【コミカライズ化記念SS】 一家団欒
魔王リヴァルトは人間の少女、アイリーンに恋をした。それも部下のデーモンであるビリーが話す前世の思い出にしか出てこない、話にしか聞いたことのない少女に。
しかし何の運命か、アイリーンは人間の国を追放され、魔王城へと訪れた。そんな彼女を初対面で口説きプロポーズまでしてしまうという失態を演じたものの、それでも妃に迎えることができたのである。
「おとうさま!」
――そして娘も生まれた。母親譲りの燃えるような赤い髪と、父親譲りの闇色の瞳を持った美しい少女。イリアと名付けた愛娘が風を纏いながら駆け寄ってきたため、リヴァルトは笑み崩れながら彼女を抱き上げた。
「どうしたんだ、薔薇を見に来たのか?」
「はい!」
リヴァルトが世話を欠かさない赤い薔薇の庭園の手前だったので尋ねたが、正解だったようだ。アイリーンやイリアの髪によく似た色の美しい薔薇は愛おしい。リヴァルトにとっても大事な趣味で、この薔薇はいつも丁寧に整えている。それを娘も気に入ってよく見に来るのだ。
「イリア、一人で走っては危ないです! ……あ、魔王さま」
後から追いかけてきたビリーはリヴァルトを見て申し訳なさそうに羽を縮こませた。最近のイリアはとても活発で、面倒を見ているビリーを振り回しているという。
彼はアイリーンにもついているため突然走り出したイリアに対応できなかったようだ。最近魔法を使えるようになった彼女は、突拍子もない動きをする。それにすべて対応しろというのは無茶な話で、こういう時に叱るのではなく対策を考えられるのが良き上司というものだろう。
「世話係を増やした方がよさそうだな。……ビリー、誰が適任だ?」
「ええと…………セレンなら、まあ、ギリギリ……なんとか」
海王ネレウスの弟であるセレンは、元々人間迫害主義だった。それがアイリーンと関わるうちにくるりと手のひらを返し、人間は嫌いだがアイリーンは別だという態度に変わったのである。
ネレウスと共にアイリーンを訪ね、イリアともよく遊んでやっているらしい。あまりセレンと親しくもなく、アイリーンを母と慕って、イリアを妹として溺愛と言ってもいいほど可愛がっているビリーが認めるならそれ以上の適任はいないのだろう。
「ねえ、なんでおにいさまはおとうさまって呼ばないの?」
リヴァルトの腕に抱かれたイリアが、とても純粋な目で「父」と「兄」を交互に見ている。リヴァルトにとってビリーは優秀な配下だ。ただ、アイリーンがやってきてからは「妻の息子」というものに近い存在になっており――つまり、扱いが難しい。
ビリーとアイリーンに実際の血縁はない。彼の前世で、アイリーンを実の親と思い込み慕っていた。その話を聞くことを癒しとしていたリヴァルトは、ビリーがそのまま彼女を「母上」と呼ぶことを許している。……だからと言って息子と思えるかというと、それはなかなか厳しい。
「もしかして……けんか、してるの?」
「いや、そんなことはない」
「そうですよ、イリア。僕と魔王さまは……」
「じゃあ……仲が、わるいの……?」
イリアの大きな瞳が潤み始めた。優しい愛娘はどうやら「父親」と「兄」の家族仲が悪いのだと思い、心を痛めているらしい。ビリーと素早く視線を交わしたリヴァルトは、小さく頷いた。
「これは公私を分けているだけで……つまり仕事中は、上司と部下として接しているだけで仲は悪くない。なあ、息子よ」
「はい、父上。僕も父上のことが大好きですし仲良しですよ」
ビリーと肩を寄せ合い、共に笑顔でイリアの顔を覗き込む。そうすると彼女はようやく安心したようににっこりと笑って、二人で小さく安堵の息を漏らした。
「ふふ……家族仲が良くて、とても素敵な光景です」
そこへくすくすと笑いながらアイリーンがやってきた。その背後には、彼女の護衛を任されたのであろうセレンがついてきている。
「お父様とお兄様も仲が良くて嬉しいわね、イリア?」
「はい!」
……もしかして、このような成り行きで今後もビリーを息子扱いすることになるのだろうか。お互いまだ、親子になるなどという心の準備はできていなかったはずだと思いながらビリーを見やれば、彼もまた何とも言えない顔をしてこちらを見ていた。
「魔王城って女が強いよなぁ……いや、そろいもそろって俺たち全員が女どもに弱いだけか……?」
セレンの小さな呟きはリヴァルトの長い耳にしっかり届いていたが、聞こえないフリをした。……魔王に弱点などあってはならないのである。
リヴァルトは愛おしい二人の赤を視界におさめながら、緩みそうになる頬を引き締めた。
こちらの作品がなんとコミカライズ化することになりました。私にとってもとても懐かしい作品で驚いています。
文体も随分変わっていて、同じようにはもう書けないですね。それくらい前…九年前の作品です。
コミックシーモア様で先行配信されています。もしよろしかったらちらりとでも覗いてみてくださいませ。




