011
目の前のカレーにつられたせいで、肝心な話を雪乃さんから聞きそびれたと気がついたのは家に帰ってからだった。
「九城の名が泣く…」
「どうしたの瑠璃?」
「ううん、なんでもない」
母親の母親…つまり私にとっては祖母にあたる人は、私が幼い頃に亡くなってて、記憶にない。
唯一確かなのは、私の瑠璃っていう名前をつけてくれたのが祖母だって事くらい。
確か、私の瞳が見え方によっては深いブルー、つまり瑠璃色にみえるから…とか小さいときに聞いたっけ。
鏡で見る限り、自分ではわからないけど、名前は気に入ってる。何より両親ではなく祖母がくれた名前だから。
両親と祖母は仲が悪かったとか、祖父はかなり前に他界してるとか、そういった話は家にいた頃に小耳に挟んではいたけど、九城家に関しては全く聞いたことがない。
ただ、父親の東雲家っていうのは何代か続く富豪の家だから、ある程度それに釣り合うような家柄だと考えたほうがしっくりくる。
あの両親が普通の出会い方をした恋愛結婚だとは考えにくいし…。
調べたほうがいいのかな。
スマホをカバンから出してネット検索でもしようとしたら、通知が幾つか。
誰だろう?と思ったら、メッセージの内容から二代目と五代目だろうと推測。まだ私の連絡先を残してたことに驚きだよ。
私は連絡先を消してしまっているから、内容から判断するしかないのだけど、今朝の事についての謝罪だから間違いないと思う。
「瑠璃、返さなくていいよ」
肩に乗って覗き込んできた子狐丸にそういわれた。
「でも…」
「謝罪と見せかけて、言い訳と自分のした事を正当化しようとしてるだけだから、下手に返事をしたらチャンスがあると思われかねないよ?」
「それは嫌…」
確かに内容は子狐丸の言うとおりだから何も言い返せない。
最後は友達から心配のメッセージ。
これは返してもいいよね。子狐丸も何も言わないし。
友達にだけ返信した後、ネットを開く。
検索欄に”九城“と打ったところで子狐丸にスマホを取り上げられた。
「何するの! 返して!」
「調べないほうが瑠璃の為だから。ネットの情報なんてガセが多いから混乱するよ?何より今はまだ知るべきじゃない」
「子狐丸は知ってるんだね。じゃあ教えてよ!」
「だめ。これは瑠璃の為に言ってる」
「私の為かどうかは私が自分で決める!」
「じゃあこうしよう? 瑠璃が知っても大丈夫な事を教えてあげる。それで我慢して」
子狐丸がここまで食い下がるなんて…よっぽどなの?
「それとも今すぐ約束を果たしてくれてもいい。それなら全てを教えてあげる。どうする?」
約束が何かわからないし、もし“そういう行為”の事を言っているのだとしたら、私にはまだその覚悟はない…。
「はぁ…わかったよ。私が知っても平気な事だけ教えて」
「うん。 そうだね…まず九城というのは一城から九城まであった貴族家の九つ目の家系で、所謂お役目が隠されてきた家系。表向きは他の家と変わらないけど、九城家だけはお役目が特殊」
「なんかもうそこだけ聞いても不穏だよ。どうせあれでしょ?人ならざるものに関係してるとか言うんでしょ?」
「正解。 ただ、ここしばらくは強力な力を持つ者が生まれる確率がかなり低くなった。需要が減ったとも言えるね」
「現代は昔みたいに陰陽師が表立って名前が出ないみたいな話?」
裏ではしっかり活動してて一般人には知られてないとか、都市伝説みたいなレベルの話なら今もあるし…。
「正にそう。ここ最近だと瑠璃の他には祖母に当たる人がわずかながら力を持ってた」
両親と仲が悪かったのもそれが原因だろうと容易に想像がつく。
私への両親の態度を見ていたら、結び付けない方がおかしい。
「でも、そうなると九城の家って今は価値があるの?力もないのに」
「その九城っていう名前が大切なんだよ。表向きの家柄は一城とかと変わらないから、東雲みたいな富豪が箔付けとして娘を嫁に欲しがるのは道理でしょ。ましてや今は正当な本家の血筋が残っているのは七城と九城のみだからね。ほかは分家だから格が落ちる」
母親はそれで嫁いだのか。お互いの家にとって何かしら得があるんだろう。
東雲家といえばありとあらゆる方面に進出して利益を出してる。そういった取引の時に大家の名前が役に立つってのはよくある話。
この紋所が目に入らぬか! みたいなものでしょう?
「瑠璃の母親は唯一継承権を持っていて、本来は家を継ぐべき人間なんだけど、金に目がくらんで出ていった」
「お母様に兄弟も姉妹もいなかったからだね」
「そう」
あのお母様ならあり得る…。お金の使い方凄かったし。
「今話せるのはこれくらいかな」
「そう…」
まだ色々と聞きたいけど…私自身、頭の整理ができないし、これくらいがちょうどいいかもしれない。
「あ! ご褒美もらってなかったね」
子狐丸に言われてドキッとする。約束したもんね…。
「私にできる事にしてね? お手柔らかにお願い」
「えっと…撫ぜてほしい。昔みたいに…」
そう言って甘えた素振りを見せるちっこい子狐丸が可愛くて、思わず抱きしめて撫ぜまわした。
「撫ぜるくらいいくらでもしてあげるのに。可愛いなぁもう」
ふわふわの耳も、サラサラの金髪も可愛すぎる。小さいままの時限定だけど…。
「くすぐったいよ瑠璃」
「撫ぜてって言ったのは子狐丸でしょう?」
その夜は抱きかかえたまま眠った。
今までの空白を埋めるように…。
後悔と自分の不甲斐なさに腹が立つ。あんな両親に言われるまま、大切な相手と向き合わなかったなんて…。
ごめんね、子狐丸…。これからは一緒だから。
翌朝、目が覚めたら大きい姿で隣に寝てる子狐丸に抱きついてて、驚きすぎて気を失ったのは察してほしい。
寝起きからあの美形は心臓に悪い!! しかもあんな…はしたないことしてたなんて…。
勿論、子狐丸は私に何もしてなかったのは言うまでもないけど。




