26.誠の正体を狙う者
ヴィラン・ハルクが誠に接触してきたのは、経済工作が始まってから十日後のことだった。
場所は王都中央広場の近くにある茶館。誠が昼食を取っていると、向かいの席に自然な動作で座った。
「田中さんですね」
翻訳が出る前に、アルデナ語で話しかけてきた。発音が流暢だ。
誠はAPPRAISEを向けた。食堂で確認した時と同じ結果が出る。実際の所属は不明、情報収集専門。
「どなたですか」
「ヴィラン・ハルクといいます。貿易商です」
「ずいぶんと自然に座りましたね」
「立ったまま話すのは不自然ですから」
堂々としている。接触に慣れた人間の動き方だ。
「何のご用ですか」
「単刀直入に申し上げます。私はある大きな組織の代理として来ています。田中さんとお話ししたいことがあります」
「大きな組織というのは」
「今は申し上げられません。ただし、田中さんの商売にとって有益な話です」
誠は少し考えた。
「有益かどうかは中身次第ですが、話を聞くことは構いません。ただし一つ確認させてください」
「なんですか」
「先日、私の取引先に圧力をかけたのはその組織ですか」
ヴィランが少し間を置いた。
「……そういう話があったとすれば、田中さんに真剣に考えていただくための方法だったかもしれません」
「つまりそうだということですね」
「そう解釈いただいても構いません」
圧力をかけてから交渉に来た。エレナの予測通りだった。
「用件を聞かせてください」
「田中さんが扱っている商品、特に衛生品と薬品に関して、大量かつ継続的な供給をお願いしたい。代価は十分に支払います」
「供給先はどこですか」
「今は申し上げられません」
「申し上げられないことが多いですね」
「立場上、仕方のないことです」
誠はお茶を一口飲んだ。
「田中さん」ヴィランが少し声を低くした。「一つ聞いてもいいですか」
「どうぞ」
「あなたの仕入れ元は、どこですか」
来た。
「遠い東の地方です」
「具体的には」
「詳しくは申し上げられません。商売上の秘密です」
「その仕入れ元に、我々が直接アクセスすることは可能ですか」
「不可能です」
「なぜですか」
「私を通じてしか取引できない仕組みになっています」
ヴィランが少し考えた。
「……その仕組みというのは、どういうものですか」
「詳しくは申し上げられません」
二人で少しの間、お茶を飲んだ。
ヴィランが改めて言った。
「田中さん、あなたが持っている道具について聞いてもいいですか」
「どの道具ですか」
「いつも持っている板状の道具です。魔力を感じないが、様々な機能を持っているようです。翻訳、地図、鑑定。あの道具が仕入れ元と関係していますか」
誠は表情を変えなかった。
「東の地方の道具です。詳しくは言えません」
「その道具が、仕入れを可能にしているということはありますか」
「商売のやり方については、お話しできません」
ヴィランが静かに言った。
「田中さん、私たちはあの道具に興味があります。道具そのものを取得できれば、供給元への独自アクセスが可能になると考えています」
誠は内心で少し緊張した。しかし顔には出さなかった。
「道具は私の私有物です。売りません」
「相当な代価を支払います」
「売りません」
「……なぜですか」
「これは形見なので。手放せません」
ヴィランが少し考えた。
「わかりました。今日のところは引き下がります。ただし田中さん、私たちは諦めるつもりはありません。引き続き、協力をお願いしたいと思っています」
「話を聞くことは拒否しません。ただし道具は渡しません。それだけは最初に確認しておきます」
「承知しました」
ヴィランが立ち上がった。
「また連絡します」
「書面でお願いします」
ヴィランが少し笑った。
「書面ですか。了解しました」
去っていく背中を見ながら、誠は頭の中で今の会話を整理した。
帝国はGATEの存在に気づいている。正確には、誠が持っている「板状の道具」が特別な機能を持つことに気づいている。そしてそれが仕入れの鍵だと推測している。
道具を奪おうとする動きが来る可能性がある。
誠はGATEを確認した。クールタイムは問題ない。いざとなれば転移できる。
しかし転移を見られると、GATEの正体が露わになる。それだけは避けなければならない。
ふと、一つのことが頭をよぎった。
帝国の建国神話に「空から降りた賢者」の伝説があるとエレナが言っていた。そして帝国が誠の道具に異様なほど強い関心を持っている。
もし帝国が、過去に同じような「道具を持った人間」と接触した記録を持っているとしたら。
誠は以前、情報レポートを作る際に王都の古書店で資料を集めたことがあった。その時に、見慣れない筆跡で書かれた古い文書を棚の隅に見つけていたが、当時は商売の調査が優先で、深く確認していなかった。
あれを調べる価値があるかもしれない。
帝国が道具に執着する理由と、過去の記録が繋がっている可能性がある。
◆
宿に戻って、ガルドとミラに報告した。
「道具を狙ってきています」
ガルドの顔が少し険しくなった。
「……旦那のあの光の輪を出す道具ですか」
「そうです」
「奪われたらどうなりますか」
「最悪の場合、転移できなくなります」
「それは困ります」
「ですので、対策を取ります」
ミラが言った。
「……対策ですか」
「囮を使います」
「囮というのは」
「見た目が似た別の板を用意します。帝国が道具を奪いに来た時、囮と本物を入れ替えておく。奪われても本物ではないので、問題ない」
ガルドが少し考えた。
「それだけで大丈夫ですか。道具を奪って機能しなければ、偽物だとわかりますよね」
「その通りです。囮だとわかった後のことも考えています」
「どうするんですか」
「こちらにいる間は常に手元に置く。宿に置き忘れない。人に預けない。常に持っている状態にします」
「今まではどうしていたんですか」
「基本的には持ち歩いていましたが、宿に置いてくることもありました。今後はそれをやめます」
ミラが言った。
「囮の板は、どこで手に入れますか」
「向こうで買ってきます。見た目が似たものがあります」
「向こうというのは」ミラが少し声を落とした。「ガルドさんが行った場所ですか」
「そうです」
「……私も、いつか行けますか」
「約束します。ただし今は、まずこの件を片付けてから」
「わかりました。楽しみに待っています」
◆
翌日、現代のアパートで誠は電器店に行った。
スマホに似た板状のデバイスを探す。タブレットの小さいもの、あるいはスマホのモックアップ。
結局、画面の割れた古いスマホを中古ショップで買った。五百円だった。ケースをGATEと同じものに変えて、外見をできるだけ似せる。
さやかにLINEで相談すると、すぐに返信が来た。
『囮のスマホを作りたいんですか』
『そうです。外見を本物に似せたい』
『どういう状況ですか』
『誰かに道具を奪われそうになっています。本物を守るために』
『それ、危ないですよ』
『わかっています。でも手元に本物がある限り、いざとなれば逃げられます』
『田中さん、一つ提案があります』
『なんですか』
『本物のスマホのロックを複雑にしてください。指紋認証と暗号の両方をかけておけば、奪われても起動できません。それだけでも抑止力になります』
「確かに。なぜ気づかなかったんだろう。
誠はGATEを開いてロック設定を確認した。今まで指紋認証だけだった。英数字混合のパスコードを追加する。さらにSIMロックに相当する設定もかけた。
『ありがとうございます。やりました』
『よかったです。あと囮のスマホも、それっぽいアプリをいくつか入れておくと、すぐ偽物だとバレにくくなります』
『なるほど』
『田中さん、本当に何でも一人でやろうとしますね』
『さやかさんに聞いたじゃないですか』
『それは珍しいことですよ。ちゃんと覚えておいてください、一人じゃないって』
『覚えています』
囮のスマホにいくつかアプリを入れて、できるだけ使用感を出した。画面の割れはケースで隠す。外見はそれなりに似た。
◆
異世界に戻った夜、帝国側が動いた。
ミラが早足で宿に来た。
「田中さん、宿の周辺に人がいます。今夜、動くかもしれません」
「何人ですか」
「三人。うち一人は昨日の食堂の男です」
ヴィランが直接来た。
「MAPを確認します」
宿の周辺に三つのアイコン。配置を見ると、出口を抑えている。
「ガルドさん」
「はい」
「今夜は部屋から出ません。ミラさんは外の動きを見ていてください。私はここにいます」
「戦いますか」
「戦いません。来させます」
ガルドが少し眉を上げた。
「来させる、というのは」
「囮を使います。部屋の中で本物と囮を入れ替えておく。もし侵入してきて道具を奪おうとした場合、囮を置いておきます」
「本物はどこに置くんですか」
「手元です。常に手で持っておきます」
ガルドが頷いた。
「……わかりました。俺は扉の前にいます」
「ガルドさんは戦わなくていいです。私が転移で逃げる前に、逃げてください」
「それは」
「ガルドさんがいると、私が転移した後に一人残ることになります。それは困ります」
ガルドがしばらく考えた。
「……わかりました。」
「ありがとうございます」
誠はGATEを手に持った。囮のスマホをテーブルの上に置いた。見た目は本物とほぼ同じだ。
部屋の明かりを落として、待った。
深夜、部屋の窓が静かに動いた。
MAPを確認する。一つのアイコンが窓の真横にある。
誠は暗闇の中で動かずにいた。
窓が開いた。人影が入ってきた。
誠はGATEを起動した。光の輪が部屋の中に現れた。
人影が固まった。
光の輪は直径二メートル。部屋の中で光ると、かなり明るい。人影が輪を見て、一瞬動けなくなっている。
その瞬間に誠は輪をくぐって、現代のアパートに転移した。
◆
現代のアパート、深夜。
誠はすぐにSTORAGEを確認した。MAPが異世界の宿の周辺を表示している。
人影のアイコンが宿の中から急いで出ていくのが見えた。
テーブルの上に置いてあった囮のスマホを持っていったかどうかは確認できない。しかし侵入者は光の輪を見て動揺した。それだけは確かだ。
誠は少し待つことにした。
夜明けに戻ろう。
コーヒーを淹れて、今夜のことを整理した。
侵入者は光の輪を見た。GATEの機能を目撃した。これは想定外だった。
ただし、見たとしても理解できないはずだ。異世界の人間にとって、現代に繋がる転移ゲートという概念はない。ただの不思議な光として記憶されるだろう。
問題は、それを帝国が「田中の持つ道具の機能だ」と推測するかどうかだ。
推測する可能性は高い。
だとすれば、帝国の道具への関心はさらに高まる。
誠はノートに書いた。
囮作戦は一時的な効果しかない。根本的な解決ではない。
帝国との交渉を、もう少し早く進める必要がある。
さやかにLINEを送った。
『今夜、少し大変でしたが、大丈夫です』
すぐに返信が来た。深夜なのに起きていた。
『田中さん、今どこにいますか』
『アパートです。逃げてきました』
『逃げてきた……。怪我はないですか』
『ないです』
『良かった。今夜はそこにいてください』
『はい。朝になったら戻ります』
『戻るんですか』
『やることがあるので』
『……田中さんって本当に』
『なんですか』
『なんでもないです。おやすみなさい』
『おやすみなさい、さやかさん』
コーヒーを飲み終えて、誠はソファで少し目を閉じた。
光の輪を見た侵入者の顔を思い出した。固まった瞬間の顔だ。
あの顔はしばらく忘れないだろう。
GATEが異世界の人間に目撃された。これは初めてのことだった。
誠はGATEを確認した。
画面に通知が来ていた。
「新機能が解放されました」
誠は目を開けた。
もう一つのLOCKEDが解放されていた。
「DETECT ― 対象の追跡と位置特定機能」
解放条件は相変わらず表示されない。ただ、今夜の出来事が何かのトリガーになったのだろう。
DECTECTを開いてみた。説明文が出た。
「登録した対象の現在位置をリアルタイムで追跡できます。MAPの拡張機能です。追跡対象は最大五名まで登録可能」
これは使える。
侵入者の顔は見た。MAPでアイコンも確認した。APPRAISEを使えば対象として登録できるかもしれない。
誠は少し前のめりになった。
帝国の工作員を追跡できれば、彼らの行動パターンを完全に把握できる。
これは、次の交渉で大きな手になる。
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次話予告:第27話「GATEの真実」
DECTECTを使って帝国工作員を追跡する中で、
意外な場所に繋がる糸を発見する。
そして古書店で見つけた記録が、先人転移者の正体を
少しずつ明らかにしていく。
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