第74話 宿り着物
フリマアプリで、破格で出品されていた総絞りのアンティーク着物を見つけた。
「理由があって手放します。大切にしてくれる方にお譲りしたいです」という説明文に惹かれ、迷わず購入した。
届いた着物は保存状態もよく、色褪せもほとんどなく、鮮やかな桜色が独特の気品を漂わせていた。
だが、箱を開けた瞬間、樟脳の香りに混じり、煤けたような、焦げ臭い匂いが鼻をついた。
どれだけ天日干しをして、何度クリーニングに出しても、何度消臭スプレーを振りかけても、この焦げ臭さだけは一向に落ちない。
それどころか、着物に袖を通した瞬間、ずしりと肌にまとわりつくような重みを感じた。
着心地は悪くない。生地も上質なものだということがわかる。しかし、時折、肌をチクリと刺すような痛みが走る。
確かめてみると、裏地から黒く長い髪の毛が数本、縫い目を割って生え出ている。
気持ちが悪く思い、引き抜こうとするも、まるで生地そのものから生えているかのように固く根を張っており、抜けそうにない。
糸切りハサミを使おうか――そう考えた瞬間、激しい頭痛と吐き気が襲ってきた。
『熱い。熱い。寂しい。お前の身体をちょうだい』
一際煤けた匂いが強くなったかと思うと、耳元で、女のしゃがれた声が響く。ぱちぱちと薪が爆ぜるような音と、恐ろしい怒号、そして、女性の悲鳴も聞こえたかと思うと、私の視界が真っ赤に染まった。
息が苦しい。肌が焼けるように痛い。
早くこの着物から離れないと――そう思っても、長い黒髪が、私の毛穴という毛穴から逆流するように皮膚の内側へと潜り込み、私の神経や筋肉の繊維、一本一本と丁寧に「縫い合わされて」いくのがわかる。
『ずっと、熱かったの』
身体を着物と同化させられ、薄れていく意識の中で、最後に聞こえたのは、そんな歓喜に満ちた声だった。




