ずっとずっと続く僕の旅
一人で旅をするようになってから、かなりの時間が経った。人と出会い、守っては別れを繰り返し、僕は人を守るということが当たり前となり、戦うことにも慣れた。そして、その過程で人を殺すことにも。
世界を移動する際に、トレースとまた出会った。世界ができて、今度は安心して暮らせるように調整している最中なのだとか。ララとリリーは二人とも大きくなっていて、かなりの美人になっていた。
未だ、僕は彼女たちと一緒に旅できるほど強くなったとは思えなかった。もっともっと、努力しなくては。
ルオとオリジンとも、たまに出会う。その時は殺し合いになるわけだが、最初の時と違い、僕のほうはほとんど無傷で撃退できるようになっていた。殺すことこそできないが、大きな前進だと僕は思っている。彼の作った組織、『イノベート』も、度々出会う。そのたびに僕は、彼らと殺し合いをすることになる。
世界を滅ぼすための組織。そんなものを作ってルオはどうしたいのだろう。わからないし、わかる必要なんてないと思っている。
「あの、ルウさん?」
「どうしたの、ロマニー」
森の中を歩く僕の後ろを、十六歳ほどの少女がついて歩いている。彼女はロマニー・ペンタグラム。彼女は武器を自在に作る能力を持っていて、そのせいで街から街へと転々とするようになっているのだ。僕は死にかけていた彼女を救いだし、今は剣の手ほどきをしながら彼女の故郷に向かっている。彼女は自分の運命を呪い、全ての発端となった自らの故郷に復讐をしたいそうだ。復讐に意味があるのかどうかは、知らない。本人にしたら、すごく意味のあることなんだろう。
「ルウさんは、私のお父さんになってくれた、んですよね?」
「そうだよ。嫌だった?」
この先の森を抜ければ、故郷が見えるようになるそうだ。子供の頃故郷から逃げる時、泣きながらこの道を通った際に見たそうだ。
「いいえ。でも、だったらどうして復讐を止めないんだろうって思って」
「僕も、しようとしたことあるから」
もう世界さんの記憶はずいぶんと薄れてしまったけど、未だ、覚えてる。僕がこうして一人旅をするようになったきっかけになった、女の子。
「復讐は、どうでしたか?」
「さあ。いい悪いじゃなくて、しなきゃいけない、って思ってたから、よくわからない」
私もです、とロマニーは言った。
「ねえ、ロマニー」
「なんですか?」
「故郷を滅ぼしたら、僕と一緒に異世界に行かないかい?」
ロマニーが息をのむのがわかった。
「い、異世界? ルウさん、何言ってるんですか?」
「違う世界。ここと似てる世界もあれば、まったく違う世界もある。きっとどこかに、君が逃げなくてもいいような世界があるはずなんだ」
僕がそういうと、ロマニーは不思議そうに聞いてきた。
「どうして、そこまでしてくれるんですか?」
「父親だから」
「……なんで父親になってくれたんですか?」
「君と、家族になりたかったから」
「なんで?」
「そこまではわからないけど」
僕の名前、ペンタグラムという名を持つ人が一人でも増えてほしい、と思っているからなのだろうか。
「じゃあ、なんで奥さんじゃないんですか?」
「君は、人間でしょ?」
「化物ですよ」
悲しそうに、ロマニーは言った。
「それでも、僕は君のこと愛してるけど恋愛感情はないから」
「……そうですか」
淡白な言い方になってしまったけど、そうでも言わなきゃ勘違いされてしまいそうで怖かった。
「見えました。あの村です」
森を抜けたすぐそばに、小さな村があった。家が五つか六つぐらいしかなくて、本当、総人口十五人とかなんじゃないか、というくらいの村だった。
「子供も、女の人もいるよ。それでもやるの?」
「はい」
僕はロマニーのほうを見ずに聞いた。きっと、今彼女はすさまじい形相をしているのだろう。あまり、見ていて気分のいいものではないから。
「じゃあ、行こうか」
しばらく歩いて、僕たちは村に足を踏み入れた。そこで歩いていた住人が、不思議そうに僕らを見る。
「覚えてる、みんな。私、帰ってきたよ」
ロマニーが歩きながら、そう言った。その両手には、黒くて鋭く、禍々しい大剣が双振り、握られていた。住人達が怯え、後ずさる。
「お、お、お前は、まさか!」
「私はロマニー。ロマニー・ペンタグラム。十年前の恨み、晴らしに来たよ!」
僕は踵を返した。僕の後ろでは、悲鳴や肉を裂く音、血が流れ出る音や家屋をなぎ倒す音が聞こえてきた。ロマニーは十年間、ひたすら生きるために戦い続けてきた。こんな村一つ滅ぼすくらい、簡単にできるだろう。
しばらくすると、その音は止み、ロマニーの静かな笑い声が聞こえた。その声は笑っているようで、泣いているようだった。
「やった、やった……やったよ、お母さん。見ててくれた……?」
母を殺された。その瞬間の記憶は、今もロマニーの中にある。旅をしている最中、何度も母の名を呼んで飛び起きるロマニーを見てきた。これで、彼女が悪夢を見ることはなくなるのだろうか。
「お疲れ、ロマニー。さ、君の幸せはこれからだ。行こうか」
僕は世界の扉を開いて、ロマニーを手招きした。彼女は世界の扉を興味深そうに見たまま、動かない。
「……その奥が、違う世界なんですね」
「うん。行こう」
ロマニーがおずおずと、首肯した。
「でも、私、こんなにいっぱい人を殺したのに、幸せになっていいんでしょうか。ここで私も眠るべきなんじゃないでしょうか」
「仇と一緒に土になりたいなら、そうするといいよ」
「……お父さんは、冷たいですね」
「やっとお父さんって呼んでくれたね。ありがとう。死ぬのは、いつでもできるよ」
ロマニーに近づくと、血で汚れた手をつかんで引き寄せた。半ば無理に、彼女を世界の外に連れ出す。
「君はただ、十年前の恨みを清算しただけ。人を殺すのは悪いことだけど、そうでもしなきゃいけない時っていうのは、あるんだよ」
守ろうとするときは、大抵殺すことになる。ずっと前の僕は、それができないせいで守れなかった。
「……わかりました。……お父さん、今までお世話になりました」
「気にしないで」
「私は、一人で旅します」
僕は、何も言えなかった。
「いつまでも、お父さんにべったりじゃだめだから。私、一人で旅をします」
「……わかった」
僕はそれから、世界の扉の開け方をロマニーに教えた。僕は思うだけでできるけど、僕以外の人だって、ちょっとした手続きを踏めば世界を渡れる。そのための手段を、娘に教える。
「こうすれば、世界を渡れるんですね」
「うん。それじゃあ、元気で。また逢えたら」
「はい、また巡り逢えたら」
僕はそういうと、しばらく世界の狭間を歩く。彼女は、次の世界で自殺するのではないだろうか。少し不安だが、彼女は一人で旅をすると言ったのだ。娘の意向には、応えてやりたい。
「……次は、ここにしよう」
もっと、もっと。もっと旅をして、もっと強くなって、もっと守れるようにならないと。
僕はそう思い直して、世界の扉を開け、世界の中に入った。
ララ、ミリア、リリー。そしてトレース。いつか、会いに行くから。僕らはいつか、会えるから。だから、その時まで待ってて。
僕の旅は、これからも続く。ずっと、ずっと。
今までご愛読ありがとうございました。
この物語はわたくしのシリーズ、『異世界を渡る旅人達』の、一番最初の時系列に位置する物語でございます。『異世界を渡る旅人達』はわたくしが最初に書いた作品ゆえ、拙いところが多々あります。それでもこの先、ルウたちの物語を読んでみたいと思われる読者様がいらっしゃったら、そちらのほうに目を通していただけると幸いです。
この物語はまだまだ続きます。また近いうちに。
それでは、重ね重ね。
ご愛読、ありがとうございました!