✿ 第64話(後編):帰って来た理由
『咲来……今日まで幼稚園でいっしょに遊べて、すごく楽しかったよね』
『うん。椛のおかげで前よりみんなと話せるようにもなったし、一緒にピアノをひくのも楽しかった』
『ふふっ、わたしもだよ』
卒園式の前日、私は椛と2人で話をしていた。彼女が東京のどの小学校に通うのかは知らないけれど、同じじゃない事は分かっていたから。もうすぐ離れ離れになるであろう親友と、最後の時間を楽しもうと思って。けれど、その別れは残酷なものだった。
『今までありがとう。でもね、わたしはもう咲来の事を〝親友〟って言えないんだ』
『え……どういう、こと?』
『そのままの意味だよ。わたしたち、今日から親友じゃなくなるの。これから先会うこともないだろうし、咲来とは一緒にいられない』
『なっ、なんで? 私たちは離れてたって、学園でいつか会えるでしょ? そんな事言わないで……そんなの、悲しいよ……』
卒園前の空気は冷えていて、外で座り込んでいた私たちを刺すようだった。その寒さに耐え兼ねるように彼女は私の隣から立ち上がり、数歩前まで歩いて立ち止まる。耳の後ろに結ばれた大きなリボンとボブの髪の毛は、風に寂しく揺れていた。
『咲来は優しいから、こんな事をいったら傷つけちゃうね。ごめんね……でも、もうサヨナラしなきゃいけないから』
『もみじ……?』
『親友でいるのは今日でおわり……今から絶交しよう、咲来』
*
「爆発の時、魔法を使ってみんなを守ったんでしょう? 流石、私の元親友♪」
「……闇の目眩しと静寂を使ってるのに、相変わらず魔法が効かないんだね。椛に会いたくないから使ってたのに」
「同じ寮なんだから、全く会わないのは難しいよ」
「椛以外なら、これで会わなくて済むの」
〝会いたくない〟と言うよりは〝どう話せば良いか分からない〟って伝えるべきだったけど。言葉選びを間違えた事を恥じつつ、私は目の前に立つ彼女に目線を合わせた。その瞳は相変わらず、昔のように優しく微笑んでいる。
そんな彼女を見ていると、胸に閉まっていた感情が溢れ出そうになった。感情的な自分は、自分が一番嫌いな〝花柳咲来〟の姿だと言うのに。
「いい加減白状してよ、どうして私に絶交って言ってきた割に普通に話しかけてくるの。昨日まで会ってたみたいな態度だし……そっちの意図がずっと理解できないんだけど」
少し刺々しい物言いだっただろうか。なんて思うけれど、そうなる事も私は許されるはずだ。だってこんなの、誰だって意味が分からないだろう。私の言葉に、彼女は一瞬目を丸くすると、ふふっと笑いながら階段に腰をかけた。寮の端っこの誰も寄りつかない階段……誰にも声や姿を認識出来ない私の横に座っても、他人から見れば椛が1人で日向ぼっこでもしてるように見えるだろう。今から喋る彼女の言葉も、独り言に見えるのだろうか。
「どうしてって言われても……同級生だから? 元々知り合いだから? これ以外の話し方を、私は知らないんだよ。英語で会話するのもアリだけど〜」
「いや無しだから。現地の英会話とか意味分かんないし」
「そうかなぁ、咲来なら案外すぐに覚えられそうだけどな〜」
やっぱり、何度会話をしても核心まで話す雰囲気はない。別にそれでも良いと思う反面、もやもやした気持ちが残る事に変わりはない。そんなゴチャついた思考に揉まれ、私はついため息を溢した。
「再開して日は経ってるけど、やっぱりちょっと違和感あるね。昔の咲来から話し方が変わった……と言うか、強く居られる話し方を身に付けたって感じがするもん」
「幼稚園児から変わる人は、私以外にも沢山居るでしょ」
「うふふっ、私たちってあの頃とは全然違うもんね。でも、咲来は昔から全然変わってないと思うの。真ん中にある所はね」
「はぁ……」
「その〝何ってるんだろう〟って顔も、あの頃と同じ!」
彼女はそう言うと、三角に曲げた膝の上で手を組む。そのままクルクルと親指を回すと、窓から太陽の光を一心に浴びていた。
「私が学園に居なかったから、咲来は私が海外に居ると思ったでしょう? 実際、小学校からはママとパパと一緒にカナダに行ってたんだ」
「モンドレ村でしょ、みんなの前で話してた」
「そうそう。でも、パパとママは病気でカナダから離れられないの」
「……どう言う事」
私が真剣に言葉を返すと、彼女は回していた指を止めた。風ひとつ吹かない寮内の空気は、まるで時間が止まったように音も響かない。それは自分の声ですら。この嫌に響く空間に音を落とせるのは、元親友だけなのだ。
「そのままの意味だよ、カナダに行って割とすぐね。それでグループホーム……養護施設っって言うんだっけ? 親と過ごせない魔法使いの子どもが集まるお家があって、8歳ぐらいからずっと暮らしてたんだ。そこの人に日本の魔法学園に通う事を勧められて……ここに帰って来た理由は、そんなもんかな」
確かに、日本のように小学校から全寮制の学園は世界でも珍しいと聞く。春風のように家族と離れる靴を感じる人も居れば、椛のように利点となる人も少なくないだろう。彼女のご両親も、彼女がこの学園で過ごす事に安心出来るのかもしれない。
本当はご両親の病気について聞きたかったけど、その質問は口に出さなかった。そんなプライベートな事を詮索したい訳じゃないし、深く聞けばそれで椛が悲しむかもしれないから。だから代わりに、他の言葉を投げかける。
「帰った理由は分かったけど、それならどうして絶交って言ったの? 当時はそこそこ傷ついたんだけど」
「…………そう、だよね。ごめんなさい」
「椛に謝って欲しいんじゃなくて、私は理由が聞きたいの」
椛の目を見て、真っ直ぐに話す。輝や春風に言われたように、言いたい事をちゃんと伝えられるように。魔法を使っていても彼女の瞳に私はハッキリと映っていて、その色が右往左往するのを静かに見届ける。やがてその視線はずれていき、彼女は「その……」と歯切れ悪く呟いた。握りしめられた手は少し震えていて、春の陽気など感じられないように顔を顰めている。
私は、貴女にそんな顔をさせたい訳じゃ無いんだけどな。
「……咲来?」
「そんなに言い辛いなら、今はもう聞かない。でも……いつか絶対教えてよね。元親友なんだから、これぐらいのワガママは言っても許してくれるでしょ?」
私は彼女の手に自分の手を重ね、そっと呟く。冷たく冷え切ったその肌に自分の温もりを分けるようにしていると、彼女は満面の笑みで「言える時が来たら、絶対に伝えるね」と呟いた。
今は私の方が誰からも見えないはずなのに、こんなに冷たくては彼女の方が透明になっているみたいだ。私は彼女の言葉に小さく頷くと、少しの間はその手を離さなかった。昔の自分なんて思い出したくないけれど、今はあの頃の思い出に浸りたい……なんて、頭の中ではらしくない考えばかりが浮かんでいた。




