母の想い
<母の想い>
街中にあるファミリーレストラン、その道路側は全身が見えるほどの大きな窓ガラスで仕切られている。その窓際にある日が当たる席に座る2人の男女、晴人と彩香だ。
彩香「そうだったんですか・・・・・・複雑な家庭環境って子供がグレちゃったりもするけど、親の性格にも問題が出てしまう事もあるのかもしれませんね。子供を思うあまりに間違った愛情表現になってしまったり、今回のように過保護さが悪化して理不尽な事を言う性格になってしまったり・・・・・・」
食事をしながら語る全てを知った彩香の見解。
その正面に座る晴人。綾香の見解を聞いて、静かにもっているドリンクのグラスをテーブルに置いた。
晴人「もう、本社クレームがどうだとか、そんな事はどうでもよくなってきた。苦しい家庭環境が作り上げたモンスターペアレント、あのお母さんがただただ悪いのではないのかもしれない。なんだかあの2人の為にも、この問題を解決してあげたく思えてきたよ。そんな辛い家庭環境にいながらも幼少の頃からずっと水泳を続けてきたんだ・・・・・絶対にすべてを解決して、結果も出してあげたい・・・・・・」
自然とテーブルに置いたグラスを握り締め、カタカタと震えるほどに興奮をしていた。
彩香「あっ・・・・・そう言えば私。道春君のお母さんが働いているお店の場所、知ってますよ!!」
◇
翌日、晴人は小さなノートの切れ端に書かれた彩香の地図を見ながら、街中をうろうろとその場所を探していた。
晴人「あっ・・・・あった!!ここか・・・・・・」
晴人が見上げるその店、そこはよくある地方の小さなスーパーといったお店だ。自動ドアをくぐると、売られている食材や商品などには目もくれず、店員を見渡しその女性を探し始める。
晴人「あっ・・・・・・」
気づくように見つけたその女性、道春のお母さんだ。
晴人「お久しぶりです、道春君のお母さん。」
お弁当を並べている手を止めると、はっとした表情で晴人に気がつく。そしてすぐに表情を変え、怒りをあらわに睨みつけた。
道春の母「何をしに来たんですか??今は仕事中ですよ!!」
晴人は周りを見渡し、その場の悪い空気を察した。
晴人「お話があるので、外でお待ちしています。」
それから数時間、景色は暗くなりすでに夜という時間を迎えていた。そんな中、外のベンチに座る晴人がスーパーの入り口に目を向けると、私服姿に着替えた道春の母が店内から出てくるのが目に入った。明らかに気づいているのにわざとらしく、晴人の横を素通りする道春の母。
晴人「ちょっ・・・・・すみません。少しだけ!!少しだけ時間を下さい。」
道春の母はすばやい動きで振り返ると、足早な言葉だけを言い放つ。
道春の母「あなたとお話しする内容はもうありません!!!」
きっぱりと言い切る道春の母。それを聞いた晴人が、なぜか今度は優しい笑顔を作り道春の母に言った。
晴人「10数年、休みなくずっと同じ職場で仕事を続けて、毎日道春君のプールを送り迎えする。真面目で努力家なんですね、お母さんは。」
いきなりのわけわからない事を言う晴人に、道春の母が問いただした。
道春の母「は?何を言ってるんですかあなたは?とにかく忙しいのでもう行きますよ!」
晴人「そうやって、我が強くて、まっすぐな所もすごくいい所なのかもしれませんね。」
変わらず笑顔の、晴人の言葉。そんな態度にいらっとしたのか、道春の母が更に激しく撒き散らすように怒鳴った。
道春の母「馬鹿にしてるんですか?いい加減にしてください!何の用なんですか、いったい!!」
それにも動じないで、笑顔を崩さずまっすぐ道春の母を見続ける。
晴人「人のいい所を探すんです。悪い所じゃなくていい所を。悪い部分は誰でもすぐに見つける事が出来る。でもね・・・・いい所って見つけようって努力しないと見えてこないんですよ。」
プールで言ったあのクレーム。その事を話されると思っていた道春の母は、わけもわからず不思議そうに首をかしげた。
晴人「まだ一度しか会っていないので失礼だとは思いますが、あなたの悪い所はいくらでも見つける事が出来ます。理不尽な態度、度がすぎたクレーム、人の話も聞けないし、全て自分が正しいと思い込んでしまう。」
道春の母「何なんですかいったい!!何が言いたいんですか?」
まったく伝えたい事がわからない道春の母は、むかつきにもとれる怒鳴り声を上げた。そんな道春の母を見ながら、晴人はその心を透かして読み取るかのように静かに呟いた。
晴人「いい所を探しているうちに・・・・それには理由があるってわかったんです。あのクレームには深い理由があるって事が・・・・・・」
晴人は、思わず押し黙る道春の母を見ながら、優しく包み込むように話し始めた。
晴人「家庭環境による寂しさ・・・・かまってほしいという気持ち。女手一つで育てた息子への思い。そして・・・・・ずっと続けさせてきた水泳への強い気持ち、それだけの気持ちがあるからこそ無我夢中に結果ばかりを求めてしまう。その気持ち、本当に良くわかります。」
そんな晴人の優しい言葉に、黙り続けていた道春の母が涙を目にためる。そしてついに、心の奥にたまっていた晴人も知らない本心をあらわにした。
道春の母「そんな簡単な一言で言わないで!何がわかるって言うんですか?そんな一言で言い切れるほど、楽なものじゃなかったんだから!!!」
辛い日々を過ごしてきた母。そのシングルマザーとしての努力は、簡単な一言では言い表せないものだったのだろう。
そんな叫びを見せた道春の母は、その怒鳴った叫びで楽になったのか、気持ちに落ち着きを取り戻し始めた。そして、涙を流しながらその続きをゆっくりと語り始めた。
道春母「父親がなくなって8年、何があっても道春には水泳を続けてほしかった。だからどんなに忙しくても送り迎えだって毎日続けられたし、金銭面で苦しくてもプールを続けるお金だけは払えるようにしていた。何でそこまでして水泳にこだわり続けていたかわかる??」
答えられない晴人を見ると、更に泣き叫ぶように本心を怒鳴り散らした。
道春母「それが、3人の願いだったからよ!!!幸せだった親子3人での生活、そこにはいつも道春の水泳があった。道春が選手コースに入って、夢が広がって、3人の気持ちは水泳で1つになれたの!特に、あの人の水泳への気持ちは本当に強かった、道春を全国大会に行かせるって。私たち親子3人は、その気持ちで幸せな笑顔の家庭を築けていたの!!!」
人目も気にせず路上で座り込む。そして、両手を地べたにつけると涙をアスファルトにこぼし散らす。
道春母「道春が水泳を続ける事で・・・・・死んだあの人ともずっと繋がれる!今でも3人が1つになれる!!!そう思えるの!!!だから、道春にはインターハイに出てほしい。それが、全国大会を願ったあの人の夢だから・・・・・・・」
拓也が晴人に言ったあの台詞。
『この問題はそんな簡単な理由ではない』
それには、拓也や晴人が感じていたそれよりも、重く深い理由が隠されていた。
家族にしかわからないその思い・・・・・・道春の母は死んだ父と3人で過ごしてきた最高の家族絵図を、今でもずっと追い求めていた。形として戻すことの出来ないその家族絵図・・・・・そんな届かない思いを、あの頃と変わらず続ける道春の水泳と言う形でしっかりと形にしていたのだ。その、他界した父の願い。
『全国大会出場』
ベストタイム更新、インターハイ出場に対する強すぎる思い。それは、度がすぎたモンスターペアレントが生み出した思いではなく、なくなった父との切なる願いだったのだ。
全てを知った晴人は複雑すぎるその問題をかみ締めるように、わだかまりある握りこぶしを作り上げた。
晴人「・・・・この問題・・・・・解決させる方法が絶対にあるはずです。それは、わたしとあなただけでは話をつけられない。」
睨むように道春の母を見る。
晴人「明日の夜、またうちの職場に必ず来てください。3人で話し合いましょう。」
晴人が言う3人・・・残りの1人は選手の道春。その気持ちをしっかりと伝えると、後ろを振り返りその場を後にした。




