第二十八話
「おう、アラバ。昨日は大変だったらしいのう。大丈夫だったか?」
「イワトさん、まさか、お泊りという催し物で二部屋目に移動する事になるなんて思いもよりませんでしたよ」
「お前はどこを大変だと思っとんじゃ、ワシは漆黒の魔道士に出会ったから『大変』だといったんじゃぞ?」
「ああ、そうでしたね」
そういえば自分が取り調べの際に『アラバ(じぶん)に出会った』と言っていたので、つい笑っているとイワトも笑いながら答えた。
「しかし、お前、明らかにそっちが大変だと思うのが普通なのに、お前、器がでかいというか何と言うか変わっとるのう?
ところで、一つ聞いていいか?」
「はい、何でしょうか?」
「あれは…何じゃ…?」
多分、このイワトの視界にも入ったのだろう…。
自分の後ろを遠くを見ていたイワトに続くように後ろを振り向くと、それは周りの人間に見えるくらいにワザとらしく影を作って物陰に隠れた。
「…私も聞きたいですよ」
あの一件は、どうも自分は、レフィーユ・アルマフィにとって役に立つ人物で使える人間だと、戦乙女達にとっては認識させられたようで…。
そこの柱の影に隠れてうっすらと『怨』と一文字浮かべているヒオトの心境はいかがなものか?
「イワトさん、目を合わせない方がいいですよ?」
そんな事を言いながら隠し切れない制服を見ていると大きくなったよ、あの『怨』の字。どんな原理なんだ。
「アラバ、逃げた方がええぞ?」
「すいません…」
そう言ってすれ違って、自分は歩きながら逃げる。
イワトは…
「おおっ」
といって、追おうとしたヒオトを足止めにぶつかりに言ったが…。
ビタンッ!!
何やら投げ飛ばされ叩きつけられたような音がイワトのいた辺りからしたが構ってられず、廊下を曲がり階段を飛び上がって振り向きざまに後ろを見る。
キョロキョロしていた彼女と目が会う。その目がとても赤く光っていた。
やられる…。
単純にそう思える殺気がそこにあったので、とうとう走り出して何とか距離をとって扉を開けて隠れる事が出来た。
休憩時間だったが、ここには幸い、人がいないようだったので安心していると、当然、足音がコツンコツンとやけに響いた。
扉の下にある換気口の隙間から影が見えたと思うと足音が止まった。
思わず息を止めていると『扉』が開く…。
だが…。
「ちっ、逃したか…」
隅々まで探していたのだろう。しばらく耳をすませていると、そんな呟きが聞こえた。
するとしばらくして一定の音と共にダクトが開く音がした。
そこまでやるか…。
そんな事を脳裏に過ぎらせながら身を潜めて、そこにはいない事がわかったのか。扉の開く音がして、更に奥の方にある扉どもを開ける音がした。
だんだんと遠ざかっていくようで、ゆっくり扉を引いて、彼女よりうまく隠れて眺める事の出来るのは、『漆黒の魔道士』たる所以だろう。
タイミング見計って、元来た場所へと走っていくと必然してくる、逃げ切りという安心感に浸っているとセルフィが立っていた。
「アンタね、逃げる時くらい手段は選びなさいよ」
そうセルフィが怪訝そうな顔をしていたのも、無理もない。
少し離れて、影からさっき隠れた場所を眺めているのはやはり、隠れていたところが気になったのだろう。
気不味くなるのは当然だ。
かつてこの目の前に立っている人の姉に追っかけられ、『逃げる』という手段が鍛え上げられたために抵抗なく『あそこ』に隠れられた自分は反省を込めて黙った。
「自覚はあるようだから言わせてもらうけど…」
彼女なりに状況が状況だから仕方がないと理解というより呆れているのだろう。
「さすがに女子トイレに隠れるのは、問題があると思うわよ?」
さらに気まずくコツンコツンと響き渡る足音、どうやら追跡者は戻って来るようだ。
「…話があるのだけど、ちょっといい?」
そうして、断れるワケもなく追跡者から逃れる事もあり、セルフィに付いて行く事となった。