8.エピローグ
【ワイヤレススピーカー少女】がいなくなった後のこと。
日吉良大君は、複製した「準備室」の鍵を金槌で変形させて、使い物にならない状態にした。もうこの場所は使わないとのこと。彼なりのけじめってことなのかな、知らない。ノートパソコン? そんなものあったっけ。
「僕はもう少し真面目でもいいかもしれないと思って。バレないうちに証拠は消しておいた。それに僕は新しい玩具をゲットしたからね、もうこの教室はなくてもいいんだ」
「ふーん、私が先生にチクれば余裕でバレちゃうと思うけど」
悪戯ぽく言ってみる。彼は口角を上げて、それから鼻で笑う。
「そんなことしないでしょ。海本さんは少しずつ真面目をやめていく方向で進んでるんだから」
「それはどうかな?」
「オイ、ちょっと待て。まじで言わないよね?」
焦る彼を見て笑う。一方的に頼ってばかりよりも、対等にからかって笑い合えるクラスメイトっていう関係の方が好い。彼に別れを告げて帰宅したのが木曜日だった。
それから良大君が自ら私に関わってくることはなくなった。少し寂しくも思う。
いつの間にやっていたのか全く知らないのだけれど、彼の姿を数日後、意外な場所で見ることになる。オレンジジュース片手に偶然テレビをつけたら、見知ったあの顔が。なんでも、高校生にしてとんでもない発明をしたとかなんとか。
『ご覧ください。こちらが日吉君が考案したアプリ、【ランダムワイヤレススピーカー】です! 早速、アプリをインストールしてみましたので、試してみましょう』
明るくハキハキと喋るリポーターの横で、彼は笑顔を見せる。でも私にはわかる、めっちゃ眠そうだ。
『こちらのアプリ、なんと同じアプリをインストールした人たちの中で、勝手にマッチングした相手のスマホに音楽を流すことができるのです。新しい音楽との出会いがありそうですね~、あっ、もうマッチングしました。ちょっと番組の都合上、曲は流せないんですけど、確かに聞こえています! 面白い発明です。日吉君、何か一言ありますか?』
話を振られた彼は、一瞬困った顔をしたけれど、すぐに喋り出す。あ、たぶん視線の先にカンペでもあるんだろう。何を話すか注目してしまう。
『皆さんに楽しんでもらえるアプリだといいなと思います。一つだけ懸念点があって。まあ、荒らしですね。やめてください、平和に行きましょう』
笑いながら言う彼に、リポーターの女性もスタジオも笑いに包まれる。私も、思わず吹き出しそうになった。
紹介されたアプリを見て思う。なるほど、彼は強ち嘘はついていなかった。なんでもワイヤレススピーカーにする、なんてのは流石に冗談でも、一番大切にしている芯の部分はちゃんと本物だったというわけだ。
後から聞いた話だけれど、私の歯に取り付けられていた小型スピーカーについて、良大君は歯科医院に直接訊きに行ったらしい。医院長によると、たしかに私の歯にシーラントを使ったらしいのだが、そんなスピーカーを取り付けた覚えはないという。結局、良大君が超小型スピーカーの所有権を確実にして、物作りに生かしてしまったというわけだ。
彼の行動力は凄まじいなと改めて思う。私はなんだかやられっぱなしな感じがして、対抗心が芽生えていた。ふふん、見ててよ良大君。いつか君をものすごく驚かせてやるんだから。
オレンジジュースをゴクリと飲み込んだ私は画面に向かってニヤリと笑った。
それからまた時は進み、試験前日。私たちはこのちゃんの家にいた。彼女の部屋に置かれた丸いローテーブルを囲んで、机にはノートや筆記用具を広げている。
時計を見ると、三時だ。お菓子が食べたくなった。小さい頃から変わらない。
机に乗っていた物を一度床に退ける。
「明日からテストかぁー」
紺ちゃんがぐったりしながら言う。今さっき課題をなんとか終わらせていた。それは本当にお疲れ様。
「でも、この試験が終われば夏休みが近いし、あとちょっとだよ、み、紺ちゃん」
あれからすっかり仲が良くなったこのちゃんが、紺ちゃんを慣れないながら紺ちゃん呼びしている。机の上にはスナック菓子からちっちゃいケーキみたいなお菓子まで。広げられたお菓子に、紺ちゃんがすぐに手を伸ばし、頬張る。おいしそうで何よりだ。
「そうだよ紺ちゃん、前言ってたラーメン、食べるんでしょ?」
「うぐぐ、そうだ、そうだよ! テスト終わったら帰りに行く約束だった! …………もうちょっとの辛抱か」
「それに夏休みに海に行こうって話もしてたよね」
「っ! 木乃香ちゃん、ありがと! それ聞いたらなんか行ける気がしてきた!」
ポテチに手を伸ばすこのちゃんは、私の鞄から覗いていた物が気になったらしい。
「千紋、それって」
取り出した桜色の円柱は持ち運びやすいサイズ。その物自体からワイヤレスに音が出せる。実は今まで耳に装着する物しか持っていなかったけれど、この機に購入してみるのもアリかなと思って、思わず買ってしまった。
薄いピンク色の、ワイヤレススピーカー。音もとても良い。時には皆で聴くのも良いと思う。音楽は私たちを繋いでくれる。本も、ラーメンも、バドミントンもね。
「【ワイヤレススピーカー少女】とか言われたくらいだし、本物も持っておかないと駄目かなーって」
「あはははは、何それー。逆転の発想やるね! うみち、それ結構高いんじゃないの?」
「うん、折角だし良いやつ買っちゃった」
「だいぶ体張ってるねー千紋」
「でも、それくらいする価値はあるよー」
一緒に居てくれる君たちが笑ってくれるから。私のために心を動かしてくれる、かけがえのない友達に、私も心を動かしていたい。少しでも、この些細な日々を鮮やかさに満ちたものにして、残していく。
喜びも、悲しみも、後悔も、時折感じる寂しさも。私の持つ許容範囲の中で、共有していけたらな、なんて今なら思える。全ては話さない。嘘もつくかもしれない。でも、軸になる思いは偽らない。よし、それで行こう。
「勉強疲れたし、リフレッシュしたいなー。もう夏だし、そだなーこんなときに聞きたい曲はー。やっぱりー?」
紺ちゃんがニヤリと私たち二人に笑いかける。なるほど、一斉に曲名を言い合おうってことかな。望むところだ!
三人は「せーの!」で曲名を言う。
あ、バラバラだ。
「ええー! 夏が始まったばかりなんだからこの曲しかないでしょ!」
「もっと今ゆっくり休めるような曲にしない…………?」
「いっそ春の歌を聴き納めるのもいいかも」
各々が自分の内面を少しだけ音楽に預けて共有してみようとしたらこれだ。そんなピッタリ同じになるはずもない。考えてることも、感じていることも違って当然。私たちはただ笑っていた。違っていても、それを知れたことが嬉しくて、価値があって。
「もうわかった! うみち、スマホ貸して。適当にプレイリスト流そ!」
しょうがないなー、っていう演技をしながら渡す。既にペアリング済みのワイヤレススピーカーから、迫力のある良い音で、この部屋一帯に音を届ける。
流れたのは。
「知らない曲だー、木乃香ちゃん知ってる?」
このちゃんは首を振る。私も知らない。リリース年を見ると、私たちが生まれるよりも二十年くらい前の歌。知らないから飛ばすってのも選択肢としてはあるけれど。
「とりあえず、流しておこうよ」
私は言う。知らないことは知らないまま受け入れてみよう。二人も同意してくれたので、BGMはプレイリスト『夏に聞きたい名曲』でお送りします。
開かれたカーテンからは眩しいほどの陽光が差し込む。冷房の効いた涼しい部屋に、暖かな光が心地よかった。
さて、私もお菓子に手を伸ばそう。口に入れれば、しょっぱかったり、甘かったり。固いのも柔らかいのもある。普段、私一人では買わない味のプチ、意外と美味しい。嬉しいイレギュラー。
試験のことなんて一度忘れて歓談する私たち。あ、そういえばラケットを部室に置いたままだ。そのことを紺ちゃんに指摘されて、少なくとも一回、また部活に行くことにした。
うんうん、今年の夏は楽しくなりそうだ。スマホのカレンダーに予定が埋まっていく未来が見えた。
窓の外に見える空は雲一つない青空。今日も明日も暑くて、いつまで続くかわからない青色の夏がやって来る。
わからないまま、ちゃんと私として進んでいこうと思う。




