✿ 第68話(前編):新しい噂
「はぁ〜、楽しかったなぁ遠足」
そう言うと、春風は魔法科室の椅子に深く腰を下ろす。いつも通り先に着いていた私は、先生たちから貰った麦茶を喉に流し込んでいる最中だった。
月イチの報告会……前に来た時は爆発事件の聞き取りだったので、4月もそろそろ終わると言っても2人で来るのは今月で初めて。目の前で座っている八雲先生と和泉先生は、机の上でごちゃついていた荷物を退かしながら語りかけた。
「1001期生の先生から聞いたぞ。幻の動物が出たんだろう」
「はい! 先生たちもやっぱり知ってたんですか?」
「知ってる所か、俺も友達と探してたよ。当時の俺は必死過ぎて、遠足以外に行った時ですら探してたからね」
「私も当時は躍起になっていた。何より探しながら動物園を巡るのが楽しくてな」
「へぇ〜っ、そうなんだ……!」
2人の学生時代の話を聞いて春風が目を輝かせると、私はコップをテーブルの隅に置いた。
遠足の時に見た幻の動物・6色に光る美しい羽を持った鳥は、丁度春風がボートに乗っている時に現れていた。周りにも人が何人も居たけど、全員があの鳥に視線を送っていて、その後の空気はどんちゃん騒ぎと言う感じだった。私たちの勝負は引き分けだったけど、至近距離の綺麗な写真を貰った事で私の負けと言う事にしたのだ。
『えぇどうして? 君たちも私たちも発見したじゃん』
『確かに見はしたけど、こっちが見たのは湖にザワついてる周りの空気を察してから。この写真をりんと鈴音が凄く気に入ってるし、良いでしょ?』
『でも……』
『それに、四葉さんと錦織さん・瀬戸島さんだって、誰よりも先にあんな近くで見れたんだから。今後1年楽しく過ごせる幸福を、誰よりも最初に分けて貰ってる。良かったね、みんなと見れて』
どうしても納得行かなそうな彼女にそう伝えると、迷っていた視線は真っ直ぐに私を捉えて『うん……!』と幸せそうな笑顔を向けていた。そんなジンクスが本当にあるのかは分からないけど、私はもう楽しい気持ちを貰った気分だったのだ。盲信者の子とあんな風に笑って過ごす相棒を、いつもより眺める事が出来たのだから。
そんな思い出を頭の中に浮かばせていると、先生は本題に入ろうと言わんばかりに背筋をピンと伸ばした。と言っても、その内容は先月と同じ流れ。
「さて、2人は自分の魔力に異常はないか? 契約のせいで、互いの魔力が〝本質的な同一化〟をもたらそうとする兆候とか」
「特に何も感じません。自分の魔力が前より増えた感じはしてます」
「私もよく分からないから、多分平気です」
本質的な同一化、と言うのは先生が以前話してくれた事。契約を解消しろと言われた時に聞いた話だけど、要は〝片方の魔力が暴走するともう1人も暴走する可能性が高くて、未熟な私たちはリスクが高い〟らしい。と言っても契約自体の事象が全て不確定で、断定は出来ない事ばかり。
だからこうして先生たちと毎月集まって話しているのだ。今の先生は先生ではなく、魔法省捜査部の人間として対応している……聖女様と闇魔法師の秘密を守りながら、健康を見てくれている訳だ。
「特に無いなら良いんだが、なにか不審な点があればいつでも教えてくれ」
「……あっそうだ、私先生たちに聞きたい事があったんです!」
「どうしたの、春風さん?」
突然そんな事を言うので何を聞くのかと首を傾げていると、彼女は少し気まずそうに両手を膝の上で重ねた。視線を落としながら、呟いた。
「……その、もしも今この部屋に呪使いが居たとして、先生たちが捜査部の仕事で保護をして……その後、その人が呪使いを辞める事って出来るんですか?」
そう言って、春風は目線を逸らした。何か言いづらい事情があるんだろうけど、頑なに私と視線を合わせない事を不思議に感じて。何も言わずにただ座り呆けていると、目の前に居る先生たちは真剣な面持ちで声を上げた。
「まず、呪使いがそうなるのには〝呪魔力〟への媒介が必要なのは知っているな。そしてこれは自身の生命があれば使用出来る。その生命力と呪魔力を繋げる鎖を剥がせたら良いが、そんな簡単な物では無いんだ」
「朝起きてご飯を食べて運動してしっかり寝る……そうやって保護施設で元気を取り戻しながら、光魔力の治癒草ジュースを飲んだりね。後は、本人の精神力で治すしかないけど、完全に克服する事は難しい場合が多いね」
あまり聞いた事無い話だったけど、実際はそうなっているんだ。去年の夏に会った呪使いは、ちゃんと保護施設で元気に過ごせているんだろうか。
呪いは生命力を奪う、だから魔力や魔法と認められない。その代償にその人は寿命が縮んで行き、最期は体の欠片も残らず塵となって空気に帰ってしまうと言う。だから怖くて、辛い物なんだ。
「そうなんですね……じゃあ、保護施設に居なくても治ったりします?」
「ありえなくは無いと思うけど、そうなると僕たちが保護してるケースも少なそうだから、確信を持って居るとは言えないと思うよ」
「なるほど」
静かに頷くと、春風は「ありがとうございます先生!」と言いながら笑顔を取り戻した。でも、私には彼女の態度が不自然に見えて仕方が無い。今聞く訳にもいかない私は、その気持ちを押し殺すようにまた麦茶を喉に流し込んだ。
*
「ねぇ、さっきの質問ってどういう意味」
「どういう意味って?」
「隠さなくても分かってる、私に対して気まずい空気流してたから」
「……」
魔法科室を出てそう聞くと、彼女はまた俯いた。ここから出る時は静寂や目眩しの魔法を使っているから、誰かが通り掛かっても私たちの会話を聞かれる事は無い。あるとすれば椛が来た時だけだけど、今ここに来る訳が無い。
それでも言いたがらないと言う事は、相棒にも話せない何かを隠しているんだろうか。
「去年の1学期終わりにさ、不思議な子と会ったって話した事覚えてる?」
「あぁ……体育祭で私が感じた変な魔力の感覚と、同一人物っぽい人」
「そう。呪いに似てるけど違う感覚だったなら、元々呪使いだったけど、それが治りかけてたのかな〜って気になって。それだけだよ」
それだけじゃない。それぐらい私にも分かるけれど、私は「そう、分かった」と一言だけ返して、それ以上深く聞く事はしなかった。言いたくなったらいつか教えてくれるだろうし、私以外の方が話しやすい事だってある。昔の春風は相棒と親友以外に周りの人と関わりが薄かったけれど、今の彼女はそうじゃないのだから。
外に出ると吹く風は少し温い。少し歩くだけで、もうすぐ5月の暑さがやって来る事を強く実感させられてしまう。つまり地獄の体育祭も始まると言う訳だ。去年のように、全員リレーで大量の力を使い切る事は辞めたいけど……。
なんて、懐かしい記憶を掘り起こしている内に寮まで距離が近くなり、人影の無い場所に行って自分たちに掛けた魔法を解いた。紫の光がほどけて宙へ散ってくと、彼女は一歩下がっていつものように大きく手を振る。
「じゃあ、私白寮戻るね。また明日!」
「うん。また」
黒寮へ向かう足取りは、何だかいつもより重だるく感じた。それは、寮の扉を潜り抜けて暑さが無くなっても何故か変わらず。さっき外を歩いたせいなのか、春風へのモヤモヤが消化しきれて無いのか……こういう時は、甘い物を食べるに限る。
「……ん?」
「お、何だ花柳咲来じゃないか。外出でもしてたのかい?」
「まぁそうですね……それにしても、小野田さんが玄関の広間に居るなんて珍しいですね」
同じ図書委員でダイヤクラス所属の男子、小野田葵さん。彼が他人との共有スペースに居る所なんて、ほとんど見た事が無いけれど。詳しく何をしてたのか追求されるのが嫌でそう問い掛けてみると、彼は少し呆れたように腕を上げながら声を放った。
「それは君が自室に篭もりっきりだからじゃないかい? 僕は結構ここに居るけどね。この日当たりの良い空間は、友達と遊んだ後や昼寝・軽い休憩にピッタリさ」
言われてみると、確かに私はほとんどずっと自室に居る。本を読むならそれが落ち着くし、大浴場にも滅多に行かないし。納得するように静かに頷くと、彼は落ちかけたカチャリとメガネを戻しながら小さくため息を零した。
「ところで学年1位様、今学園で広まりそうになってる噂はご存知かい?」
「この学園、定期的に噂が流れるんですね。内容は知りませんが、また遊びの延長みたいな物じゃないんですか?」
「さぁ、どうだろうね。君が聞いてもそう思うかな」
彼はそう言うと、自分のスマホをこちらに差し出した。それはダイヤクラスの男子複数名のグループトークらしく、左側には誰かの送信した言葉たち。見てみろと言わんばかりの態度に腰を屈めて眺めていると、その中に気になる言葉が。
「……」
その中にあったのは『今、魔法学園に呪使いが居るらしい』と言う物だったのだ。




