36. 覚醒計画 セカンド
部室から出て来た川瀬先輩の元へと駆け寄ろうとして、考え直す。
川瀬先輩には俺のシンパになって欲しい、いやむしろ川瀬先輩には絶対にシンパになって貰わなければならない。が、今から川瀬先輩にはリフティング先輩に対して要求したこと以上の事(当社比)を頼みに行くのだ。だからこそ川瀬先輩がリフティング先輩のように俺の提案を受けてくれる確率は半々。もしかしたらそれ以下かもしれない。ならばここで川瀬先輩が来るのを待っているか。いやこの場合は俺が行く方が後々の印象的にも……。
というわけで散々悩んだ挙句、リフティングに失敗して蹴飛ばしてしまったボールを取りに行くそのついでに川瀬先輩に話し掛けに行くことにした。回りくどすぎてそれならもう直接話しかけてもいいのではないかと思ってしまうが仕方ない、これも儀式の一環と考えよう。べ、別に、緊張してるとかそんなんじゃないんだからね、勘違いしないでよね!
「あっ、久しぶりにリフティングの新技開発していたら思いっきり足を滑らせてボールを遠くまで蹴り飛ばしてしまったー!このインスピレーションが消える前に早くボールを取りに行かなくっちゃあ!!」
川瀬先輩の歩く速度、俺の走る速度、風向、風速、サッカーコートの芝生及びグラウンドの地面の摩擦係数、重力加速度、現時点における俺と川瀬先輩の距離、川瀬先輩の推定歩行ルート、その他あらゆる事を【未来視】を使いながら分析し、最適な威力及び発射角度で足を振り抜いた。
ボールを蹴り飛ばした瞬間には軸足で地面を蹴り出しており、上記の文言を口ずさみながらボールの落下予想地点目掛けて走る。リフティング先輩と話している間にコートに集まっていたサッカー部員を最短ルートで躱しながら川瀬……ではなくボールに近づいて行く。
落下予想地点に辿り着き足を伸ばした先に、丁度空からボールが落ちてきた。そしてボールをトラップした俺の眼前には川瀬先輩が。何もかもが完璧すぎるタイミングに流石の俺もニッコリ。
『……なんか日常パートでばっかチート披露してるな、こいつ。そんなんだから昨日の大会負けたんじゃないの?はあー、つっかえ。サッカー辞めて大道芸人にでもなれば?』
心の中に棲みついた闇属性のモンスターが誰彼見境なく攻撃しててツラい。まあそんなことはどうでもよくて。
「おはようございます、川瀬先輩。」
「……あれ、喋り方変えたの?ていうかなんかスゴイことしてなかった、今?」
「ははは、そうでもないっす…ですよ。」
マズイ。川瀬先輩を前に一瞬だけ地が出てしまった。これからのニュー俺は誰に対しても敬語で対応する細目思慮深クールキャラを売りになるんじゃ無かったのか(そんなことはない)。ならば、こういうところから徹底しなければ。
「おほんおほん。ええと、とりあえずまあ、おはようございます。」
「おは、ってもう夕方なんだけど……。まあいいや、おはよう葉隠。」
「そうだ、ここからコートまでちょっと距離があるんでお喋りしませんか?」
「いつもしてるけどね。」
「……。ところで先輩は昨日の大会について、どう思いましたか?」
「まあ凄いことなんじゃないの。レギュラー入れ替えたばっかりで準優勝でしょ。」
「でも決勝戦の後半もじぶ…俺が出てたらあの程度の相手なら勝ってたと思いませんか?」
「いやあ、結果論ならどうとでも言えてしまうから少しズルい気はするけど、ここだけの話、実は僕も優勝すると思ってたんだよね。」
不甲斐なきことこの上なしやぞ、決勝戦で負けたヤツら。
「実は俺もです。ていうか俺の場合は優勝まで確信してましたね。ですが、ちょっとした諍いが原因で俺が下げられてしまってから、じわりじわりと嬲り殺されたような印象ですかね。
……だから、と言うにはやや性急過ぎる結論かもしれませんが、俺は決めたんです。」
川瀬先輩に、このチームで全国制覇するには俺の力が絶対必要である点、そのためにシンパが必要である点、そしてその作り方について、やんわりとした説明を行った。
全てを説明し終えた後の川瀬先輩の表情は渋いものだった。……もしや何か説明に不備でもあったのか、それとも隠していた部分に勘付かれてしまったのだろうか。
「説明が長いからもっと簡単にしてくれない?」
違ったわ。
「えっと……。あー、つまりはですね。俺が試合に出れば絶対勝てるんですけど、部長とその仲間たちに嫌がらせを受けたら試合に出られなくなるので、俺の仲間でレギュラーの過半数を固めたいって話です。正直あと1ヶ月でどこまで能力を伸ばせるかは未知数ですが、それでも俺の提案に頷いてくれるなら『グレート・ティーチャー・俺』の名の下に全力で指導することを誓います。」
「自信がすごいね。」
「まあ自慢なんですけど、俺まだサッカー始めて1ヶ月しか経ってませんが、既にこの部活の誰よりも上手いんですよね。そんな俺が1ヶ月全力で指導するんですから、寧ろ上達しない理由がないと思いませんか?」
「ははっ、こうも自信満々に言われたら本当にその通りに思えるんだから、葉隠は凄いよね!」
自尊心がビクンビクンしてるのを感じる。
「はは……。すみません、正直ツッコミ待ちの部分もあったんでその反応は戸惑い半分嬉しさ半分です。」
「ふふっ、なんだよそれ。」
「まあまあ、話を戻して。それで、俺が川瀬先輩に声を変えたのは実はその一環なんです。川瀬先輩はこの部活で一番、というよりも四国大会で見た他のチームも含めた誰よりもパスが上手いんです。なのでそれを活かしてレギュラーになって欲しいな、って。」
「うーん、僕を買ってくれるのは嬉しいし、実際に僕もパスには自信がある。それこそサッカーを始めてから10年間、シュートにもドリブルにも才能が無かった僕が唯一伸ばし続けてきた技能だからね。」
「えっ、そうだったんですか!?正直、川瀬先輩がそこまでパスに思い入れを持っているとは思いませんでした。いやまあさっきも言った通り上手いなとは思ってはいたんですけど……。」
「まあ誰にも言ったことはないからね。」
「あら、じゃあ俺が先輩の初めての相手ってことですね!」
「それは単純にキショい。」
こんな会話をしている頃には既にサッカーコートに到着しており、急に噴き出した俺を他のサッカー部員たちは怪訝な目で見てきた。なんだよ、こっち見んな。
「……さて、先輩。応えてくれますか、俺の期待に。」
「……ああうん、決めたよ。
僕を強くしてくれ、葉隠。」
そうして思いのほかあっさりと提案を受け入れてくれた川瀬先輩に俺特製の特訓メニューを書いた紙を渡した。
「……ありがとうございます、川瀬先輩。絶対にその期待に応えてみせます。これ、俺特製の特訓メニューです。」
「ありがとう。……ところで、このメニューって本当に合ってる?なんかパスを受けるメニューばっかりな気がするんだけど。……パスを出す能力を鍛えるんじゃないの?」
「ええ、それで合ってますよ。早速訓練しましょう!」
川瀬先輩はパスが上手いのになんでレギュラーになれないか。それを俺なりの分析した結果、動き出しがトロいのが原因だと判断した。
MFなのにドリブルが下手だからとか太っていて持久力がないからとかじゃない。なんなら体型に関しては川瀬先輩にやってもらいたいことに限れば無関係だ。重要な場面で重要なスペースに居さえすれば、試合中ずっと歩いていても、それこそとんでもないデブであったとしても全く問題はない。MFの役割はボールを前線へ運ぶものだと考えている俺からすると、川瀬先輩のパスはそれだけ値千金の価値がある。
まあだから何が言いたいのかというと、川瀬先輩には重要局面におけるパスを受け取るまでの時間をもっと縮めて欲しいのだ。相手を振り切ってからボールを貰うのに、今のままじゃ遅すぎる。まあ今から痩せろと言って痩せられるわけではないし、もっと俊敏に動けるようになるわけでもない。
ひたすらにパターン練習をさせることで『意識するよりも早く体が動いていた』状態にするぐらいしか短期間でレギュラー入りさせる方法を思い付かなかった。あと、パス出しに関してはまだ時期じゃないです。全てはコレが身に付いてからだね。
それにしても川瀬先輩も不運だよな。レギュラー決定権を持ってる木谷キャプテンに実戦の様子を見てもらう機会が全然無いんだから。もし俺がキャプテンなら、今の川瀬先輩であっても確実にベンチには入れておく。
まあ埋もれていたからこそ勧誘しやすかった節もあるから、これ以上俺からはなんとも言えんな。




