少年の話 3
「シロナガです」目の前の少女は名乗った。肩程までの髪をしていて、目が大きく表情のわかりやすい、かわいらしい少女だった。
僕は、どうも、と短く挨拶をする。
マガ子さんが隣でけらけらと笑っていた。どうやら、魔法使いと聞いて、シロナガという一見、無垢でいたいけな少女を警戒している僕のことが、おかしかったらしい。
なんでそんなに強張ってるの、と笑いながら僕の肩を叩いてくる。打撃というほど力強くもないので痛くはないのだけれど、どことなく、おもしろくなかった。
「彼女が魔法使いって聞いて、怯えてるんだ」
「どうしても過るんです。あの怪物の姿が」
村が魔法使いに襲われた日のことが、頭には浮かんでいた。妹も攫われ、散々な目にあった日だ。
「あなたは、魔法使いがこわいんですか?」シロナガという少女が訊ねてくる。
僕はなんとも答えられない。内心、怖いけれど、彼女もまた魔法使いと呼ばれているのであれば、それを口にするのは憚られる。
「村を襲われたことがあって、それで」
「きっとよくない魔法使いだったんですよ」
僕は、へえと溢す。
「いい魔法使いもいるわけだ」
「私たちはただ、正直なだけですから」
シロナガという少女は、辺りをきょろきょろと見回す。そういえば通りを歩いている時も、そんな仕草をしていた。
「何か探してるのかい」僕は彼女に訊ねてみた。
「猫です」少女は手にしているバスケットを開けた。「しっぽの黒い白猫を探しているんです」
「逃げられたの?」
「いえ、ここに入れてあげたくて」
「そこが猫の家なのか」
「はい」
言葉を交わしていくなかで、僕は少しずつ、このシロナガという少女への警戒心が薄れていくのを感じた。
「この子、本当に魔法使いなんですか」僕はマガ子さんにこっそりと訊ねてみた。
「そうだよ。彼女は正真正銘の魔法使い」
シロナガという少女も否定していない。二人して僕をからかっているのならまだしも、そうは思えない。彼女らの態度に嘘偽りはなかった。
「でも、人間にしか見えません」
「それは見た目だけでしょう」
僕は視線を戻し、シロナガという少女をまじまじと見る。
どこからどう見ても、人間の女の子だ。僕の知る魔法使いの姿とはまったく違う。
これは僕の認識が間違っているのだろうか。魔法使いといえば、獣の頭蓋骨のような頭に、巨大な身体をした怪物だ。おとぎ話で聞いた姿はそうであるし、僕の村に現れた個体もそうであった。
ひょっとして、魔法使いにも人間と同じように体格差のようなものがあって、もっとも恐ろしい姿のみが伝えられていただけなのだろうか。
突然、視界が暗くなる。背中に何かが触れる。マガ子さんだ。彼女が僕の後ろから両手を回し、視界を遮ってきたらしい。
「じゃあ、こうしてさ」僕の眼前に手を添えたまま、マガ子さんは言う。「さて、目の前にいるのは魔法使いでしょうか」
「誰でしょうか」シロナガという少女の声も、前方から聞こえてきた。
「声がするから、わかるよ」と僕は答えた。
「声はするけど、今、彼女がどんな姿をしているかは見えないでしょう。ひょっとすると、君の想像する魔法使いの姿かもしれない」
「そんなばかな」
可愛らしい見た目の少女が、恐ろしい怪物に成り変わる様子はとても想像できなかったし、したくなかった。
「今みたいに、見て確かめようがない状況だとしたら、彼女は人間か魔法使いか、わからないんじゃない?」マガ子さんは何か諭すような言い方だ。
僕は考えてみる。
答えは出なかった。
「人間は誰も彼も、何もかもを、見た目だけで判断して内側を見ようとしないんだ」マガ子さんは、言った。それがこの世界の真理であり、抗いようのない運命なのだと嘆かんばかりに、言い放った。
少し乱暴な気もするが、彼女の言わんとしていることはわかった。
見えないもの、わからないことを自己中心的に解釈してしまうことで、認知を歪めてしまいかねないというのだ。
そしてそれは、人間によくある現象らしい。
自己と他者、様々な思想、自分とは異なる存在を明確に認知しているからこそ起こりうる問題だ。
マガ子さんの手が、視界から外れる。辺りが急に明るくなり、僕は目を細める。
光に慣れたところで目を開けてみると、シロナガという少女の姿は消えていた。
振り返ってみると、通りの端で片膝をつき、地面を眺めていた。
猫を探しに戻ったらしい。結局、本当に魔法使いなのかどうか、わからなかった。確かめる方法すら思いつかなかった。