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「お姉様、今日は家に帰って来たんですね」
「あらティアンカ。……随分と汚らしい格好をしていますのね。お部屋に戻って着替えてきなさい」
シシリアはティアンカの着ているドレスの裾だけではなく、手についた泥をぬぐったのか、スカートの部分や袖についている土や草木の汁のような染みを見て目を細める。
「なっ! 私は庭師の手伝いをしてきたんです! ただ遊び歩いているお姉様とは違うんです」
「まあ、庭師の手伝いを……そうですの。だから?」
「え?」
「だから何です。汚らしい格好をしていていい理由にはなりませんわ。着替えてきなさい」
「ひどい! 庭師の仕事を汚らわしいというんですか? 家にろくに帰ってこないで、他の家の人を招いてお茶会ばかりしているようなお姉様が、人の仕事を馬鹿にする権利なんてないわ!」
「何を言っていますの? 喚く時間があるのなら、着替えていらっしゃい」
そう言った途端、ティアンカは涙を浮かべて顔を不細工に歪めると、さらに大きな声を出して喚き始める。
こうしている間にもお茶会の開催の時間が迫り、客人がやってくる時間が近づいてきているのだ。
「庭師の仕事を馬鹿にするなんて、そんなの人として間違ってます! 私は庭師の人の仕事を手伝って少しでも仲よくしたいと思っただけなのに、なのに汚らわしいだなんてひどすぎます! お姉様には人の心が無いんですか!?」
「うるさいですわ。着替えないというのならもう結構です。貴女はこの後のお茶会に参加しないで頂戴。そんな恰好で参加されてはレイバール家の恥ですわ」
「恥って、私は平民との間に生まれた子供だからって酷すぎます」
そう言って器用に涙を流しながら横を走り抜けていくティアンカに深くため息を吐いて、この後のお茶会の準備を確認するために振り返ると、こちらを冷たい目で見てくるグリムアと目が合った。
「あら、お兄様ごきげんよう」
「数日ぶりだな。帰ってきて早々異母妹虐めとは随分な事だ」
グリムアの言葉に、シシリアは本当に驚いたという風に大きく目を開けて手にしていた扇子を口元にあててまじまじとグリムアを見る。
「……お兄様」
「なんだ」
「その耳は飾りですの? その目は腐っていますの?」
「お前っ」
「嫁に行った妹よりも、家にいる異母妹の方が可愛いのかもしれませんが、濁った眼と羽虫の入った耳をどうにかしませんと、レイバール公爵家の評判に関わりましてよ」
「いい加減にしないか!」
「お兄様!」
「っ!」
こちらが悪いと決めつけて怒鳴ってくるお兄様に胸を張って声を出して言い返します。
「十歳になる公爵家の令嬢が、庭師に混ざって泥だらけになるなんておかしいでしょう。よりにもよって本日は王子の婚約者候補とその母親をご招待してのお茶会があるのですよ。このような日にしていいわけがない事はお兄様だってお分かりになるでしょう。しかもあと三十分後にはお客様がいらっしゃいますのよ、それなのに着替えを渋るなんて、参加する気が無いと判断して何か問題がありまして?」
「だが、庭師の仕事を馬鹿にする理由にはならないだろう。お前は帰ってくるたびにティアンカに意地悪をしているそうじゃないか」
「いつ庭師の仕事を馬鹿にしたというのです? わたくしはティアンカがなぜそんなまねを、今日に限ってするのかと言っただけですわ。お兄様はやはり耳に羽虫を飼っていらっしゃるご様子ですので、医師を呼んだ方がよろしいですわね。それに意地悪? 具体的にはなんですの? 詳細に教えてくださいませ。わたくしはルツァンド様の妻として間違ったことなど一つもした覚えがございませんわ」
「悪口を言ったり、足をかけて転ばせたり、持っている本を取り上げたそうじゃないか。それに着ているドレスの色がかぶっているからと言って着替えさせたり、正室の娘だからとわがままを言っているそうじゃないか」
全てティアンカから聞いたことなのでしょう。
眉間にしわを寄せてわたくしを責めるように言ってくるお兄様にもう一度深くため息を吐きだしてから首を横に振りました。
「……お兄様、本当に一度お医者様に診ていただいてはいかが?」
「シシリア!」
わたくしのあまりの言葉に顔を赤くして言い募ろうとするお兄様の口を手にした扇子で制してから、わたくしは軽く息を吸って口を開きます。
「悪口でしたわね。ええ言いましたわ。平民の娘なのだから分をわきまえるように、具体的にはお茶会などで我が物顔で場の雰囲気を壊さないように、王子の婚約者候補の末席であることを自覚する事、勉強をさぼっているからいつまでたっても貴族の世界に馴染めないのだと。足をかけてころばせた? お茶会でわざわざわたくしの近くに来て転んだことでしょうか。むしろこちらが被害者ですわ。わたくしの足を踏み、転んでテーブルクロスを掴んだせいでテーブルの上のものはグチャグチャ、ドレスに紅茶がかかったりケーキが落ちたりして散々でしたわ。本だってなぜ自分で運ぶのですか、メイドがいるのですからその者に任せるべきです。持っていた本を傍に居たメイドに持たせて何が悪いのですか? ドレスだって、他の婚約者候補のご令嬢と色だけではなく型も似ているのなら、ティアンカの方が格下なのですから着替えるのが当たり前でしょう。正室の娘と言うのも事実でしかありませんわね。わたくしは自分がわがままと言う自覚はありますが、ルツァンド様の妻として間違ったことをした覚えはございません」
一気に反論したせいか、その勢いに押される形でお兄様が一歩後退りました。
「それにしても、わたくしのお兄様は随分と平民との間の娘に絆されているようですので、しっかりとお母様にご報告させていただきますわ。不甲斐ない兄を持つなんて、ルツァンド様の妻として恥ずかしいですもの」
これに関してはお兄様が情けないのか、ティアンカの企みなのかはわかりませんが、どちらにせよレイバール公爵家としては放置することは出来ません。
お兄様は咄嗟に言葉が出てこないのか視線が彷徨っております。
「シシリア……」
「お茶会があるのでもう失礼いたしますわ。腑抜けたお兄様ともうお話ししたいとは思いませんもの」
言い切ってお兄様の横を通り抜けて中庭に向かいます、
中庭に出たところでわたくしに付き従っていたメイドが「恐れながら」と言ってきました。
「お嬢様、奥様には……」
「お兄様は少しお爺様の元でお勉強した方がいいかもしれませんわ。お茶会のためとはいえ淑女教育の為に帰ってくるたびに腑抜け度が増していますもの」
「申し訳ありません」
「まったくですわ。主人が間違った道に進みそうになったら止めるのも貴女方の仕事でしてよ」
「はい」
正確にはお兄様付きの使用人達に言うべきなのですが、彼らはなんだかんだ言ってお兄様に甘いところがありますからいえないのかもしれません。
「庭師も気の毒ですわね。あの子に作業の邪魔をされて。あんな着飾ったドレス姿で手伝いなどと言われても邪魔だったでしょうに。あとで何か美味しいものを差し入れてあげてください」
「かしこまりました。……お嬢様」
「なんです?」
「お帰りになるたびにご立派になられて嬉しゅうございます」
「わたくしはもう十歳ですもの。ルツァンド様の妻としても四年経っておりますのよ」
結婚するまでずっとわたくし付きだったメイドに言われて当然だと頷きます。
「それよりも、今日のお茶は隣国の物をちゃんと手配しているのでしょうね?」
「はい。手に入りにくいものですのであまり量はありませんが……」
「構いませんわ。あのお茶は王族でもなかなか飲めないのですもの。一杯でも飲めれば十分ですわ。二杯目以降は他のお茶をお勧めすればよろしいでしょう。流石に他のお茶を勧められてまで同じものをお代わりするような空気の読めない方はいらっしゃらないはずですわ」
「はい、お嬢様」
メイドを従えてお茶会の会場に出て、準備が整っていることを目で確認して、準備をしていたメイド達に向かって鷹揚に頷いて見せると、お客様を迎え入れるために大きく息を吸い込みました。




