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春秋異聞  作者: ペンギンの下僕
君臣奔走

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慮外の再会

 共羽仞は、奇妙な――そうとしか言えぬなりゆきで庇護した晋姚(しんよう)らを、ひとまず自邸に招き入れた。

 帰宅のついでに盧靂胥(ろれきしょ)のことを聞いたが、妻の舒林(じょりん)の話では、既に発ってしまったらしい。

 少しだけ名残惜しいと思いつつも、そうではないかという予感はあった。ともかく、今は招かれざる客人たちの怪我の手当てを家人に命じつつ、とりあえず、(じゅん)という老人と、青年とに話を聞くことにした。この二人が、話が通じそうだと感じたからである。

 しかし荀は、荀という氏だけを名乗ると共羽仞の前で手をつき、


「どうか、鄭伯にお目通りさせていただきたい」


 と、頼んできたのであった。


「鄭伯は、私にとっては主人のご主君ですからな。私から主人に仲介を頼むにしても、其方が何者であるかくらいは明かしてもらわなければ話にならない」


 そう言われると、荀は黙り込んだ。

 夜半を一乗の車で逃げてきたということは、それなりの事情があるのだろう。顓族の共羽仞にも、それくらいのことは分かる。しかし、ひとまず命の恩人ということになったのに、事情は告げず、しかし請願だけは堂々と口にするというのは不愉快であった。


「教えていただけぬのであれば、貴方がたの身を囚車に乗せて東に行き、智正卿に訊いたほうがよろしいのでしょうかな?」


 意地の悪い言い方であるが、これくらいの皮肉はいいだろう、と共羽仞は思っている。

 するとそこへ、青年のほうが荀に何かを耳打ちした。やがて荀は、非礼を詫び、あらためて事情を共羽仞に告げたのである。

 すべてを聞き終えた共羽仞は、にぶい息を吐いた。


 ――手に余ることだろうと思ってはいたが、これは、俺の両腕が健在だったとしてもどうにも出来ぬ厄災が降ってきたな。


 そう感じた共羽仞は、仇奕(きゅうえき)に命じてこの一行を洛林(らくりん)へと送り届けさせることにした。後のこと主人たるは顓項と、その補佐役たる顓遜に委ねることにしたのである。




 こういった経緯があり、晋崖(しんがい)での小競り合いから十日の後、仇奕によって、洛林の顓項の邸に晋姚ら五人がやってきたのである。

 その話を聞いた楡子狼が、顓項の邸を訪れた。伯尹(はくいん)として、君命を帯びての来訪である。そこで、慮外の再会があった。


「――士直(しちょく)どの?」


 この一行で御者を務めていた青年というのが、武庸(ぶよう)の商賈、范玄(はんげん)の家人たる士直だったのである。(けい)で別れて以来、およそ二年ぶりの再会であった。


「お久しぶりです、子狼どの。いいや、今は鄭国の伯尹たる楡氏でございますね」

「まあ、そうなりますな」


 楡子狼は当惑しつつも、知った顔を見たことによる安堵のほうが大きかった。

 事情を聞くならば、まずは士直から聞いたほうがよさそうである。そう考えた楡子狼は、士直と、その連れである少年をその日の夜に自邸に招き、主君たる姜子蘭と同僚である盧武成をも密かに招いた。

 夕暮れの頃、ひっそりと楡子狼の邸に入った姜子蘭は、客間に入って愕然とした。


「均!! それに、士直どのではございませんか!!」


 士直が連れていた少年とは、かつて姜子蘭と共に旅をしていた均だったのである。姜子蘭は、この時ばかりは喜びのあまりに、伯爵としてや一国の君主たる振る舞いを忘れ、均の前で膝をついてその手を取り、再会を喜んだ。


「お、畏れ多いことにございます。王子……鄭伯には、私のような、商賈の家人などに…………」

「そのような堅い言葉を並べずともよい。共に、武成の下で学んだ仲ではないか」


 暫くの間、姜子蘭はたがが外れたように感情をあらわにしていた。しかし、均のほうはひたすらに窮屈そうにしている。もっとも、今や天子より伯爵位と鄭国を与えられた貴人から親しい友人のように接せられては、恐縮するなというほうが無理であった。

 均は、今年で十三になる。盧武成や姜子蘭と出逢ったころと違い、それまでは漠然としか分かっていないかった身分秩序というものを正しく理解していた。かつて甲燕(こうえん)で交わした約束も、姜子蘭や盧武成との旅の思い出さえ、一睡の夢のように感じていたのである。

 それだけに、姜子蘭が一切の倨傲を見せず、むしろ、かつて旅をしていたときよりも屈託なく接してくるのを、どう受け止めてよいか分からないのだ。


「我が君。その……均が、窮しておりますぞ?」


 姜子蘭と均の師であり、今は姜子蘭の臣である鄭国兄師(けいし)、盧武成は、遠慮がちにそう言った。この、武勇こそ秀でてはいるものの、不器用で武骨な男もまた、姜子蘭と均にどう言葉をかけてよいか分からないでいるのだ。

 そんな三人を見ていると、楡子狼と士直は苦笑を禁じえなかった。

 とくに士直は、身分からしても立場からしても、応対を一つ間違えば主人たる范玄の名に傷をつけてしまうという自覚はある。そう分かった上で、三者三様に感情と振る舞いとがかみ合わぬこの状況がどうしてもおかしくて仕方がなかった。

 舞い上がる姜子蘭を前に、盧武成は楡子狼に、均は士直に目線で助けを求めた。しかし二人は、暫くの間、知らぬふりをしていたのである。

 やがて、ようやく落ち着きを取り戻した姜子蘭は、赤面しつつ士直と均とに向き合った。


「ええと、士直どの、均どの。先ほどは、失礼をいたしました」


 気恥ずかしさと未熟を誤魔化すように咳払いしつつ、敢えて大仰に背筋を伸ばしながら、姜子蘭は二人に向きなおった。盧武成はまだ、恨みがましげに楡子狼を横目で睨んでいるが、楡子狼は泰然としている。その楡子狼が、姜子蘭に代わって、共羽仞が告げてきた内容を確かめるように、士直と均に聞いた。


「お二方は、樊伯の正后と太子さまとを護って我が国に来られた、ということでよろしいのですかな――?」

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