第二十七話
『カドクラ、カドクラ…を、どうか皆様の清き一票で…』
うるさいくらいの演説が、自分の今いるそこでは行なわれていたが、普段、見慣れた風景も時が過ぎれば奇妙な光景になるものだと、誰が言った事だろうか…。
今はPM、夜の8時…。
「ホント、こんなに遅い時間まで演説するなんて気味が悪いわ」
さすがにこの距離ではそのカドクラの車がどこにあるのか、わからなかったがセルフィはつぶやく通り、そんな違和感が目の前にあった。
あの後、アカネを即座に病院に搬送させた。
診断の結果、本人には自覚がないくらいだったが、容態は自身の身体をかなり蝕んでいたらしく緊急入院を余儀なく、本人を収容させたのだが。
セルフィは、少し顔を曇らせていた。
「どうした、セルフィ?」
「ごめんなさい、漆黒の魔道士に逃げられたわ」
「ふっ、何を暗い顔をしていると思えば…」
「で、でも、せっかく捕らえたのに、まさか、あそこまで簡単に逃げられるなんて…」
アレは学園内部の構造を知っているからと言えるわけもなく…。
「まあ、あれには毎度毎度、逃げられているから気にするな」
「だけど、戦乙女4名と相手にして…」
以前、私が戦い方をあの男に見せておいたからだろう。
「仕方あるまい。怪我人が出なかっただけでもいいと思っておけばいいだろう」
「そうなのよね…」
実際、あの男の凄いところはここだろう。
いくらどんな戦い方をするのか知ってはいても、リスティア学園の戦乙女は東方術の精鋭と称され、要人警護の要請が警察関係者から来るくらいの強さを誇っている。
そんな精鋭を相手に怪我のなく、今まで私を含め立ち回るのだ。
その事がセルフィにもわかったのだろうか、そのまま彼の逃げたであろう夜景を眺めていたので聞いてみたくなった。
「それでセルフィには、『漆黒の魔道士』はどう思う?」
「どうって、姉さんはあの人の事を凶悪犯だと思っているのでしょう。
だったら…」
「それは私の意見だ。お前はどう思うか、私はおまえ自身の意見を聞いているのだ」
セルフィは一瞬、驚いた顔でこちらを見たが、それから少し考えた様子で答えた。
「取調べだって、数分程度のやりとりだから、そんなのわからない…けど…」
「けど…?」
「うん、何でもない」
「言いかけておいて、黙るとはあったようだな?」
「別にそんな事はなかったけど…。うん、少し問題を出された程度かな」
「ふっ、問題か…」
その言葉が『アラバ』として初めて出会った時の事を思い出す事となった。
彼は目立たないようにしていたのだろう。
だが、初めて出会ったときから、私は彼を目で追っていた。
その時、白鳳学園が、当時、私のいたリスティア学園を招き、そして、今回と同じように防犯意識を高める授業で私の語った定義を前に彼は居眠りしていた。
どうという事もない、リスティア学園の男子生徒でも授業中に居眠りをする事だってある。
しかし休憩中、その授業は別教室で行なわれていたため。
『いい加減起きろや、お前、日直だろう。ホワイトボード消しとかんと先生に怒られるぞ?』
今にしてみればイワトの声だったのだろう。
そんな声が聞こえたので『ああ、あの居眠りをしていた』といった感じで準備室にて休憩を取っていた私が顔を覗かせると、すると彼は私の書いたホワイトボートをじっと見ていた。
『市民の協力』『早い状況認識の重要性』『犯罪に関しての概念』
そこには私が自慢げに書いたそんな事項と一緒に…。
私の漆黒の魔道士に対しての間違った認識と、履き違えた協力の重要性の概念が書かれていた。
ぽつんと一人、その男はため息一つ、彼は目を瞑る。
『おや、また居眠りか?』
どんな心境だったのか知らずに私は、そんな事を聞いてしまうが当時の彼は、あまり接触しないつもりでその時を乗り切ろうとしていたが、彼の特異さは白鳳に来てから感じ取れていた。
そのために彼から目を離せなかった事もある。
だから、私も講義してやろうと前に出た。
我ながら痛々しい。
だが、昔の私はそんな事を知らず、自らに自信もあったからだろう。
恥ずかしいと思う事もなく、私の『どうだろう?』と聞く姿は彼には、どう見えたのだろうか?
『あっ、そうですね』と軽々と答えた表情がとても哀しそうにホワイトボードを消していくのが印象的だった。
『そうだ、お前の名前は?』
しかし、そう聞いたときには、彼は立ち去っていた。
…そっけない男だと思ったが、私はワケも知ろうとしなかった。
理解しようとせず、他にも知ろうとしたタイミングはあったはずだというのに、時は流れ、その『疑問』が、あの事件が起きてようやく理解できた時。
…私が信じていいモノなど、何もない事を思い知らされた。
「姉さん、笑わないでよ。私だってここまで悩むとは思わなかったんだから」
だから目の前にいる、セルフィには間違えてほしくなかった。
「すまない、つい悩む妹の姿が微笑ましくてな。お詫びとして、お前の悩みは聞かない事にしておこう。
だから、悩め。悩んで自分で答えを探すんだ。
いいな、セルフィ」
すると、セルフィはニコリと笑って聞いてきた。
「ふ~ん、それもあの人の影響?」
曖昧に聞いてきたので、当然、答えた。
「ああ、そうだ」
そう答えると、セルフィがこちらに彼を見つけた。
「ふん、噂をすれば何とやらね?」
さっさと部屋に戻ればいいのに、挨拶にでも来たのだろうか、だが、彼はじっとり睨みつけて答えた。
「レフィーユさん、部屋が壊れているのですが?」
そういえば、この男の部屋に『立ち入り禁止』と黄色いテープが貼られていた事もついでに思い出した。




