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異世界アプリgate -異世界に行き来して成り上がる -  作者: 白い鴉
第一幕

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4/25

4.ギルドの罠

 ギルド登録から一週間が経つ頃には、誠の名前は商業区域の中でそれなりに知れ渡っていた。


 理由は単純で、石鹸が売れすぎたからだ。


 デルガン商会との契約に加えて、薬草商の組合から「衛生用品の定期供給をしてほしい」という打診が来た。宿屋の組合からも石鹸の問い合わせが届いた。王都の外壁工事を請け負っている建築業者からは、なぜか「その光る棒(LEDライト)をもっと持ってこい」と言われた。


 在庫が全然足りない。


 誠は現代側での仕入れルートを急いで拡張した。業務用石鹸の卸問屋をネットで探し、一箱五十個入りを送料込みで三千円で手に入れられるルートを確保した。LEDライトも百本単位のまとめ買いで一本あたり二百円まで下げた。


 売上は日に日に増えていた。


 そして、そういうときに限って、面倒なことが起きる。


  ◆


 声をかけてきたのは、ギルドの窓口ではなく、裏口に近い廊下だった。


 誠がアリアに申請書の進捗を確認しに行った帰り道のことだ。


「田中商会の方ですね」


 振り返ると、五十代の男が立っていた。小太りで、愛想のいい笑顔を張り付けている。しかしその目は笑っていない。


 APPRAISEを向けてみた。


┌────────────────────────┐

│ 【 APPRAISE RESULT 】 │

│ 名称 :ベルト・クロス │

│ 役職 :商業ギルド副頭 │

│ 年齢 :五十二歳 │

│ MP  :12(一般水準) │

│ 備考 :ギルド内部の実務を統括。 │

│     複数の商人との非公式な │

│     利益関係あり(要注意) │

└────────────────────────┘


 要注意。GATEがそう判定している。


 誠は内心で一段、警戒レベルを上げた。


「副頭のベルト・クロスと申します。少しよろしいですか」


「もちろんです」


 案内されたのは、ギルドの奥まった応接室だった。革張りの椅子。テーブルに果実の入った飾り皿。窓は一つ、外に面していない。


 誠はリュックのポケットに手を入れて、スマホの録音アプリをこっそり起動した。営業部時代から使っている習慣だ。大事な商談は必ず録音する。


「単刀直入に申し上げます」


 ベルトが椅子に深く座って、誠を見た。


「あなたの商売は、ギルドとして大変注目しています。扱っている商品が独自性に富んでいる。仕入れルートが不明。価格設定が的確。そして」


 一息置いた。


「契約書という概念を持ち込んだ。あれはギルドの既存の商人たちに、少々……不都合な波風を立てています」


「不都合、ですか」


「口頭での取引というのは、力のある者が有利なんです。わかりますね。書面が当たり前になると、これまでの慣行が崩れる」


 つまり、既得権益が崩れる、と言いたいわけだ。


「なるほど」


「そこで提案があります」


 ベルトが笑顔を作った。目は笑っていない。


「当ギルドの専属商人として登録していただきたい。仕入れルートの詳細を開示していただき、ギルドを通じた独占販売にしていただく。その代わり、ギルドが全面的にバックアップします。商売の安全、信用、販路、全て保証します」


 誠は即答しなかった。


 頭の中で条件を分解する。専属登録=仕入れルートの開示。これは絶対に呑めない。GATEの存在を知られたら終わりだ。独占販売=他への販路を失う。これも呑めない。


 しかし断り方を間違えると、ギルドを敵に回す。


「具体的な条件書はありますか」


「まずは口頭で合意してから、書面に落とせばよいのでは」


 書面より先に口頭で合意を取ろうとしている。なるほど、契約書の話を聞いていたのに、その手を使ってくる。


「私は書面なしの合意はしない主義なので」


 ベルトの笑顔が、少しだけ固まった。


「……では書面を用意しましょう」


「ありがとうございます。ただ、その前に一点確認させてください」


「なんでしょう」


「専属登録を断った場合、どうなりますか」


 沈黙。


 ベルトが指を組んだ。


「……ギルドのサポートが受けられなくなります。商業区域での販売許可の更新が、難しくなるかもしれない」


 圧力だ。はっきりと。


「販売許可の更新は、ギルドマスターの権限ですよね。副頭のあなたではなく」


「ギルドマスターは私の意見を尊重してくださいます」


「なるほど」


 誠は少し考えた。ここで強く出るか、一歩引くか。


 引く必要はない、と判断した。


 理由は二つ。一つ目、GATEがある限りいつでも逃げられる。異世界で商売できなくなっても、現代に戻ればいい。逃げ場があることが、最大の交渉上の強みだ。


 二つ目、この会話は録音されている。


「ベルト副頭、少し確認させてください」


 誠はゆっくりと言葉を選んだ。


「今おっしゃったのは、専属登録を断れば販売許可の更新が困難になる、ということですか」


「そういう意味ではなく――」


「つまり、ギルドに従わない商人の営業を妨害できる、とおっしゃっているんですか」


「妨害などという言葉は使っていない」


「では販売許可の更新が『難しくなるかもしれない』というのは、どういう意味でしょう」


 ベルトの額に、うっすらと汗が浮いた。


「言葉が過ぎました。そういう意味ではありません」


「わかりました」


 誠は立ち上がった。


「専属登録については、前向きに検討します。ただし書面での条件提示をいただいてから、内容を精査してお返事します。一週間でいいですか」


 ベルトが少し安堵した顔になった。


「もちろんです」


「では失礼します。書面の準備が整いましたら、窓口経由で連絡をいただけますか」


「わかりました」


 応接室を出た。廊下を歩きながら、誠はリュックのポケットでスマホを操作した。録音停止。ファイル保存。


 ここで転移して現代に戻れば、この録音は異世界の外で安全に保管できる。


 「販売許可の更新が難しくなるかもしれない」。


 これは脅しだ。言質は取った。


  ◆


 その日の夜、誠は現代のアパートで録音ファイルを聞き直した。


 音質は悪くないが、TRANSLATEの音声を拾っているので、日本語として変換されている。証拠として使えるかどうかは微妙なところだが、少なくとも手元に記録が残っていることは大きい。


 問題は、次の一手だ。


 書面を要求した。ベルトは一週間で用意すると言った。その書面の中身次第で対応が変わる。おそらく、専属登録の条件として仕入れルートの開示を求めてくる。それを断ると、何らかの圧力が来る。


 その圧力に対して、録音をどう使うか。


 誠はノートにフローチャートを書いた。


 パターンA:書面が常識的な内容だった場合→断る理由が弱くなる。再交渉。

 パターンB:書面が不当な内容だった場合→証拠と合わせてギルドマスターに直訴できる。

 パターンC:書面を出さずに嫌がらせが来た場合→録音の存在をちらつかせて抑止。

 パターンD:全部無視して力でねじ込んできた場合→転移で逃げる。後でまた考える。


 パターンDが一番楽なんだよなあ、と思いながら鉛筆を置いた。


 でも逃げてばかりでは商売にならない。王都に拠点を持つためには、ギルドとの関係を維持する必要がある。


 もう一つ、使える手がある。


 ギルドマスター面会申請。あれを出してから、まだ一週間しか経っていない。審査には二週間かかると言われた。


 しかし、ベルトより先にギルドマスターに話を通せれば、局面が変わる。


 誠はスマホでアリアにメッセージを送ろうとして、気づいた。アリアの連絡先を知らない。


 異世界にそんな便利なものはない、か。直接聞こう。


  ◆


 翌朝、ギルドの窓口へ行くと、アリアは今日も同じ場所にいた。


「おはようございます」


「……おはようございます」


 アリアが少し驚いた顔をした。朝の挨拶が珍しかったのかもしれない。


「昨日、ベルト副頭と話しました」


 アリアの表情が微妙に変わった。変わったが、何も言わない。


「専属登録の打診でした」


「……確認させてください。それは」


「公式の提案でしたか、という話ですよね。私もそれが気になっています」


 アリアが少し考える顔をした。


「ギルドとしての公式な登録制度は存在します。ただし、専属登録は商人の自由意思によるものです。強制力はありません」


「断った場合のペナルティも、制度上はない?」


「……制度上は、ありません」


 また「制度上は」だ。


「アリアさん、一つお願いがあります」


「なんでしょう」


「ギルドマスター面会申請の審査、少し急いでもらえますか。事情があって、早めに話をしたい」


 アリアが誠の顔をしばらく見た。


「審査期間の短縮は、特別な事由がある場合に限り、私の権限で申請できます」


「事由として、何が通りますか」


「取引上の緊急性、または当ギルドの運営に関わる提案案件、などが該当します」


「契約書フォーマットの標準化提案は、後者に当たりますか」


「……当たると判断する余地はあります」


「では申請してください」


 アリアが小さくため息をついた。ため息というより、息を吐いた、に近い。


「わかりました。ただし結果は保証できません」


「十分です。ありがとうございます」


「あと、田中さん」


 誠が振り返った。アリアが少し声を低くした。


「ベルト副頭との会話は、できれば記録しておいた方がいいと思います」


 誠はリュックのポケットをそっと叩いた。スマホが入っている場所だ。


「してあります」


 アリアが、わずかに目を見開いた。それからまた無愛想な顔に戻った。


「……そうですか」


「アリアさんはギルド内部の事情に詳しいですよね」


「それは否定しません」


「困ったことがあったら相談してもいいですか」


 今度の沈黙は長かった。


「……私はギルドの職員です。特定の商人の立場に立つことは、規定上できません」


「わかっています。ただ規定の範囲内で、教えていただけることがあれば、という話です」


 アリアが誠の顔を見た。


「田中さんは、規定の使い方が上手ですね」


「そうですか」


「……そういう意味で言ったわけでは」


「褒め言葉として受け取っておきます」


 アリアが口を閉じた。また耳が赤い。


「では」


 誠は窓口を離れた。廊下を歩きながら、次の手を考える。


 ベルトへの対応。ギルドマスターとの面会。デルガン商会への初回納品。石鹸の在庫補充。


 やることが多い。


 でも、手が打てる。それだけで十分だった。


  ◆


 問題が動いたのは、それから三日後だった。


 商業区域で露店を出していた誠のところに、見慣れない男が二人来た。ギルドの腕章をつけている。検査官、と名乗った。


「商品の検査を行います。取り扱い品目の申告と、仕入れ証明書の提示を」


 仕入れ証明書。そんな書類は存在しない。現代から持ってきているのだから。


「仕入れ証明書というのは、どういった書類ですか」


「商品の出所を証明するものです。産地、製造者、流通経路」


「そういった書類を整備することは、ギルドの登録条件に含まれていましたか」


 検査官が少し詰まった。


「……含まれてはいませんが、検査の権限はギルドにあります」


「検査の根拠条文はどれですか」


 今度は長く詰まった。


「……持ち合わせていません」


「では後日、根拠条文を明示した上で正式な検査依頼を書面で送ってください。それが届いてから対応します」


 検査官が互いの顔を見た。それから、あまり気持ちのよくない顔で引き下がった。


 誠はその背中を見送りながら、スマホを取り出して録音ファイルを新規作成した。


 「検査」の名目でいやがらせが来た。パターンCだ。


 ベルトが動いた。つまり、こちらの対応が想定外だったということだ。書面を要求されたことも、すぐに折れなかったことも。


 だとすれば、次の手はもう少し直接的になるかもしれない。


 誠はアリアに連絡を取る方法を、改めて考えた。


  ◆


 翌日、ギルドに行くと、アリアが窓口に来る前に誠を呼び止めた。廊下の端、人気のない場所で。


「ギルドマスターの面会が取れました」


「早かったですね」


「明後日の午後一時です。それと」


 アリアが少し声をひそめた。


「昨日の商品検査の件、ギルドの記録に残っています。根拠条文のない検査は無効です。正式な書面が来ることはないと思います」


「つまり嫌がらせだったと」


「私にはそれを判断する立場にありません」


「でも記録に残してくれた」


「……記録を残すのは私の仕事です」


 誠はアリアを見た。規定の範囲内で、できる限りのことをしている。


「ありがとうございます、アリアさん」


「お礼を言われることはしていません」


「じゃあ、仕事が丁寧な人だと思っていますと言い換えます」


 アリアが少し視線を逸らした。


「……面会の時間は守ってください。ギルドマスターは時間に厳しい方なので」


「わかりました」


 廊下を歩き始めたアリアの背中に、誠は小さく声をかけた。


「アリアさん、一つ聞いてもいいですか」


 アリアが振り返った。


「こういう状況で、あなたは怖くないですか。ベルト副頭が実権を持っているギルドで、私みたいな外部の商人に情報を渡すような動きをして」


 アリアがしばらく黙った。


「……規定の範囲内のことしかしていません」


「それはわかっています。でも」


「それに」


 アリアが小さく、しかしはっきりと言った。


「デルガン商会に泣き寝入りした商人が、三人います。そのうち一人は、私の前任の同僚でした。取引相手に騙されて、職を失いました」


 誠は何も言わなかった。


「だから」


 アリアが視線を戻した。いつもの無愛想な顔で。


「契約書を持ってきた人が来た時、私は少し、安心しました。それだけです」


 それだけ言って、アリアは窓口に戻っていった。


 誠はしばらくその場に立っていた。


 なるほど。


 そういう理由があったのか。


 規定を守りながら、できることをする。それはルールへの忠義ではなく、守りたいものがあるからなのだと、今日初めてわかった気がした。


  ◆


 現代に戻った夜、誠はさやかに電話した。LINEではなく、珍しく音声通話で。


「どうしたんですか、急に」


「ちょっと聞いてほしいことがあって」


「何ですか」


「仕事でちょっと、権力のある人間に嫌がらせされているんですよ」


「え、大丈夫ですか」


「今のところは大丈夫です。でも、こういう時に一人だと少し心細いな、と思って」


 電話口の向こうで、さやかが少し黙った。


「……田中さんが心細いとか言うの、初めて聞きました」


「俺も初めて言いました」


「そっか」


 短い沈黙。


「あの、田中さん」


「はい」


「私、転職活動始めました」


 誠は少し驚いた。


「早いですね」


「田中さんが言ってたじゃないですか。あそこはもう長くいる場所じゃないって」


「言いましたね」


「信じましたよ、そういう言葉は」


 誠は窓の外を見た。荒川区の夜景。コンビニの明かり。


「応援してます」


「田中さんもがんばってください。権力者に嫌がらせされてる副業、なんか心配です」


「なんとかします」


「絶対なんとかしそうなのが、また腹立つというか」


「褒め言葉として受け取ります」


 さやかが笑った。電話越しでも聞こえる、屈託のない笑い声だった。


 通話を切って、誠はノートを開いた。


 明後日、ギルドマスターと面会する。


 ベルトへの対応。録音の存在。契約書の標準化提案。全部、一つの場で話せる。


 問題は、一度で決着をつけられるかどうかだ。


 誠はペンを走らせながら、ギルドマスターとの面会で使う「提案書」の構成を考え始めた。数字、事例、メリット、リスク。プレゼンの基本は現代も異世界も変わらない。


 画面にGATEの通知が来た。


「MARKET機能が更新されました。国別相場比較が利用可能になりました」


 新機能だ。誠は試しに開いてみる。アルデナだけでなく、ガラン共和国やヴァルク帝国との相場差が確認できるようになっていた。


 石鹸の場合、ガラン共和国の相場はアルデナの一・五倍。


「……へえ」


 問題が一つ解決する前に、次のビジネスチャンスが見えてきた。


 めんどくさい。でも、それが商売というものだと、今の誠はわかっていた。


─────────────────────────────────────────

       次話予告:第5話「没落令嬢との取引」

     ギルドマスターとの面会当日、待合室で出会った金髪の令嬢。

     「平民のくせに、私に提案があるとは?」

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