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いつか巡り逢う君へ  作者: コノハ
十個目の世界
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僕を愛した世界

 僕の姿を、ルオはとらえられなかったみたいだった。ほとんど一瞬でルオの後ろに接近すると、コンシャンスをふるって彼の両手両足を切り落とした。世界さんが、ルオから解放される。僕はすぐに、世界さんのそばに駆け寄り、彼女の腕を見る。右手も左手も、肩口の組織がぐちゃぐちゃになって、赤黒い血液が流れてて、止まらない。早く血を止めなきゃ。


 「大丈夫、世界さん」

 「う、ううう……ルオ……!」


 世界さんはどこでもない場所を見つめて、仇の名前を呼んだ。目が見えないの? ……そんなことはない。きっと。


 「世界さん、落ち着いて」


 僕はやさしく世界さんの頭を撫でた。僕の手に気づいた彼女は、ようやく僕のほうを見てくれた。よかった。


 「ルウ、君。早く、どいて。あいつを、殺すの」

 「落ち着いて。どうやって戦うのさ」

 「かじりついてでも、戦う」


 固い意志を曲げることは、僕にはできそうになかった。ぐずる世界さんを無視して、僕は彼女を抱き上げる。トレースに見せて、治してあげて、それからオリジンとルオを……


 「オリジン!」

 「了解」


 二人の声がしたのとほぼ同時、光が世界さんの心臓を貫いた。豆粒みたいな穴から血が流れて、世界さんは苦しそうに身をよじった。……え。


 「かはっ」

 「せ、世界さん!? トレース! 彼女を、治して!」

 「りょ、了解」


 トレースがそばまで来たところで、世界さんに変化があった。光が貫いた場所が、一気に盛り上がって、世界さんはうめいた。


 「世界さん大丈夫!? すぐ治してあげるから、ちょっとだけ我慢してね! トレース何やってるの、早く治して!」

 「ま、まってくれ主人、な、なぜか傷が治らないのだ」

 

 少しずつ、世界さんの胸に空いた穴が大きくなっていく。血が止めどなく溢れて、世界さんが着ている服と、僕の服を濡らしていく。待って。お願い。止まって。なんで? トレースの力は万能無限なんじゃないの? なんで傷一つ治せないの? 早くしないと世界さんが死んでしまう! 


 「ははは、ダメじゃないか。確認もせずに敵から視線を離したら。言っただろう、殺すと」

 「ルオ! 何をしたの!?」


 疲労の色が見えるルオが、不敵な笑みと共に僕の前まで歩いてきた。その隣には、光を手から発しているオリジンが立っていた。……あいつが、世界さんを!


 「もう、遅いよ。オリジンの攻撃は、特製だからね」

 「何を」


 僕の顔に、生暖かい液体がかかった。世界さんに視線を向けると、そこには、目を見開いて、ピクリとも動かなくなった彼女がいた。……まさか。


 「世界さん? 世界さん!? トレース、まだなの!? 早く治して!」

 「……し、死人を生き返らせることは……できない」


 死んだ。トレースは、言外にそう言った。まだ、まだ、きっと!


 「そんな。なんでもできるんでしょ、トレース。ずっと、ずっとそう言い続けてきたじゃないか!」

 「……死人だけは例外だ」


 視界が、ゆがんだ。水の中に入ったみたいに視界が潤んで、頭の中がいっぱいになる。

 

 「じゃあ! なんで……」

 「……すまない」


 頬に熱い液体が流れた。どうして、なんで。


 「世界さん……!」


 僕はたまらなくなって、世界さんを思い切り抱きしめた。

 彼女の体は温かくて、柔らかくて、ものすごく華奢で。それは僕が初めて感じた、人のぬくもりだった。でも、その温かさも、だんだんと失われていく。そして僕は、ようやく気付いた。

 ああ、これが死か。ミリアがあんなにも怯えて、ララの心を変え、リリーの明るさを奪い、世界さんからぬくもりを消した死か。こんなにも悲しくて、こんなにも怖くて、こんなにも嫌なことだったんだ。知らなかった。

 世界さんの言うとおりだった。僕はなんにも知らない。なんでみんなが死を恐れるか、僕はきっと理解した気でいただけなんだ。だから、だから……。


 「しゅ、主人」

 「で、どうする、ルウ? 俺は……お前とまだ戦いたいけど」


 だから、僕は選べなかったんだ。こんなにも悲しいものだと知らなかったから。こんなにも苦しいものだと知らなかったから。死ぬってことが、どれほど怖いものか、知らなかったから。だから、甘いことを言えていたんだ。なんでみんなが敵を殺してでも大切なものを守ろうとするか、わからなかったんだ。


 「僕は、君と戦うよ、ルオ」


 僕は世界さんの目を閉じさせると、丁寧に瓦礫の上に横たえて立ち上がる。後で、お墓作ってあげないと。ちゃんと、葬ってあげないと。


 「そうか。楽しみだな」

 「戦って、君を……」


 世界さんは、さっきまでこんな気持ちだったんだろうか。大切な人を殺されて、こんなにも苦しい思いをして、狂おしいほどに恨んで、憎んで。いや、もっと強い気持ちだったろう。何よりも大切な、家族を殺されたんだから。

 

 「俺を、どうするの? 倒す?」


 楽しそうに、ルオは笑った。ルオは、きっと人が苦しむのを見るのが好きなんだろう。だから、こんなことするんだ。目的はきっと、それだけだ。……もし、それ以外にも何か目的があったとしても、知るものか。


 「トレース、力を」

 「りょ、了解」


 トレースは驚きながらも、僕に力を渡した。力がみなぎってくる。でもそれは、世界さんを守ることすらできなかった、弱い弱い力。……トレースの力なんて、こんなものだったんだ。僕は、トレースを過信してた。なんでもできると、思い込んでいた。……僕は、愚かだった。


 「ルオ、僕は」


 コンシャンスを構えなおす。右手は、逆手、左手は順手。なんでも切れる、僕の良心。今まで、ありがとう。


 「お前を殺す」


 僕は、憎き仇に肉薄した。

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