの感触も気に入らなくてすぐにメイドに言って交換させましたわ。
その後も、服の感触が気に入らず何度もメイドに様々な服を持ってこさせて、結局持っている服の中で一番質素なドレスにする事にしましたわ。
不意に視線を感じてそちらを見ると、わたくしの方を不思議そうに見てくる旦那様と視線が合いました。
「旦那様、なんですの?」
「いや、今朝は随分機嫌が悪いな」
「だからなんですの?」
「どうしたら機嫌が直るのかなと思って」
「まあ! まるでわたくしが駄々っ子のような言い方ですのねっ」
「シシリア?」
「早く食堂に行きましょう。給仕の者を待たせるわけにはいきませんわ」
「ああ」
着替えに時間をかけていたのはわたくしですが、どうにも旦那様の態度が気に入らずイライラしてしまいます。
まったく、今日はどうしたというのでしょう。
◇ ◇ ◇
「シシリア?」
「なんですの?」
「今日は機嫌が悪いんじゃなかったのかな?」
「失礼ですわね」
急に旦那様が恋しくなって、家に帰って来て部屋でくつろいでいる旦那様の横にぴったりとくっついて座ると首を傾げられてしまいました。
わたくしの機嫌が悪いからか、娼館にはいっていないようですわね。
「……」
「シシリア、顔色が悪いようだけど、大丈夫かい?」
「気持ち悪い」
「え!? おい、すぐに医者を!」
「それになんだか寒いですわ」
慌てる旦那様が離れようとするのでわたくしの腕を絡めて動けないようにして、先ほどよりも距離を縮めてくっつきました。
オロオロする旦那様に眉間にしわを寄せながらくっついていると、メイドの一人が近づいてきて、額や首に手を当ててきました。
「若奥様、お腹が重かったり、下半身が特に冷えたりしませんか?」
「言われてみれば、そうかもしれませんわね……」
そう答えるとあれよあれよという間に旦那様から離されて着替えさせられました。
特に下着は今まで穿いたことの無いものを穿かされました。
「なんですの、この下着は」
「念のためです」
「念のため?」
「万が一の為に熱さましと鎮痛剤もご用意しておきます」
「……それって」
「恐らくですが初潮が来るのではないかと」
メイドの言葉に、確かに年齢的なものを考えれば来てもおかしくないと思うのと同時に、やっとかと思います。
「はっ。でもそれですと旦那様と今夜一緒に寝るわけにはまいりませんわね」
「いえ、むしろご一緒に寝ていただいた方がよろしいかと」
「そんな、もしものことがあったら……」
「初めての月の物でお心が不安定のご様子ですので、誰かが傍に居た方がいいかと思われます」
「……じ、実家に帰ってお母様の傍に、い、いえ、こんな遅い時間に行くのは流石に迷惑ですわよね。せめてお義母様と……いえ、それもご迷惑になりますわよね」
噂では月の物の血がシーツについてしまう事もあると聞きますし、旦那様の前でそんな失態をするわけにはいかないとオロオロしていますと、経験豊富なメイドがそんな事を気にしていたら初夜を迎えることなどできないとはっきり言ってきましたので顔が赤くなってしまいました。
メイドに背中を押されて寝室に行くと、どこか困った表情の旦那様と目が合って思わず俯いてしまいました。
「あの、その……今夜は、その、シーツを汚してしまうかもしれなくて、あの」
「うん、聞いてるよ」
「……ぁぅ」
居たたまれなくてUターンして寝室を出ようとしたら、背後に控えていたメイドがちょうど出て行くところで目が合いました。
にっこりと笑みを向けられて、非情にもしまったドアに茫然としていると、旦那様がコホンと咳払いをしました。
「シシリア」
「はい」
「とりあえず、寝ようか」
「はぅ……はい。あの、でもメイドの勘違いと言う可能性もあ、……うぅっ」
真っ赤になって否定しようとして必死に口を動かしている最中に、どろりと下半身から血が流れる感覚がしてしゃがみ込んでしまいました。
ふらふらしますし、貧血と言うものかもしれませんわね。
「シシリア、顔色が悪いな。早くベッドに横になった方がいい」
「……旦那様、お腹が痛いです」
自覚すると途端に痛みだす腹部に手を当てて思わず涙目になってしまいました。
「よしよし、いい子だからベッドに行こう」
ひょいっと抱え上げられてベッドまで連れていかれてしまいました。
お姫様抱っこではなくお子様抱っこなのが少し気に入りませんわね。
念のため鎮痛剤を飲んでからベッドに横になって背後から抱きしめられて、お腹に手を当てられます。
「よしよし」
体が大人になったのに、扱いが子供のままなのはどうしてなのでしょうか?