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いつか巡り逢う君へ  作者: コノハ
十個目の世界
104/106

見違えて、変わりきった世界

 「ただいま」


 四畳一間のアパート。仮住まい、と呼ぶにふさわしい部屋が、この世界での住まいだった。収入はトレースが何やら頑張ってくれているようで、詳しいものは知らないけど。

 僕がそういうと、奥のほうからリリーとララが駆け寄ってきた。


 「お帰り、ルウ!」

 「……何があったの、お父さん」


 僕はリリーの頭に手を乗せ、なでてあげる。さわり心地のよい髪が、指の間を通る。


 「何もなかったよ」


 トレースが役立たずだってわかっただけ。……もう少し使えたなら、仇くらいは討てたのに。


 「お父さん、落ち着いて話して。何があったの? 私たち、ちゃんと聞くよ」

 「ありがとうララ。でも、いいんだ」


 もうトレースには頼らない。今頼っているお金から何から全部、自分でできるようになるんだ。いつトレースが今以上に使えなくなるとは限らないんだから。トレースの力が要らないくらいに強く、強くなって、ここにいる娘たちを守れるようにならないと。


 「ごめんね、二人とも。でも、もう寝る時間だよ」

 「待って、お父さん、まだ話は」

 「いいから、ね」


 僕がそう言うと、リリーは壁にかかった時計を見た。時刻は九時。子供はもう寝る時間だ。


 「はあい。じゃ、ララ、布団出して」

 「お姉ちゃん、でしょ。……リリーは毛布と枕をお願い」

 「はーい、お姉ちゃん」


 二人はそんな様子で布団を引いていく。うん、大丈夫。この子たちは、元気だ。こうした時間を、失わせたりはしない。何を犠牲にしてでも、守って見せる。もう僕は、ためらわない。もう、僕は迷わない。家族を傷つけるもの全てを殺してでも、守り抜いて見せる。

 

 「お、お父さん。怖いよ」

 「え? あ、ごめん」

 

 強く思いすぎたみたいで、ララに心を聞かれてしまったみたい。布団を敷き終わった二人は、仲良く同じ布団に入った。ごめん、僕がふがいないせいで、布団一つ用意できなかった。


 「おやすみ、二人とも」

 「う、うん。お父さん、何かあったら話してね。私、聞くから。ちゃんと聞いてあげるから。ね?」

 「ありがとう。おやすみ」


 ララの頬に口づけをすると、電気を消す。僕は壁にもたれかかったまま、目を閉じる。


 「トレース」

 「なんだ」

 「テレパシーで」


 そういうと、頭の中に異物が入ったような変な感覚がする。テレパシーが使えるようになったのだろうか。トレースを頭の中で呼ぶ。

 

 トレース、聞こえる?

 無論。何か用か。


 僕は頷いた。娘たちには未だ言えないことを、相談する。


 この世界から出ようと思う。

 ……えらく早いな。

 ダメ?

 まさか。


 頭の中で自分ではない声が響くのも、もう慣れた。ララに聞かれないよう、強く思いすぎないように気を付けながら、トレースと会話する。


 そこで頼み……いや、命令したいのだけど。

 なんだ? なんでも言ってくれ。

 世界を、君に作ってほしい。

 ……。


 トレースは何も言わなかった。


 どの世界だ。

 世界さんは、生き返らないのは知ってる。新しい娘たちが安心して暮らせる世界を作って。できないとは、言わせない。

 ……やってみる。

 違う。為せ。

 

 強く、命じる。きっとトレースはこうでもしないとやってくれないのだろう。道具として扱えというのなら、扱う。これでもしできないなんて言おうものなら……。


 了解。たとえ何年かかろうと、やって見せる。

 それと、ほかに頼みがある。

 なんだ?

 僕の仲間として、リリーとララを守ってほしい。


 あっけにとられたように、トレースは黙った。


 了解した。 

 僕はしばらく一人で旅するよ。

 なぜだ? ボクの力がなくて、大丈夫なのか?

 君の力があったところで、本当にしたいことは何もできなかった。だから、せめて君が要らなくなるくらいに強くなって、世界を知って、父親らしくなろうと思う。


 僕はトレースがショックを受けたのを感じた。感情までつながっているのかな。


 そうか。すまない。

 それから、コンシャンスも預かってほしい。

 え? 

 もう、良心はいらないんだ。家族を守るためなら、神様だって殺してやるって決めたから。


 良心なんてものがあったから、僕は世界さんを守れなかった。守りたいものを守れなかった。いざという時、切り捨てる覚悟ができなかったんだ。


 トレース、君は……僕のことが好き?

 無論だ。どんなものよりも愛している。

 そう。じゃ、二人のこと、よろしくね。僕は、黙って出ていくから。


 立ち上がって、僕は世界の扉を出現させ、開ける。扉の向こうには、白黒チェック模様の床と、無限に広がる空間と、無数の扉が見える。


 待ってくれ。娘たちに説明はしなくていいのか? 

 いい。僕の決心なんて弱々しいものだから、二人に引き留められたらすぐに鈍ってしまう。……この気持ちだけは、鈍らせたくない。終わらせたくない。だから、恨まれることになってでも、僕は行く。

 そう、か。……わかった。行ってらっしゃい、主人。主人の命を果たし、新たに創造した世界で、ボクは帰りを待つ。

 うん。それじゃあね。さようなら。


 僕は一歩、世界の外に出た。クラスのみんなとも、まるでお別れができなかった。でも、みんなに合わせる顔なんて……。

 世界の扉を閉じると、頭の中にあった違和感が消える。もうみんなと別れてしまったのかと思うと、さびしい気持ちになる。甘いことは言っていられない。頭を振り、弱気になった心を振り払う。

 別れを惜しむようなことがあってはならないのに、なんて体たらく。僕はまだまだ子供だ。無理やりにでも新しい世界を選んで、その中で強くならなきゃ。

 そう思った僕はくにあった世界の扉を開けて、その中に入った。


 強くなるんだ。今よりずっと、今と比べ物にならないくらい。いつか再会するみんなを、守れるくらいに。

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