013
子狐丸はここままカフェへ向かえばいいと言うから、いつも通りの道を通ってカフェへ。
昨日の事件の後から毛玉は見なくなったけど、変わりに明らかに人ならざるものを見る羽目になったのは困る。
単純に見た目が怖いのもあるし、人前で悲鳴を上げるわけにもいかないから出会い頭の時に耐えるのが大変。
「ねえ、そういえば何で私は色々なものが毛玉に見えてたの? 向き合って無かったっていうのは置いといて、なんで毛玉?」
「それは力の段階の問題だね。例えばなんとなく嫌な感じがするっていうのが第一段階。段階が上がると明確に気配がわかったり、音が聞こえたり、匂いなんていう段階もあるね。薄っすらでもナニかが見えてきたら最終段階に近い」
「毛玉は…」
「最終段階の一つ前。毛玉に見えてたのは瑠璃特有じゃないかな?と思うけどね。人によって見え方は違う。そもそも瑠璃は元々最終段階の力を持ってたんだし」
「目を背けてたから一つ落ちてたと?」
「うん。これから力を使いこなせれば普段は毛玉として認識させておけたりもすると思うよ」
それは助かる…。だって街なかで突然妖怪と遭遇! とか、明らかな幽霊とかほんとキツイ。
しかも幽霊にも種類があって、普通の人と変わらない姿で当たり前に溶け込んでいる人はまだいい。
問題なのはホラーか! って姿の幽霊。
「どうして幽霊の姿に違いが出るんだろうね。自重してほしいよ…」
「その答えは簡単だよ。幽霊というものの姿は本人が記憶している自分の姿だからね、例えば事件や事故などのショックや衝撃で幽体離脱すると、悲惨な自分の姿を見てしまう。それは最期に魂の記憶へ強い印象を残してしまう」
「言いたい事はわかったよ…怖いからやめよう?」
そんな姿になって彷徨うなんて、まさに浮かばれないよ。
「人の体というのは入れ物に過ぎない。 魂とは全身に宿る記憶そのもの。生まれてからの経験、趣味趣向、そういったものから形成されていく。 瑠璃が僕と出会わなかった世界線があったとして、それは今の瑠璃と同じといえる?」
「ううん、絶対に違う。考えたくもないけど、暗い子になってるか、生きてない…」
それくらい当時の私にとって子狐丸との出会いは大切なものだったと今なら言える。
否定していたとはいえ、近くにいてくれたのが本心では心強かったもの。私が素直になれなかっただけ。
「例えば、何かしらの要因で記憶喪失になった人がいたとして…、でもその人は生きているって事は生命を維持するための行動は忘れていない。わかりやすいので言えば呼吸をするという記憶は無くしていない、何故かわかる?」
「うーん…記憶箇所が違うとか?」
「正解。 口、鼻、肺、といった呼吸に関わる箇所が記憶しているからね。一度に全ての記憶が消えない限り、いくつか記憶が欠けたとしても補い合って呼吸は可能になり、それを身体に共有して元に戻ろうとする。勿論、入れ物に損傷がないのが前提にはなるけどね」
「じゃあ腕を無くした人が、無いはずの腕に痛みとかを感じるって話は…」
「脳、視覚、触覚、そういった箇所に腕の記憶が残っているからだね」
記憶ってすごいな…。人が無意識に行っている行動も何処かしらが記憶しているって事でしょ?
「あ、なら臓器移植をしたら食べ物の好みが変わったりする、なんて話とも関係してる?」
「うん、全身に記憶は宿っているから。勿論関わりの深いところへ相応の記憶が宿るけど」
「うーん…じゃあそもそも幽霊ってなに?」
「本題はそこだね。 殆どの人は入れ物である身体から開放されると魂という記憶そのものになる、それは瑠璃達の世界で言うなら記録媒体に納められる」
「メモリーカードみたいなものね」
「そう。 入れ物が寿命を迎えると、そのメモリーカードが輪廻の輪という工場に戻り、フォーマットされてまた新たな入れ物に挿入されて、新たな経験という記憶を積み上げていく」
なぜこの子は横文字を当たり前に使いこなすのか。現代っ子ですか?浴衣みたいな昔の服を着ているのに…。
「そこまでして積み上げた記憶をなんで消しちゃうの?」
「メモリーカードに無限に書き込める?」
「無理」
「そういう事だよ。 他にもわかりやすい話として、新しいパソコン本体に何十年も前の古いプログラムを入れて動くかな?動くものもあるかもしれないけど、不具合もおきるよね?だったらまっさらにした方が安全だよ。稀に前世の記憶なんてのがあるのはフォーマットの時に消しきれなかったものだと思えばいい」
「すごい納得した。 それってあれだね、若い子から老害とかって言われる人の話も似てない?古い本体と新しい本体ではそもそも基本のOSが違うって思ったら、当時の普通が今の普通ではない、みたいな。どちらが悪いとかではなく、そういうものって事でしょ?今は若い私だっていずれは同じ道を辿るわけだし」
「面白いことを言うね。確かに似てるかも…。逆に若い世代とも上手く合わせられる人はOSが最新のものにアップデートできていると言えるのかもしれないね」
そう考えると年齢が違うと同じものを見聞きしていたとしても感じ方や捉え方が違い、話が合わないのも頷ける。そもそもの前提が違うのだから。
「話を戻すと、幽霊っていうのは何かしらの要因でメモリーカードに書き込みを失敗した記憶の塊だと思えばいい。一定数そういうことが起こりうる。 本人が拒否するとかの場合もあるけど、まあ一種のエラーみたいなものだよ。膨大な数の人がいるのだから当然中には上手くいかずエラーが起きるのも仕方がない」
「救いはないの…?」
「その為に葬儀や一周忌みたいなものをする。再度メモリーカードに書き込むためにね。 で、悪霊というのは、きちんと弔われなかったり、メモリーカードに入れられないまま時間が経ちすぎたもののことを指す。時間が経過するとデータは壊れていく。つまり、記憶や自我といったものが壊れていってしまい、強い想いだけが残る、恨みとか悲しみとか…」
なんかそれってすごく悲しいね…。だって本人ですら自分が何かわからなくなるんだもの。
「でもさ、今までになくなった人って人類史が始まってからとてつもない数よね?そのわりに、原始人の幽霊、なんて見たことも聞いたこともないけど」
「もちろん限界があるからね。自我も記憶も全て失えば、何も残らない。つまり劣化していったデータはいずれは消えてしまう。 それでも残るのは祀られていたり、書物なりでしっかりと個人を認識できるようなデータがあって、多くの人に認知されている場合に限る」
「三大怨霊みたいなのだね…」
「うん。 まぁ、そのどれにも当てはまらない例外も存在する。 あれがまさにその例外の一つ」
子狐丸が指差す先には見たことあるような、でも何か違うってはっきり言える存在が。
ゆらゆらと時々実体がつかめなくなり、なんとなく人の形に見えるかな?程度にも変わる。
でも明らかに私へ何かしら強い想いをぶつけてきてるのだけは間違いない。
まだ遠いからかハッキリしないけど、近づいてきてる気がする!
「あれだ…お昼に感じたの」
「僕だけで処理しても良かったけど、瑠璃に少し学んで欲しくて放置した」
「子狐丸…あまりそういう酷いことすると嫌いになるからね?私、本当に怪談とかホラーはダメなの!」
「嫌いにはならないで! でも、あれは瑠璃自身が招いたものでもあるから学んでほしくて…」
私が招いた…?それって………




