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異世界アプリgate -異世界に行き来して成り上がる -  作者: 白い鴉
第一幕

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2.最初の商売

 商売を始めるにあたって、まず問題になったのは「どこで売るか」だった。


 村の宿屋の前で通りすがりの男にライターを売る、という方法は初日こそ通用したが、持続性がない。そもそも誠は転移先の地理をほとんど把握していなかった。MAPに表示される「居住地域」のアイコンを頼りに歩いていけばどこかには着くが、それが村なのか、町なのか、あるいは城塞都市なのかも判別できていない。


 三日目の朝、誠はアパートの机の前に座って、手書きのノートを広げた。


 問題点を箇条書きにする。これも営業部時代の習慣だ。


 一、転移先の地理情報が不足している。

 二、商品を売るための「場所」がない。行商は非効率。

 三、異世界の商慣習がわからない。価格設定が適正かどうか不明。

 四、言語はTRANSLATEで対応できるが、文字が読めない。看板や書類が判読不能。


 四番目を書いたところで、少し考えた。


 TRANSLATEは音声と画面表示の翻訳はできる。では文字を「見せれば」翻訳されるのか。スマホのカメラをかざしてみると、画面内の異世界文字がリアルタイムで日本語に変換された。


「……カメラ越しで文字も読めるのか」


 一つ問題が解決した。あとは地理と売り場の確保だ。


 MAPをもう一度確認する。居住地域のアイコンをタップすると、「アルデス近郊・集落」という表示が出た。アルデス。設定資料によれば、アルデナ王国の王都の名前だ。つまり今まで売っていたのは王都の近郊の村で、王都そのものにはまだ行っていない。


 地図を拡大すると、村から北に進んだ先に「アルデス(王都)」と表示されている。距離にして、徒歩一時間程度だろうか。


「王都に行くか」


 言ってから、ちょっと待てと思った。


 王都というのは要するに首都だ。人が多い。目立つ。素性の知れない男が奇妙な品物を持ち込んで商売しようとすれば、当局に目をつけられる可能性がある。


 慎重に行かないといけない。


 ……しかし、王都には商業ギルドがあるはずだ。MARKETの画面に「ギルド登録推奨」という表示が出ていた。ギルドに登録すれば、合法的に商売できる場所と信用が手に入る。


 メリットとリスクを天秤にかけて、五秒で決めた。


「行くか」


 めんどくさいけど、稼げる方を選ぶ。それが田中誠という人間の基本仕様だった。


  ◆


 仕入れは前日から済ませてあった。


 百均で買ったライター十本、小型LEDライト三本、使い捨てカイロ五枚、石鹸十個。ドラッグストアで解熱剤(市販薬)一箱、絆創膏セット二個。全部合わせて三千二百円ほど。布の巾着袋に詰めて、背中に担げるリュックに入れた。


 現地で売れ残った場合は持って帰ればいい。消耗品は現代でも普通に使える。リスクはほぼゼロだ。


 転移する前にさやかからLINEが来た。


『今日お昼空いてますか? 近くで用事があるんで、もしよかったらご飯でも』


 誠は少し考えた。今日は異世界に行く予定だ。しかし昼に戻ってくれば間に合う。


『夕方なら大丈夫です』


 送信してから、GATEを起動した。


  ◆


 転移先は王都近郊の森の中、例の登録座標だ。


 前回より荷物が重い。リュックを背負って歩き始める。MAP上では王都まで北に一本道。危険度は「低」。念のためMAP画面を開きっぱなしにして歩く。


 三十分ほど歩くと、道が広くなってきた。行き交う人の数が増える。荷馬車が通り過ぎる。露店が並び始める。建物の様式は石造りで、西洋風の意匠に東洋風の装飾が混じったような、不思議な雰囲気だ。


 そして城壁が見えてきた。


 アルデス。アルデナ王国の王都。


 城門のところに衛兵が立っている。通行人を一人一人確認しているようだ。誠はMAP画面を確認した。「身分証明書の提示が必要な場合があります」という注記がある。


 持っていない。


 そのまま列に並んで、順番を待った。衛兵が誠の顔を見て何か言う。TRANSLATEが拾う。


「身分証か通商許可証を」


「商業ギルドに登録しようと思っているんですが、ギルドに行くにも証明書が必要ですか」


 衛兵が少し考える顔をした。


「ギルドへの登録目的であれば、入都は可能です。ただし登録が完了するまでの間、売買行為は禁止されます。違反した場合は罰金、もしくは拘束」


「わかりました」


 素直に頷くと、衛兵が通してくれた。なるほど、ルールはきちんと存在するわけだ。


 城壁の中に入ると、一気に人の密度が上がった。石畳の広い通りに、商人、冒険者らしき人物、貴族と思われる馬車、庶民、そしてちらほらとエルフや獣人の姿も見える。臭いはきつい。中世都市のリアルな側面を直撃してくる。


「……口呼吸で行くか」


 MAPで商業ギルドの場所を確認しながら、誠は人混みの中を歩き始めた。


  ◆


 商業ギルドは王都の中央広場から少し外れた場所にあった。


 二階建ての石造りの建物。入口に「商業組合・アルデス支部」と書かれた看板がある。カメラで翻訳してやっと読めた。


 中に入ると、木の匂いと羊皮紙の臭いがした。窓口がいくつか並んでいて、それぞれに列ができている。受付は全員若い女性だった。


 誠は列の短い窓口を選んで並んだ。


 前の客が終わる。誠が窓口に進む。


 顔を上げた受付の女性と目が合った。


 黒髪だった。腰まであるまっすぐな黒髪を、きれいに束ねている。切れ長の黒い瞳。表情は至って無愛想で、誠の顔を一瞬見てから書類に視線を落とした。


「ご用件をどうぞ」


 TRANSLATEが拾う。声は落ち着いている。


「商人登録をしたいんですが」


「身分証明書はお持ちですか」


「持っていません。他国からの渡航者です」


 女性の視線が書類から上がった。無愛想な顔のまま、しかし少しだけ眉が寄った気がした。


「他国からの渡航者で、身分証明書なし。……保証人は?」


「いません」


「……」


 短い沈黙。


「当ギルドの規定では、保証人なしの登録は原則受け付けておりません。身元引受人か、加盟商人一名の署名が必要です」


「なるほど。では保証人になってもらうにはどうすればいいですか」


「それは私にはわかりかねます。加盟商人の方に個別に交渉していただくことになります」


 そう言って、また書類に視線を落とした。話は終わりです、という空気だ。


「一つ聞いていいですか」


 女性が少しだけ顔を上げた。


「保証人なしで登録できる例外規定はありますか。例えば、担保を差し出すとか、審査期間を設けるとか」


 今度の沈黙は少し長かった。


「……規定上は、例外はありません」


「規定上は、ということは」


「私はそれ以上のことを申し上げる権限を持っておりません」


 答えになっていない答えだ。しかし誠は長年の営業経験から、「権限がない」という言い方は「制度上はある」を遠回しに示すことが多いと知っていた。


「わかりました。ありがとうございます」


 会話を切り上げて、窓口から離れた。


 さて、どう突破するか。


  ◆


 ギルドの建物の外に出て、入口横の石段に腰を下ろした。


 MAPを起動して、周辺を確認する。加盟商人らしき人物のアイコンがいくつかある。しかしそのアイコンをタップしても名前くらいしかわからない。どんな商人かは不明だ。


 しばらく考えながら、道行く人を観察する。


 ギルドに出入りする商人たちの荷物を見ていると、何を扱っているか大体わかる。香辛料らしき袋を抱えた男。布を大量に積んだ荷馬車。薬草の束を持ったエルフ。


 そのとき、ギルドの入口から出てきた中年の男が、足を滑らせて荷物を落とした。陶器の壺がいくつか転がり、一つが石畳に当たって割れた。


 男が悲鳴のような声を上げる。TRANSLATEが拾う。


「くそ、薬草エキスが……今月の売上が」


 誠は即座に立ち上がった。


 リュックから絆創膏のセットを取り出す。男が指を切っていた。割れた陶器の破片で。


「これ、使ってください」


 TRANSLATEを経由して言葉が届く。男が戸惑った顔でこちらを見た。誠は絆創膏を一枚剥がして、使い方を実演してみせた。貼るだけ。それだけだ。


 男が不思議そうな顔をしながら受け取って、恐る恐る指に貼った。


「……なんだこれ。くっついた」


「便利でしょう」


 男が誠の顔を見た。それから手元の絆創膏を見た。


「あんた、どこの商人だ」


「それが悩みでして。保証人がいなくてギルド登録できないんです」


 男の顔が変わった。登録できていない商人が、自分の指の傷を処置してくれた。しかもその道具は見たことがない物だ。


「……これはどこで手に入る」


「私が仕入れています。他では手に入りません」


 嘘ではない。現代から持ってきているのだから。


「幾らだ」


「ギルド登録の保証人になってくれれば、今持っている分は全部差し上げます」


 男がしばらく誠の顔を見た。警戒と好奇心と打算が混じった顔だ。この顔は知っている。商談の入り口の顔だ。


「……名前は」


「田中誠。タナカ・マコトです。あなたは?」


「ルーカス。香辛料商だ」


 握手を求めると、男は一瞬驚いた顔をしてから応じた。異世界にも握手の習慣はあるらしい。


「よろしくお願いします、ルーカスさん」


  ◆


 ルーカスの保証署名を持って、再び窓口に並んだ。


 また同じ受付が担当だった。黒髪の女性が書類を確認して、少しだけ眉を上げた。


「……ルーカス商会の保証署名ですね」


「はい」


「確認させてください」


 女性が書類を持って奥に引っ込んだ。しばらく待つ。戻ってきた顔は相変わらず無愛想だったが、手に登録用の書類を持っていた。


「こちらにお名前と出身地を。文字が書けない場合は口頭で」


「書けます」


 TRANSLATEが双方向に機能しているなら、こちらの文字も異世界文字として出力されるのだろうか。試しにボールペンを取り出して書いてみると、羊皮紙の上に見慣れない文字が並んだ。どうやら自動変換されているらしい。


「……珍しいペンですね」


 女性が少しだけ、ほんの少しだけ、口角を上げた気がした。


「仕事道具です」


「出身地は?」


「遠い東の地方から来ました。ここには最近着いたばかりです」


 女性が書類に何か書き込む。それから誠に向き直った。


「登録完了です。こちらが行商Cランクの証明書になります。商業区域内での取引が認められます。更新は三か月ごと。手数料は銀貨一枚」


「ありがとうございます」


 証明書を受け取る。薄い金属板に、文字と紋章が刻まれていた。


「一つ確認させてください」


 女性が視線を上げた。


「先ほど、例外規定についてのご説明で、『規定上は』という言い方をされていましたね」


 女性の表情が、かすかに固まった。


「……何かご不満でも」


「いえ、逆です。おかげで諦めずに済みました。ありがとうございました」


 女性は何も言わなかった。しかし耳の辺りが、わずかに赤くなったような気がした。


「また来ます」


 誠は証明書をリュックにしまって、ギルドを出た。


  ◆


 王都内での初売り上げは、日が傾き始めた頃に出た。


 商業区域の一角に露店を広げるほどの資金はまだないので、薬草商が集まっているエリアに紛れ込んで、声をかけてきた商人に絆創膏と石鹸を数点売った。


 石鹸は特に反応が良かった。


┌────────────────────────┐

│ 【 APPRAISE RESULT 】 │

│ 名称 :固形洗浄石(異界製) │

│ 品質 :★★★★★ │

│ 推定価値:銀貨4枚(アルデナ相場) │

│ 現代換算:約4,000円 │

│ 備考 :泡立ちと洗浄力が既存品を │

│     大幅に上回る希少品。 │

│     香料なしの純粋洗浄タイプ。 │

└────────────────────────┘


 百均で百十円の石鹸が四千円。ライターより粗利率が高い。


 誠はその場でMARKETを開いて石鹸の相場を再確認した。王都での平均は銀貨三〜五枚。APPRAISEの評価通りだ。つまり鑑定結果は信頼できる。


 今日の売上は、石鹸五個(銀貨二十枚)、絆創膏三セット(銀貨九枚)、ライター二本(銀貨六枚)。合計銀貨三十五枚。現代換算で三万五千円。仕入れは二千円ほどだから、粗利は三万三千円超。


 一日でリストラ前の日給を超えた。


「……」


 感慨があるかといえば、正直あまりなかった。それより在庫を増やせばもっと稼げる、という計算の方が先に来た。根っからの営業脳だと思う。


 帰還まで残り十分。


 急いで城門を抜けて森の方向へ歩きながら、さやかとの夕飯の約束を思い出した。時刻は夕方四時。間に合う。


 GATEを起動して転移する直前、ふとギルドの受付の女性の顔を思い出した。


 無愛想で、規則を盾にしながら、しかしちゃんと「例外規定」の存在を匂わせてくれた。規則は守りながらも、杓子定規ではない。


 次に来た時は、もう少し話してみようと思った。


 商売相手としても、情報源としても、役に立ちそうな予感がした。


 それ以外の理由は、今のところは、特にない。


  ◆


 現代、荒川区の定食屋。


 さやかは誠の向かいに座って、味噌汁を一口飲んでから言った。


「で、急展開って何ですか」


「ちょっと副業を始めた」


「副業。リストラされた翌日に?」


「いや、まあ」


 さやかが箸を止めて誠を見た。目が細くなる。これは「話せ」という顔だ。


「……貿易みたいなやつです。遠い地域との物資のやり取り」


「それ、どういう」


「儲かってる」


「どのくらい」


「今日だけで三万ちょい」


 さやかが箸を置いた。


「田中さん」


「はい」


「それ、絶対おかしいですよ?」


 言うと思った。


「まあ聞いてください。合法です。体も張ってません。頭だけ使ってます」


「頭だけって、でも三万って……」


「軌道に乗ったら話します。今はまだ実験段階なので」


 さやかが誠の顔をしばらく眺めた。


「……顔色、いいですね。最近」


「そうですか」


「リストラされたのに。普通もっと落ち込むじゃないですか」


「落ち込んでる暇がなかったんですよ」


 それは本当のことだった。リストラされた翌日から毎日忙しかった。異世界に行って、仕入れして、売って、計算して。落ち込むどころか、ここ数日で一番頭が動いている気がする。


「まあ、田中さんが元気そうなら、いいんですけど」


 さやかが少し安心したような顔で、また箸を持った。


「でも絶対後で教えてくださいね。私、心配してたんですから」


「わかってます」


 誠は定食の鮭を口に運びながら、今日の収支を頭の中で整理した。


 仕入れ三千二百円。売上三万五千円。純利益三万千八百円。


 明日はもう少し在庫を増やそう。石鹸は五個から二十個に。ライターも増やす。あと解熱剤は薬師に売れるかもしれない。


 テーブルの下でこっそりMARKETを確認すると、解熱剤の相場は銀貨五〜八枚。市販薬一箱二十錠入りが五百円で買えて、バラで売れば一錠千円以上になる計算だ。


「田中さん、また計算してる顔してる」


 さやかに見透かされた。


「習性ですから」


「サラリーマン辞めてもそれは治らないんですね」


「治らないですね」


 二人で少し笑った。


 こういう時間が、悪くないなと思った。


 今は秘密にしているが、いつかちゃんと話せる日が来るかもしれない。その時のさやかの顔を想像すると、少しだけ楽しかった。


  ◆


 夜、アパートに戻ってから、誠は今日の出来事をノートに書き出した。


 ギルド登録完了。行商Cランク。保証人:ルーカス(香辛料商)。

 初日王都売上:銀貨三十五枚(約三万五千円)。

 最高粗利品:石鹸(仕入れ比率九十七パーセント超)。


 そして別のページに、今日気になったことを書いた。


 受付の女性。黒髪。無愛想だが仕事は丁寧。規則に詳しい。名前を聞き忘れた。


 最後の一行を書いてから、誠はわずかに首を傾げた。


 なんで名前を書いたんだろう。


 まあ、情報源として有望そうだから、という理由にしておいた。とりあえず。



─────────────────────────────────────────

       次話予告:第3話「契約書という概念」

     口約束で誠を騙そうとした商人に、現代の契約書を叩きつける。

     そして黒髪の受付嬢の名前を、ようやく知ることになる。

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