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魔王城は乗っ取られました。

これは昔々のお話ですーー。


かつて人類を脅かし、平和であった世界"ウルミラ”を混沌へと叩き落とした魔王シャイタン。

暗黒魔術で強化された"魔導獣"による人類虐殺は凄絶さを歴史に刻みました。

混沌と恐怖。秩序なき世界。力無き人間は屠られ、家畜同然の扱いを強いられてしまいました。


しかしシャイタン歴893年。

魔王の時代は突如として終焉を迎えました。

人類との長きに渡る大戦は1人の少女の活躍によって終戦へと終止符を打たれたのです。


"聖女イブリス"


名も無き村の宿で働いていた幼い娘でした。


しかし、彼女の編み出した聖なる法力と彼女に従う精霊達の力で魔王を征伐、さらには無力化までに及ぶ封印を施してしまったのです。


いつしか人々は精霊を従え、民を導いた美しき少女を"聖女"と呼んでいました。


そして、魔王の支配から解き放たれた人類は聖女と共に、新たなる"イブリス歴"を歩み出し、再び平和に暮らしましたとさ。


おしまい。


「おしまい、であるものか」


ふっと、男は窓の外を見据えながら息を漏らした。

窓枠に腕をかけ頬杖をついている男、いや、正確には14,5歳くらいの少年だろうか。

死を思わせる白い髪に、血のように紅い瞳。

少年は気怠そうに窓外の"猛毒の沼地"を見つめた。


「どんな物語にも、必ず続きはある。そしてこれが……その後の話しだ……!」


ごぽごぽとマグマが煮え滾るかのような、泡ぶくを上げて瘴気が湧き上がっている。

いかにも体に害がありそうです、と言わんばかりの紫色の沼。


「さぁ、かかってこい。愚かな人類どもよーー!!……って昔は高らかに笑いながら、こっから見下ろしてたんだがなぁ……」


そんな猛毒の沼地には、嬉々とした顔で平然と軽装のみで渡っていく人間達の姿があった。

魔王城に攻め込んでくる"勇者一行"でも"冒険者"でも"ハンター"でもない。

しかも女性ばかり。中にはビキニ姿で頭から沼にダイブする、少し頭の弱そうなギャルっぽい集団もいる。


彼の紅い瞳にそれが映る。


「一体どうしてこうなった…………」


早速だが訂正しよう。

"猛毒の沼地"と呼ばれたのはほんの数百年ほど前の話で、今は観光用(・・・)に毒素分は抑えられ"猛毒"から"毒"の沼地へと名を変えてしまっている。

どれ程の違いがあるかというと、猛毒の瘴気を生身の人間が一息でも吸えば意識は朦朧。下手すれば昏倒状態へと陥る。

沼地に体を落とせば皮ふが焼けただれ、そして次第に骨をも溶かしきるという恐怖の沼である。


そんな猛毒の沼地だが

現在は、超が100個ほどつく位に薄められた毒の沼地となっている。

瘴気は、ちょっと臭いな?誰かすかしっ屁した?程度の硫黄臭レベルに抑えられ、

沼の毒素はぬかるんだ田んぼを素足で歩くような、なんとも言え無い快感とぴりっとした刺激を肌で感じられる状態まで希釈化。


とある人物が、猛毒の沼地を生身の人間でも渡れるこの惨状に変えたのである。


「ふははは。苦しみ悶えるがいい、愚かな人間どもよーー!!」


床に落ちていた未洗濯のボディタオルを拾い上げ、マントのようにばさりと翻し芝居めいた仕草で右手を掲げる。

ーーしばしの沈黙。


「……止めよう。悲しくなってきた……」


伸ばした腕をそっと下ろす。


昔は良かった。

魔王城に攻め込んできた人間共を押さえつけ、あの沼地に容赦なく叩き落としてやったものだ。


各村やら王都から選ばれた"勇者"と呼ばれる奴らを。

言い換えれば救いを求める人々に仕立てあげられた生贄的な存在と変わりない奴らの、断末魔と恐怖に満ちた表情。


ーーそういえば、勇者アディアだったか。奴の命乞いは最高だったな。


なんて、数々の過去の回想を思い返せば口元がふっと釣り上がる。

加えて妄想癖特有の気持ちの悪い笑い声も漏れてくる。

遠い過去の栄光に想いを馳せるという、現実逃避。

少年に与えられた唯一の自由。


「シャイタンさま、また独り言始まったぜ」

「朝から……、昔話をブツブツと……とうとう、頭おかしくなった......?」

「未だに大戦時の敗北が悔しいみたいね!あたい達みたいに時代の流れに乗らなきゃただのニートよ!」


窓の外を見つめては乾いた笑いを零す少年の後ろ姿を、部屋の扉の隙間から覗く3つの影。

蝙蝠に似た漆黒の翼を持つ3人の小悪魔達が羽を羽ばたかせながら、シャイタンと呼んだ少年をじっと見つめていた。


そう、この窓辺で耽っていた彼こそがかつての魔王シャイタンであり、3人の小悪魔は使い魔達である。


「魔王さま、まだ昔の余韻に浸ってる〜きゃはは!からかっちゃえ〜」

「「おーっ」」


先端の尖った黒い尻尾を左右に揺らしながら3人の小悪魔達が魔王に飛びかかった。

服装は悪魔らしからぬ雑技団に出てくるような赤や白、黄色に緑、ピンクに黒といったカラフルなストライプの組み合わせ。

それぞれ3人の小悪魔達の顔にはスペードやスターといったフェイスタトゥーが彫られており、派手めのメイクはさながらピエロにも見えてしまう。


突然飛び出してきた黒い影に驚く魔王シャイタン。


「お、お前らいつの間に魔王の間(この部屋)に来た?!というか鬱陶しい!!俺の周りを飛び回るな!見せつけか?!自分たちは空を飛べるという見せつけなのか?!」


纏わりつく3人の小悪魔達を小バエを払うかのような仕草で、魔王は追い払う。

ものの、飛行能力を持つ彼らは軽やかに避けて小悪魔な笑みを浮かべる。


一昔前ならば、このような目障りな雑魚や気に食わない配下は一瞬で消し炭にしてやったのに、と魔王は肩を震わせながら思った。



持ち得たスキルや得意の暗黒魔術の数は知れず。


上位暗黒魔術 ・・・"死刻炎魔" に "-光蝕ム焰ノ闇(マグナ・エクリプス)-"

魔導獣召喚術 ・・・”魔導・ケルベロス”に"魔導・サイクロプス"

雑魚程度なら灰燼に帰すことが出来る魔導術"ダークネスバースト"


ーーなどなど、大戦時に猛威を振るった自慢の魔術と火力。


しかし、今はどうだろう。


スキル、攻撃方法。

物理攻撃は"はたく"に"手で必死に追い払う"


あとは大声で"叫ぶ"くらいだろうか。

魔力0の今では暗黒魔術はともかく、下手したら基礎魔術や魔導術も使えない。


自分の無力さに、肩を落とした。


「あら、こんな所にいたのね。デモンズ達」


さらに魔王シャイタンの肩をがくんと落とさせる人間の声がした。


「あ、イブリスさまー。おはようございます」

「おはよ……ございます!イブリスさま……っ」

「もぉーあたいが一番最初に挨拶しようと思ってたのに!!おはよーでーす!!」


デモンズと呼ばれた3人の小悪魔達が魔王の元から羽を翻し、淑やかな女性の前へと移った。

そう、彼女こそが聖女イブリスである。

太陽のように眩く輝く金色(こんじき)の髪は毛先に向かって、青いメッシュが入っており、

かつて従えた精霊達の魔力色素と呼ばれる色の名残が伺える。

加えて全てを見透かすかのような、蒼い瞳は彼女の強さを表していた。


天使、女神、プリンセス、麗人……


"聖女"という言葉以外にも、そういった嫣然たる言葉が当てはまる彼女の美しい笑顔。

そんな後光が見える聖女とは真逆に、朝から一番嫌なものを見たと言わんばかりの落ち込んだ表情の魔王。


「おはようございます、ルビー、ガーネ、ローズ。ちゃんと人間の挨拶は出来てるわね。その辺の魔王とは違って」


その辺の、と道端に転がっている空き缶を見るかのような侮蔑を魔王に向かって放つ。

加えて、先ほどよりもにっこりと、そしてねっとりとした深い意味を込めた笑顔で魔王を見やった聖女。

彼女の笑顔と共に迸る聖なる力が、じわじわと魔王の体力を削っていく。

するどい針で突かれるような、剣山で顔面を叩かれるような。

致命傷とはいかないまでも毒のように体を蝕んでいく聖なる力のダメージとして被る。


「いっそ殺してくれ」

「させません。未来永劫この城で働いてもらいます。社畜として」

「誰が社畜だ!それとも人間との共生のためか?ふん、くだらんな」

「共生?私がいつそんなお優しい言葉を吐きましたか?お前が人類にしたことを私は生きた証言として、そっくりそのままお返しするまでですよ。それに私の目的はーー」


聖女は魔王の胸ぐらを掴み、勢い良く押し倒した。


圧迫され息が詰まる。

か細く、今にも折れそうな体のどこにそんな力が眠っているのだろうか。

無力化された魔王は何も抵抗出来ず、自分を見下ろす聖女を恐る恐る見つめた。


歳は、最後に倒されたあの頃と変わりない。

いや、胸とか臀部など所謂女性らしいところは少し成長しているようだが。

いかんせん、魔族でありながら魔王たる彼には人間という脆弱な種族の成長スピードなど知る由もなかった。


大戦時に初めて出会った時はまだ幼かった。

非力で、恐怖で泣き叫んでいた少女の姿はどこへ行ったのか。

揺るぎない自信、活力、そして何よりも背負った使命の重さを、今目の前にいる聖女から魔王は感じとった。


ーーこれが、人間という種族の"魂の成長"とやらなのだろうか。


そう、頭の片隅で考えながら何も手出しができない魔王は聖女の次のターンを待った。


「…………」


何かを祈るような一度の沈黙の後、イブリスはお得意の聖女スマイルなる対魔王兵器を繰り出した。


「くふふふ、私は一世を風靡する権力者&金持ちになってイブリス王国を作るのです。そして魔族は皆人間の家来!!ぐふふふっ♡最後にはイケメン・ハンサム王子のハーレムいっぱい作りますわー!!!」

「くそ!!どっちが魔王だ!!ぐああああやめろ!!聖なる力を纏って俺の股間を蹴るな!!」


男性体の小悪魔、ルビーとガーネは聖女が仕掛けた痛烈なる拷問を見て同じく股間がきゅっとしまるのを感じた。

一通りのドメスティックなバイオレンス行動を起こした後、聖女は飽きたのか魔王から退き、床に蹲りながら股を抑える彼の姿を見て鼻で笑った。


「どうかしら。ご自分のレベルを100分の1まで落とされ、無力化された気分は」

「イブリスさま、超かっこい〜!SMっぷりさいこおほおお!」


ローズが羨望の眼差しでイブリスを見つめた。

心なしか声が裏返っている。



さて、話を戻そう。

誰がかつて人類を脅かした魔王城を乗っ取り、不法占拠し、挙げ句の果てには観光地などという名所にイメージチェンジしてしまったのか。


魔王にのしかかり、体に纏った聖なる力で嬲り殺しにせんと言わんばかりに追い詰めていた、この女性。

聖女イブリスである。


彼女は大戦時、猛威を振るっていた魔王とその魔道獣が住まう城ーー即ち魔王城を、持ち前の観察眼と敏腕を振るい"リゾートホテル魔王城"として作り変えたのだ。


難攻不落であった魔王城をどれほどチェンジ&ドレスアップしたかーー。



かつて魔王城に攻め込んだ勇者達の命を奪ったトラップや、冒険者達を苦しめさせたギミックの数々は

様々なアトラクションとして作り変え、大陸中の話題を呼んだ。


例えば、針山に続く落とし穴は針を取り除きクッションを敷き詰め、別の魔回廊<フロア>へと続くホテルの裏道に。

ハンターたちが魔王の財宝目当てで忍び込んでミミックに返り討ちにされた宝物庫はギフトショップに。

他にも、奴隷達をとじ込めていた地下牢獄は、その冷気と薄暗さを利用して巨大冷蔵庫&貯蔵庫と数知れない魔改造を施したのである。


歴戦の猛者達が命を掛けて挑んだ魔王城は、今や気軽にハイキング気分でチャレンジして寝泊まりも出来ちゃうスーパーアスレチックホテルと化していた。


そして、魔王城というベースを活かしきった切り口。


『当ホテルにお越しの際は生命保険をお忘れなく』


そのキャッチコピーは、スリルを求める旅行客の心もがっちりと掴んで離さなかった。


発刊される「る◯ぶ」や「ウルミラの歩き方」「ま◯ぷる」と言う有名ガイドブックにその名が乗らない日はなく。毎年5つ星ホテルとしての栄誉を勝ち取る。


リゾートホテル魔王城を今や知らぬ者はおらず、この世界"ウルミラ"以外からの異世界の訪問者もスリルを求めて遊びに来る始末である。



聖女の未来をも見通す目とカリスマ力は止まることを知らない。

冒頭に話していた"猛毒の沼地"も聖女の発案によって、「美容に良い健康スポット〜その①〜」とイメージチェンジ、そして流布されたのである。


薬も大量に摂取すれば毒薬に、しかし毒も上手く使えば薬となるように、聖女は毒の成分を解析し人類にとって有益なものとなるように改造したのである。


名称に毒を付けてもいいものなのか?と魔王は過去に問うたことがあるが、


「見るからにヤバそうな名前の方がインパクトあるし、集客力にもつながるはずですわ」


と聖女に軽くあしらわれたのだった。

そして結果は聖女様のいう通り、美容効果を求めた客が押しかけ年々繁盛をしている始末だ。

今ではネット通販で「効果絶大!!聖女様お墨付き⭐︎毒沼パック」というふざけた名前の美容パックまで売られている状態である。

しかも、美容・健康部門の年間ランキングぶっちぎりの1位。


「ふむ、今日も毒の沼地はお客様が途切れませんわね」


窓から見える毒の沼地を見て、聖女は満足そうに微笑んだ。

そう、毒の沼地を渡っていたのは冒険者でもなく、勇者でもなく。

魔王城ーーもとい、ホテルに足を運ぶ単なる"客"である。



ーー魔王軍に暗黒魔術、持てる全てを注ぎ込み存続した魔王城が……こんな小娘に……


魔王は今限りの殺意を持って聖女を睨む。


「汚らわしい目で、私を見つめないでくださいます?」


聖女が握り締めた拳を、何のためらいもなく右に突き出した。


「だれが見つめーーうぐぼっ!!」


聖なる力を発動させ拳に纏わせた、ただの鉄拳。

だが、魔王には効果抜群だった。

魔族である証の、青色の血液をふんだんに鼻からブチまけながら魔王は床に再び伏した。


「やったれー!」

「イブリスさまっ……ふぁいとぉっ……!!」

「シャイタンさまー反撃はー!?」


数々の思考を他所に、外野のデモンズ達からは声援が飛び交う。

殴られた箇所からは、しゅうううと音を立てながら魔を浄化する煙が上がっていてなんとも痛ましい。


「おのれ……貴様ら、魔王側の悪魔(俺の味方)ではないのか!?」

「悪魔はカリスマ性のあるお方に付きたいものですし。ね?」

「……うん。僕はイブリスさま派」

「べつにあたいはどっちでもー?でも、スカーレットデモンズとしてアイドルグループで活躍すんの楽しいから、こーいうことさせてくれるイブリスさまのが今は大好き♩」


ルビー、ガーネ、ローズが順番に答えていく。

さすがは悪魔というべきか。かつての絶対的主君という存在など今では1mmたりとも気にしていないようだ。


「服のセンスはさすが、人類というべきよね!」


ローズは衣装が気に入っているのか、真っ黒なフリルが入ったゴシック調のスカートを両手で摘んで一回転してみせた。

尻尾にはファンシーなリボンが結ばれている。


今や、彼らは"スカーレットデモンズ"と呼ばれるこの城きっての人気アイドルグループ。


ギター担当のルビー。

キーボード担当のガーネ。

そしてボーカルのローズ。


歌だけでなく、翼で空中を泳ぎ繰り出されるアクロバティックな演奏とパフォーマンスは見るものを魅了した。

プロデューサーはもちろん、聖女イブリスである。


「あぁ……我がデモンズよ……。そんなに武器を振るうより楽器を振るう方が好きなのか……」


かつての大戦ではルビーはスカル・アックスと呼ばれる骸骨のついた不気味な巨斧を、

ガーネは鋭く、鉄をも切り裂く伸縮自在のスカル・ネイルで、

ローズはスカル・ワンドと得意の”魔唱-リリス・リリクス-”という魔の歌声で、人間の精神を狂わせ崩壊させた。


なお現在では、聖女イブリスにより魔王と同じく魔力封印によってレベルは本来の10分の1まで落とされ

(魔王のように完全無力化されると飛行能力や歌唱力も失われ、商品として価値がなくなるため)、

彼らの歌声とパフォーマンスは人間にとって心地のよいヒーリング効果のある術へと変貌を遂げていた。



「さて、リハーサルの前に確認事項ですわよ。スカーレットデモンズ」

「「「はーい!!」」」


グループ名を呼び、マネージャーの如く3人の調子と予定を確認する聖女。

虚空ポケットと呼ばれる、虚空間に保存した物質を何時でも自由に取り出せる魔術の一つから、スケジュール表とシフトが挟まれたバインダーを取り出す。


「くそ……俺の数々の魔剣を保存していた虚空間を、あんな事に使われるとは……」


ぎり、と歯を食いしばりながら、かつて自分のスキルの一つであった能力を見て聖女を睨みつける。

目があうと蹴り(+聖なる力付随)か拳(+聖なる力付随)が飛んでくるため、彼女が視線を感じて振り向く前に顔を逸らすが。


「ーーそういえば今回、予約が入っている団体は異世界からの旅行客でしたわね。しかも大層物好きなリピーターが多い。朝一は彼らの貸切ライブですし、いつも以上にはっちゃけてもいいですわよ」

「よっしゃ〜!暴れるぜ!!」


ルビーは聖女の言葉に大きくガッツポーズを取った。

まるで親に許しを貰った子供のような顔である。

長めの刈り揃えられた前髪で表情が隠れているガーネも、口元は笑っている。


「よって、本日のみかつての大戦時の10分の3レベルまで、封じていた力を解除します」


聖女は左腕のブレスレットに右手を翳した。

ブレスレットに彫り込まれた術式と埋め込まれた宝石が輝き、複雑な魔法陣が展開される。


-限定解除-(ディスペル)


一言。

そう彼女が簡単につぶやくだけで、デモンズ達は封印されていた力の一部が戻ってくるのを感じた。

失われた魔力・魔術・スキル。それらが一瞬にしてわっと体の奥から溢れ出す。

かつての大戦時の10分の3レベルは、人間の精神と神経を軽く揺さぶらせることができる程度の力だ。

だが、それだけでも今回のコンサートを盛り上がらせるには十分な力であった。


聖女イブリスは彼らのライブに足を運ぶ客層レベルを随時チェックし、

今回のような物好きで、多少の魔術に耐性のある客が多い日は、スカーレットデモンズ達の封印を一部解除して場を盛り上げていたのだった。


また、月に何度かは「ファミリーデー(レベル0.5)」「レディースデー(レベル1.5)」「レイトショー(レベル2〜3.5)」といった段階を設け、見事に客の心をキャッチしていたのだった。


「朝一から……レベル3でぶっ飛ばせるのは嬉しいです……!」

「ほんと、久しぶりー♩あたい達の歌声をもっと知らしめて、いつかワールドツアーを開催したいわね!」


ガーネとローズは張り切った表情を見せた。

魔族として戦いも好きではあったが、今では”歌って踊れて空をも飛べるデビルっ子アイドル”として活躍する方が天職だと思っているらしい。



「俺のレベルも元に戻して貰いたいものだな」


そんな3人の姿を尻目に、床に蹲ったままであった魔王は脂汗をかきながら聖女を睨む。


「そうね。今日のお前は朝から食ってかかってきますし。これがお似合いですわ。-限定封印-(リミテッド)


ブレスレットを魔王に向けて、淡々とそして呟く。


「レベルマイナス10。教養はそのくらいの年齢から叩き込むのが一番らしいですわよ」


そこには6歳くらいの子供の姿になった魔王がいた。


「ちょっ、小さ!!魔王さまちっさ!!うけるぅ〜〜。あたい達と同じくらいの年齢じゃん!!」


げらげらと腹を抱えて笑いだすローズ。


「シャイたん……」

「誰だ、今間違った呼び方をしたやつは」


ガーネが小さく呟いた言葉に反応するちび魔王。

彼が着ていた服は身体が小さくなったことにより、ぶかぶかとなってしまった。

ズボンだけはずり落ちないように、魔王は青白い顔を赤らめながら必死に手で押さえた。


ーくそ!何たる屈辱!!このくそ女め!!


魔王の憎悪など露知らず、聖女は鼻歌を歌いながら両手をぱんっと合わせる。


「さぁ、今日もウルミラは平和ですわ。イブリス王国の建国に向けてみなさん、はりきりましょう♩」

「「「はーい。イブリスさま!」」」


スカーレットデモンズの声が綺麗に重なる。

一級品と言われるスノウオークの純白の毛皮のコートを翻し、聖女はスカーレットデモンズを連れて部屋を出ようとした。

が、足を止めて魔王の方を振り向いた。


「さて、小間使いや」

「待て、誰が小間使いだ」

「魔王城の看板少年(・・・・)がお客様のお出迎えに遅れてはいけませんよ」


有無を言わさぬ聖女スマイル。

そして迸る聖なる力によって、ビシバシと彼の肉体に光が突き刺さる。


「いだだだだ!!!くそ、この幼体に聖なる力は堪えるな……ぐっ」

「うだうだ言ってないで、さっさとこれに着替えなさい」


聖女の軽快なフィンガースナップと共に空間がぐにゃり、と歪んだ。

そして魔王の頭上から服が零れ落ちてくる。


「ふべっ!!他人の頭上から物を取り出すな!!」


聖女によって虚空から取り出された礼装を着ないという選択肢は無く、渋々と魔王は窮屈な子供用のスーツに着替えた。

断ればどんなお仕置きがあるか分からない。


「午前6時。完璧なタイムスケジュールですわ」


金色の髪の毛を慣れた手つきで結わえ、ポニーテールを作る。加えて虚空から取り出した翼を模った髪飾りを添えた。

髪の毛の具合を確認するように、一度軽く左右に揺らして見せた。

ふわり、と甘い花の香りが魔王の鼻腔をくすぐった。

その香りを不快なものとして魔王は眉を潜めた。


「さて、始めますわよ」


彼女の仕事モードである。

部屋に飾られていた時計を見て、時間を確認すると聖女イブリスはこほん、と咳払いをした。

そしてポケットからインカムを取り出し、右耳に装着。スイッチをONにした。


【城内の魔族共ホテルスタッフに告ぐ。本日は異世界からの来客ーー異界番号001の日本国からの団体客215名が当城にお越しになられます。彼らを全身全霊を持ってお持て成しすること。この城の品位を落とさぬよう、一丸となって働きなさい。以上!】


凛とした声がインカムを通して、城内の全魔族スタッフに届く。

各フロアの守護者、もとい支配人たちは服装を念入りにチェックして乱れを直し、聖女の声に一礼した。




「あぁ、それと魔王よ。"お出迎え"に行く前に、この部屋のリネン類全部クリーニングに回しておくこと。いいわね?」

「………………部屋ではない。元は魔王の間だ」


YESの返事はない。

出来る限り反論してやろうという魔王の細やかな犯行。

不貞腐れた表情で魔王はそっぽを向いた。


「いいわね?」


先ほどよりも、強い語気で言い放つ聖女。

と、同時に確かな殺気を感じた魔王はなにも言い返さず無言で2、3度素早く頷いた。


「なぁ〜イブリスさま〜俺たち、リハーサル早くしてぇんだけど!」


ルビーはうずうずしながら翼を広げる。

メイクアーティストに描いてもらったスカルの模様が形を見せる。


「そうね、ライブ会場の準備も整ってるし、一度合わせてみましょう。本当に、あなたたちは良く頑張ってくれてるわ。そこの魔王と違って」

「わざわざ例えにこの俺を出すな!くそ女!!なにが聖女だ!!アバズレビッーーぎょふうぁぶえ!!」


聖女の背後に召喚された光の矢が次々と魔王に向かって発射される。


聖女イブリスの基本攻撃"-セイントアロー-(めった刺しですわ♡)"


法力術ではなく、ただ体内に宿る聖なる力を練り上げ、矢に変えて発射する、単純でシンプルな技。

術として発動させるよりも、放出するだけの動作で素早く展開が可能。

まどろっこしい詠唱(スペル)も必要ないので、制裁用には打って付けの技である。


さながらイガグリのように串刺しにされた魔王。

呼吸音だけが、彼が辛うじて生きている証拠だとわかる。


「汚い音ですわね。デモンズ達のような美しい声色を出してほしいものだわ」


聖女は氷よりも冷たい瞳で床でぷるぷる震える魔王を見下した。


「気が済んだなら……さっさと……出て行け……ぐふっ!!」

「もちろんですわ。私にはこの魔王城総支配者としての義務がありますもの」


かつん、とヒールで床を叩く音を出しながら聖女は今度こそ部屋を後にした。

魔王の元配下であったスカーレットデモンズを連れて。


ようやく過ぎ去った巨大ハリケーンに、安堵のため息を吐く魔王シャイタン(外見年齢6〜7歳)。


ーー今日も魔王城の1日は忙しいだろうな……。


瞳と同じ色の蝶ネクタイを直しながら、天井を仰いだ。



イブリス歴112年ーー。


聖女イブリスは、人類を脅かした魔王城をこうして一級の観光地として名を羽ばたかせるがため、日夜仕事に励むのだった。

蹂躙された人類史を立て直すべく、そして魔王によって失われた友と仲間達の魂全てを背負ってーー。



「あぁーー俺の城がヤバイ……。魔王城の支配者が聖女だなんて」



かつて魔王の間にあった立派な玉座は今は大量のリネン類の下に埋もれている。

魔王は小さな体で掘り起こしながら大層嘆いた。

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