✿ 第64話(前編):図書委員会のお仲間
「それじゃあ、紙に自分のクラスや名前を書いてねぇ」
希望通りに図書委員として選ばれた私は、同じクラスの男子枠・九条夏樹さんと一緒に集まりへ赴いていた。前の席には先についていたダイヤクラスが席に座っていて、女子枠には安藤さんが座っている。本好きの彼女が図書委員を選ぶのは予想通りだな……なんて思いながら、その紙が自分へ回ってくるのを待っていた。
「なぁハナサク、何で図書委員選んだん? 俺は朝読書とか結構好きやから選んでみてん」
「私も九条さんと同じような理由で……と言うか以前から気になってたんですけど、最近私をハナサクと呼ぶ方が多いのって何なんですか?」
「だって花柳って2人おるやん! 名字で呼ぶと混ざるし、かと言って名前じゃつまらんから〝ハナヒカ〟と〝ハナサク〟って呼んでみたんよ。ほんならみんな真似すんねん!」
「……なるほど」
最近ちまちまと呼ばれるあだ名は、彼が発祥だったようだ。関西の魔法世界出身らしい彼は、私の地元では聞き慣れない方言を混ぜながら、オレンジ色の瞳を細めてケタケタと喋っている。笑う度に揺れる黒髪はクルクルと癖づいていた。
彼はうちのクラスのムードメーカーで『春風と私がライバルだ』と言う話が出る前から私と普通に会話をしていた。この性格が自然と人を惹き寄せるんだろう。
「もーそろ俺らに回ってくるわ。アオちゃん、コユッちゃん、次俺らにくれな〜」
聞きなれないそのあだ名が耳に入った瞬間、目の前に座っていた彼はグイッと後ろを振り向きながら大声を上げた。
「っさっきからうるさいぞ九条夏樹! あと何回僕をアオちゃんと呼ぶなと言わせれば気が済むんだ、僕は女じゃないんだぞ!」
「最初はええよって言うたやん。それに、コユッちゃんとハナサクは喜んでるで?」
「うん、私の事をあだ名で呼んでもらえるなんて、とっても嬉しい……です」
「私は特に何も言ってませんけど」
「花柳咲来はコイツを止めてくれよ!」
安藤さんの隣に座っているのは、ダイヤクラスの男子枠・小野田葵さん。土魔法師の彼は、数々の魔導具を最初に作り始めた名家のご子息だ。定期的に会話はしていたけれど、委員会まで一緒になるとは思わなかったな。
メガネの内側に映る青い瞳は機嫌が悪く、茶色い髪の毛の上からにも怒りマークが出てきそうだった。
「まったく。学年1位の君が2位の僕に怒られるなんて、これじゃ張合いが無いじゃないか」
「えっと、ごめんなさい」
「別に謝らなくて良い、君が常に学業に対して真摯に取り組んでいるならね。ほら、早くペンと紙を受け取って――」
そうして前に座る2人がこちらを向いていた時、私は違和感に気付いた。黒くつやっとしたそのペンから漂う嫌な感覚と、その周りに浮かび始めた真っ黒な煌めきを。それは、闇魔法を捻じ曲げた魔力……呪魔法の固有色だ。
「えっ、何でペンぶん投げたん!?」
「あのペンは様子がおかしいんですっ! 皆さん、早く窓側に逃げて下さい!」
そうは言っても、突然そんな事を告げられて動ける方が難しい。私は右手で杖を掴んで〝風の抱擁〟で逃げ遅れた数人を窓側に移しながら〝風の檻〟で教室の右側に投げた魔道具を閉じ込め、自分たちの目の前にも壁を作ったのだ。
私は咄嗟の判断で、直前にそのペンを掴んでいた安藤さんと小野田さんを守るように魔道具の方へ背中を向けた。その瞬間に地面が大きく揺れ、閉じ込められた空間から漏れる灰色の煙が浮き上がっている。魔道具の焦げた匂いは、自分の鼻を刺してくるみたいだった。
*
「なるほどね。ありがとう花柳さん、詳しい状況は何となく分かったよ」
「だが、二大魔法の適性者が相手の適性魔力がほぼ特定出来るのとは違って、呪いには全員不快に感じる感覚が残るはずだ。それを周りの人は一切感じてなかった……と言うのが、今回の問題点だな」
「ですね。呪いの残滓も微かな物でしたから、魔力に敏感な彼女が真っ先に嗅ぎとった可能性もありますが」
今回の事故を解決させるのは和泉先生と八雲先生らしく、2人から頼まれた私は先生に状況説明をしていた。保健室に行った時は誰も怪我や体調不良になってなくて良かったけど……。
「今回の事故って、誰かを狙った事件なんでしょうか」
「……すまない。まだ捜査段階だから、今すぐに確定した言葉は言えないんだ。捜査部にも守秘義務があるからな」
「大丈夫だよ、僕ら捜査部はこういう時の為に学園に派遣してるんだから。花柳さんは何も心配しないで、今日はゆっくり休んでね」
きっと、先生たちもこれが事件じゃないかと思っているだろう。その中に、私を狙った可能性だって見立てているはず。それを私に伝えないのは、先生たちの優しさだ。
だから私は「……そうですね。よろしくお願いします、先生」とお辞儀をする事しか出来なかった。それ以上何かを聞けば、先生たちの捜査の邪魔をしてしまいそうだから。
*
「あっ咲来さん。お話終わったんだね」
「安藤さん。お疲れ様です」
魔法科室の扉を閉めると、目の前には安藤さんの姿。隣には九条さんと小野田さんが神妙な面持ちで立ち尽くしていた。
「ハナサク大丈夫だった!? 尋問とかされてない!?」
「大丈夫ですよ……でも、九条さんたちはもうお話終わったんですよね。まだ先生とお話があるんですか?」
「僕たちが待ってるのは君だよ、花柳咲来。そこの2人がどうしても待ちたいって言うから、仕方なく僕も付き合っていたのさ」
「なんやねん、アオちゃんも心配そうにしとったやん。ハナサクが急に魔法使いまくってたから、疲れとらんかな〜って」
九条さんがそう言うと、小野田さんは「それ以上喋るな!」と少し顔を赤くしながら叫んだ。理不尽や〜と嘆く九条さんの声と共に飛んできたのは、安藤さんの笑う声。図書館以外で彼女とこうして話しているのも、なかなか珍しいものだ。
心配してくれていた事に感謝を告げて、私は彼らと一緒に黒寮へ戻る。その途中でずっと放置をしていたスマホを眺めてみると、そこには数件のメッセージ……1番上に表示されているのは相棒の言葉だった。
『春風?』
『はなやぎ……』
魔法を放ってしばらくすると、肩を震わせながら春風が現れた。すぐ近くの体育委員が集まる教室から来たらしく、先生の静止を無視しながら不安そうに私を見ていて。きっと相当心配していたんだろう。あんな顔をしている春風は、もう二度と見たくないな。
私は彼女から送られた『お疲れ様相棒! 怪我とか大丈夫だった?』と言う言葉に『ありがとう、みんな大丈夫みたい。心配しないで』なんて安心させるような言葉選びをして、お気に入りの猫のスタンプを送信しておいた。
「そーいやもう直ぐ遠足あるやん、楽しみやなぁ」
「魔法学園の校外行事は5年生からだからな。やっと色々と学びに行けて嬉しいよ」
「小野田君は偉いね、私も見習わなくちゃ」
「流石アオちゃんやな!」
「……小野田さん、無言で私を睨みつけるのは辞めてください。とばっちりです」
はたから見たら訳の分からないメンツだけど、少なくとも1年間は同じ委員会の仲間だ。そう思った私は、普通に彼らと会話をしながら交流を深めている。一応ずっと、他人を遠ざけたいと思っているはずなんだけど……最近の自分はその決意すら揺らいでいる気がして、口からはついため息が溢れた。
何より一番頭が痛いのは、遠ざけようと決意したきっかけのひとつである元親友が、この学園に来てからと言うもの普通に話しかけてくる事だ。




