二年後の勲尭
常山城に入った楼魯、維叔典、趙子錡は早速、偵騎を北に走らせた。
今、主に維氏が対立している北狄は勲尭と呼ばれる族である。
勲尭族は常山以北の数多の北方騎馬民族たちを武威によって纏め、草原に一大勢力を有している存在だ。しかし二年前、常山城を守っていた楼環と、援軍に表れた姜子蘭の軍によって破られている。
勲尭の族長、“神皇”呴衍鶡は毒草の煙を吸い込んで片目を失い、その側近たる鞮武は盧武成の手に掛かって討ち死にしている。兵も、半数以上を討ち取られて這う這うの体で北へと敗走したのであった。
維氏の見立てでは、勲尭は数年は立ち行かないだろうと見ていた。家臣の中には、これを機に北への遠征を行い、勲尭を追い討つべきであるという意見も出たほどである。しかし、樊国内で智氏、魏氏との対立が続いていることもあってその計画は断念せざるを得なかった。
もし今、樊国が君主の下に一枚岩であれば、維弓は迷うことなく北伐を断行しただろう。それが行われ、首尾よく戦果を挙げることが出来ていれば、樊、ひいては畿内の北難は数十年に渡って取り払われていたに違いない。
勲尭に大勝したことは得難き戦果であったが、時宜が悪かったと言わざるを得なかった。
それでも数年――少なく見ても五年は、常山城は穏やかな時を過ごせるはずであった。無惨な敗戦によって呴衍鶡は求心力を失い、それまで強大な武力への畏怖によって統一されていた北方諸民族は勲尭から離脱したのである。
勲尭の勢力は大いに削がれており、かつての勢威を取り戻すには時を要する。ともすれば、諸民族同士での渾沌の争いが繰り広げられるやもしれなかった。
しかし、そうはならなかったのである。
勲尭はたった二年で挽回を果たし、かつてに劣らぬ勢力を誇るようになっていたのであった。
「叔父上の話では、呴衍鶡は新たに若い側近を登用したとのことにございます」
側近となると、その人物はかつて戦死した鞮武の代わりということになる。
鞮武とは長年に渡って呴衍鶡を支えた人物であり、その名は維氏にも知れ渡っている。
呴衍鶡は先代の神皇を殺して神皇の地位を得た人物であるが、鞮武というのは、先代神皇の子の一人であった。しかし、父の仇とも言える呴衍鶡に仕えて翼佐し、しかも忠誠の証として兄を殺していた。そういう経歴の人であるので、鞮武の存在は勲尭の中でも大きく、代わりとなる存在がそうそう現れるわけはないはずであった。
しかし今、楼冄によると、呴衍鶡に重用されている人物がいるとのことである。その信頼は鞮武へのそれに勝るとも劣らぬものであり、しかも実際に勲尭は着実に勢力を取り戻しているのだから、重用されるに足る手腕の持ち主であることは疑いようがない。
「勲尭は攻め寄せてくるでしょうか?」
「早ければ、ひと月のうちには動きがあるでしょう」
趙子錡の疑問に、楼魯はすかさずそう返した。かつての勝利はたった二年の平穏しか北地にもたらさず、今や維氏領北端は、かつてと変わらぬ緊迫した情勢へとなっていたのだ。
「一度、兵を率いて周囲を偵察してきましょうか?」
「白代川を越えぬこと、危険を感じればすぐ退くという二つを誓っていただけるのであれば構いません。むしろ、お願いしたく思います」
維叔典の申し出を、楼魯は即諾した。
こうして維叔典は、三百の騎兵を率いて常山城から密かに出撃することとなったのである。




