第1話 最初で最後の晩餐
「牢を出ろ。お前の願いが許可された」
「……わかりましたわ」
───冷たく湿った牢獄の中で優雅に立ち上がる私は、クラリッサ・ド・ベルフォール。
無実の罪で第一王子から婚約破棄され明日、断頭処刑される公爵令嬢ですわ。
罪状は王侯貴族の宴で毒をふるったから……ということになっているらしいですが真実は違う。所謂、冤罪というやつものですわね。
何のために罪をなすりつけたのかは分かりません。しかし私に恨みのある何者かの、周到な策略であろうことは理解できる。けれど、それを証明するすべが私にはなかった。
「最後の願いが好きな料理したいとはな。変わった令嬢だ」
牢獄を出て冷たい金属の扉が閉まると粗野な声が背後で響く。
話したのは、灰色の上着を着た中年の看守だった。眉間に深い皺を刻んだ無骨な顔。私の収監されている牢獄の担当看守のマーカスさん。
看守の中では珍しく私のような大罪人にも人として接してくれる人格者である。ただ少し気になる事もあって、生真面目過ぎるせいで深く悩んでいる風な事も多いということですわね。看守の仕事はヒトの生命と深く関わる仕事柄、悩みは増える一方。そんな重圧に彼が押し潰されてしまわないかが心配ですわ。
「まあ、それは良い。使っても問題ない材料は地下倉にある。贅沢の象徴だとかで貧民街や罪人の住まいなんかから収集されてた物らいしい。傷んでいるものもあるだろうが、新しく押収された物も探せば見つかるだろう」
男は腰の鍵束を揺らしながら、私を見下ろす。私は軽く会釈し、落ち着いた声で答えた。
「ありがとうございます、マーカスさん。まずは、そうですね。手を清めるための清潔な水。それから塩を少しいただけますか?」
「水は調理場にある。塩は倉庫の中にはあると思うから探してみな。ああ、それから、逃げることはできねえからな。一応いっておくぜ」
「ご忠告。痛み入りますわ」
マーカスさんは押収庫の扉を開けると横の椅子に腰掛ける。
「ここで待ってるから、早く探してこいよ」
私はマーカスさんの一礼して押収庫に入る。入り口付近の棚には古いが鍋やフライパンが所狭しと並んでいる。他にも刃こぼれしているが、研げばまだ使えそうな包丁がたくさんある。
「まだまだ使えそうなのに、なんてもったいない」
そう言いながら私は鉄製の鍋とフライパンを持つ。瞬間、空気が色づくようなほこりが舞う。
「まったく。このままでは鉄製のフライパンは使えませんわね。鍋は……比較的綺麗だから洗えば使えますわね」
調理器具を確認したら次は食材だろう。
私は食在庫を開き中を確認する。中にはの若鶏であろう肉の塊がある。肉は淡い桃色で、皮は張りのある薄黄色である。どういう仕組みか倉庫内はかなり冷えているので腐ってはいないようだ。運が良い。
「時間はまだあるようだから、じっくり煮込んでみようかしら」
次に野菜を確認する。近くのカゴにはニンジン、カブ、セロリのような野菜。他にも香りの強い香草なども新鮮なままだ。
後は表面にひび割れのないパン。それに貴重な各調味料の数々。そして……。
「あら、ワインもありますのね」
手に取った瓶に詰められたワインのコルクを空けた私は、近くにあった手頃なグラスに傾ける。中から流れ出したのは深いルビー色をした赤ワイン。ラベルはぼろぼろで読めないが、その色だけでも上質なワインだということがわかる。
「雑な保管方法が少し気がかりだけれど……香りはどうかしら?」
私は腐っていないかを確認する為、鼻をグラスに押し当てながら嗅いでみると、清々しい白ブドウと見紛えるほどの軽やかな香りと、カシスにも似た甘酸っぱくフルーティーな香りが鼻腔を満たす。
「まるで血のような紅だと言うのになんて癖のない香り。上物ですわね。本当ならもっと酸味の強いほうが好みなのだけれど……ふふっ、我儘は言ってられませんわね」
私はいくつかの食材を集めると、トレイに乗せ食糧庫を後にする。
扉を抜けると看守のマーカスさんが、壁に背を預けながら暇そうに待っていた。
「……ワイン以外は随分質素な物が多いな」
私の持つカゴに視線を落としたマーカスさんが眉をひそめる。
「質素であっても、丁寧に調理すれば宴にもなりましょう。何事も作り手次第ですわ」
「随分な自信だな。まあいい、ついてきな。調理場へ案内する」
「ええ、お願いしますわ」
マーカスさんの後に続くように、ジメッとした牢獄の通路を進んでいく。しばらくすると、重厚な金属の扉にたどり着き、マーカスさんが鍵でその扉を開いた。
そこは牢獄と打って変わり、清潔に保たれた休憩部屋のような場所。
端には簡易的ではあるが、調理器などが置かれているのが確認できる。
「ここは俺たちが休憩するために使っている場所だ。そっちの奥にあるのが調理用魔導具だが、説明は要らないな?」
「ええ、充分ですわ」
私はトレイを流し台の横に置くと、まず若鳥を手に取り魔導具の火をつける。そして鶏肉をゆっくり揺らしながら炙る。
「それは何してるんだ?」
「今回は若鶏を丸ごと使おうと考えているので、まずは残った邪魔な毛を焼き切っています」
「丸ごとって……あんた、意外と大食いなのか?」
「失礼ですわね。流石にこの量は食べきれませんわ」
確かに、調理をしながらつまみ食いをしたりするので、同年代の令嬢方よりは食べるほうではあるが……。
「じゃあ、何でそんな量作るんだよ」
「そんなの決まっています。これまでお世話になった看守の皆さまに振る舞うためですわ」
「……は?」
マーカスさんは間の抜けた顔で固まっているが、私は無視して調理を続ける。毛を焼き切った若鶏の腹を包丁で裂いて関節を軽く外すと、粗塩をまんべんなく全体に擦り込む。
全体に擦り込んだら鶏は鍋の中央へ配置し、その周囲に切り揃えた根菜を置いた。そして流し台から流れる冷たい水からゆっくりと火をかけ煮出してゆく。
「灰汁が多い……これは丁寧に抜かないと後が大変そう。でも灰汁が多いってことは、旨味も多いってことですわよね。ふふっ」
しばらく灰汁を取りながら煮出していると、次第に若鶏が白く変わってゆき、野菜の色が艶を増してきた。
そこで粒胡椒と香草を加えると、湯気は甘く柔らかい、しかしスッキリとした香りへと変化した。
今現在、私が作っている料理は【プーレ・オ・ポ】と呼ばれる煮込み料理。
元はフランスと呼ばれる地の家庭料理で、肉と野菜を柔らかく煮込み、スープごと味わう素朴な一皿。
かつてアンリ四世なる人物が『日曜には全ての農民の鍋に鶏肉が入るように』と願った平和の象徴であり、同時に別の王が断頭台に向かう朝、口にしたとされている最後の晩餐。
「……まさに今の私にふさわしい一品ですわね」
「なんか言ったか?」
「独り言ですわ。それよりも、マーカスさん。今のうちに他の看守方をお呼びになってくださいますか?」
「そうやって逃げるタイミングを……」
「この期に及んで、私がその様な事をするとお思いで?」
まったく。いくら包丁を持っているとは言えど、私のようにひ弱な令嬢が屈強な殿方を相手に抵抗できるはずが無いでしょうに。
「……わかったよ。どうせ、ここからは逃げられねえしな。ちゃんと美味いんだろうな?」
「公爵家の長女である私が保証いたしますわ」
「そうかい。期待しすぎないで待っとくとするか」
そう言うとマーカスさんは部屋を出て扉に鍵をかける。少しずつマーカスさんの足音が遠ざかるのを感じながら私は調理を続けるのだった。
◇
「うん。いい感じ。コレなら、あのワインにも合うわね」
私は一度鍋から取り出した若鶏を切り分け、根菜と共にいくつかの深皿へ分けテーブルに並べる。赤ワインにはやはり肉料理が一番合うものね。欲を言えば適度に脂ののった赤身肉、Tボーンなんかが一番いいのでしょう。しかしそんな贅沢品がここにあるわけもなく、かといってただ鶏肉を焼くだけでは素朴になりすぎる。
「今の状況ならこれがベストでしょうか。素朴でありながら、肉の強い旨味と野菜の甘み。皆様のお口に合えばいいのですが……」
私は独り言を口ずさみながら、脇には表面を軽く炙った厚切りのパンを一切れずつ置いていく。そして黄金色のスープを深皿に注ぎ、赤ワインのグラスを最後に添えた所で扉の鍵が開く。
「……いい匂いだな」
「ああ、温かみのある、どこか懐かしい香りだ」
「さっき食べたばっかなのに腹が減ってきたぜ」
入ってきたのはマーカスさんと他の看守達数人。中には初めて見る者も混じっているが、恐らく牢獄外の書記官かなにかでしょうね。
「さあ、準備は整いましたわ。席について頂きましょう」
看守達は各々の顔を見合うと無言で席に着く。人数分間に合うか不安だったが、どうやら数はピッタリだったようだ。一カ所を除いて看守たちが皆席に着く。
「本日は私の最後の晩餐にお集まり頂いき感謝致しますわ」
「……笑えねえ冗談だな」
「はは、いや。死刑の前日に看守と晩餐なんて前代未聞すぎて逆に面白いぜ」
「……まだ若いのに悲しいことだ」
「自業自得だろ。毒とか入ってんじゃねえだろうな。ハハハ」
各々が今ある状況へ困惑の感情を抱いているが、どこか満更でもなさそうなのは何故なのでしょう。
とにかく私はそんな彼らが静まるのを待ってから、ワインの注がれたグラスを軽く掲げると、釣られるように看守たちも手元のグラスを持ち上げた。それを確認した私は静かにワイングラスを揺らす。
「乾杯」
「「「乾杯」」」
私がワインに口をつけるのを確認すると、看守たちは恐る恐るグラスに口をつけて目を見開いた。
「美味いワインだな」
「俺は高えワインなんざ飲んだことねえが確かにうめえな」
「……ああ、とても上品なワインだ」
王族の城で働いていても味わえない味。どうやらこの国はとことん、庶民の贅を嫌っているようですわね。危険な、命のやりとりを生業にする者が、ワインの一つも口に出来ないほどに。
それはそれとして、このワイン……。長年の雑な保管の影響でラベルがくすんで気が付かなかったが、これは過去の食事会で一杯だけ飲んだ記憶がありますわね。
「これはプラッシュリン地方の果実酒ですわね」
プラッシュリンは昔、ワインやエールの原材料の名産地として有名な地方だった。特にアリーナ家が治める街では、実際に作ったワインと、それに合わせるグラスなどの工芸品なども高く評価されていた。
このワインはまさにアリーナ領の街で作られた逸品に違いないはず。ただ今では戦争の影響で、僻地にあるプラッシュリン地方は完全に疲弊しており、ワインを作る余裕もないほど寂れてしまった。
こんなにもよいワインだと言うのに、恐らくはもう《《このワイン》》を味わうことはできないのだと考えると、戦争の残酷さ醜さが本当に憎くなる。
「さすが公爵家の長女。詳しいんだな」
「もう不要な知識ですわ」
そう呟いた私はスプーンを手に取ると、次に鶏肉とスープをすくい一口味わう。
「ふふっ」
知識の中の味を再現したつもりだったが、我ながら完璧な味付けに、ついつい笑みがこぼれてしまう。
ふと周囲が静まり返っていることに気がついた私は、顔を上げて看守たちに視線を送る。
「どうされました? さあ、私の渾身の料理、どうぞ味わってください」
私に促された看守たちはスプーンでスープを啜る。すると皆が固まったまま目を見開いた。
「柔らかいな。それに骨の髄の旨味がスープに染みてる……」
「甘くて鶏の脂があるのに全くクドくないな。これはセラリーナの香りか?」
「これは美味ぇ!」
久しく忘れていましたが、料理に対して好意的な反応をくれるというのはやはり、いち料理人としてとても嬉しいですわね。
「ふふっ、それは良かったですわ。出汁が肉と野菜を仲立ちしてくれているのです。争いを知らない味とでも言いましょうか」
ホッとした表情の看守たちはパンをスープに浸し、一口食べてさらに息を漏らしている。
そのとき鉄扉の外で何やら言い争う声が聞こえてきた。「お待ちください、殿下!」という必死な声。続いて、規律を叩き割るような鋭い靴音。扉が開かれるとそこには、いつぞやの会食で見た近衛隊長と侍従長、そしてその前には青い瞳の若者が現れる。
金糸の刺繍を施した衣が揺れ、地下室の冷たい空気が、一瞬で張り詰めた。
「……良い匂いだね。クラリッサ」
「殿下……どうしてコチラに……?」
「どうしてとは酷いね。昔はあんなに仲が良かったじゃないか。それに、名前さえ呼んでくれないなんて」
「もう、十五年も昔の話ですわ。それに今の私は大罪人。もはや殿下と口を利く事さえ憚られる身分です」
「……それは君の作ったスープかい?」
私の返答を無視した殿下の声が地下室に響く。殿下の視線は、たった一つだけ空いた席の深皿に向けられていた。
「殿下、これは……死刑囚の食事でございます。近づかれるのは……」
などと侍従長が慌てて声を上げ制止している。
「毒が仕込まれているやもしれません」と近衛隊長も険しい顔で加えた。
しかし殿下は二人の制止を手で払う。そしてゆっくりとテーブルに歩み寄り、香りが直で届く距離まで来ると、彼は一瞬だけ足を止めて中央の鍋の中を覗き込む。
「……鶏肉と野菜の煮込みか。香りだけで腹が鳴りそうだ」
「殿下、おやめください!」
侍従長の声が一段と強くなり、看守も居心地悪そうに眉をひそめる。殿下はちらりと私を見やり、昔に何度も見た美しいほほ笑みを浮かべる。
「処刑囚の最後の道楽に、王族の俺が付き合う道理はない……でも、君は別だ」
彼の声には、燃えるような好奇の感情が籠っている。ああ、始まってしまった。これは昔からある殿下の悪い癖。だが同時に彼がもつ最大の魅力でもあった。
こうなってしまった殿下はもはやだれも止めることも、欺くことも叶わなくなってしまう。好奇心の化身と称される彼が、一挙手一投足に興味を持ってしまうのだから。
だから私は素直に今の気持ちを、考えを述べる事にした。
「道楽ではございませんわ。殿下。これは私の、なけなしの供述ですわ」
「供述?」
「言葉では何を言っても信じてもらえないようですので、皆様の舌にお伺いします。どうか、一口だけ」
侍従長が「信じてはなりません!」と声を荒げる。この侍従長もしや、私が掛けられた冤罪に関して何か知っているのではないだろうか。
そんな疑問が頭に浮かぶと同時に殿下は空いた椅子を引き腰を下ろした。瞬間、場の空気が一段と重く沈む。
同行していた近衛兵たちは息を詰め、誰一人として視線を外さない。
私は粗相のないように皿へ【プーレ・オ・ポ】を盛りつけた。黄金色のスープに浮かぶ柔らかな鶏肉と野菜。炙ったパンを添え、脇に赤ワインのグラスを置く。
これは平和を願った王と、処刑された王、両方の光と影を背負った料理だ。だが私は、それを声にはしない。これは私が私に贈る、皮肉と願いの味なのだから。未来を担う優秀な殿下に、それを伝えるのは無粋というものだろう。
殿下はスプーンを取り、鶏肉をほぐす。肉汁が淡く光り、スープの表面に小さな輪を描いた。
殿下はスプーンを静かに口へと運ぶと、しばらく沈黙が続く。全員の視線が、彼の唇の動きと瞼の揺れを追っているのが分かる。
「ふむ……これを贅沢と呼び、倉に閉じ込めたのは誰だったか」
低く落とされた声に、侍従長が肩を揺らす。看守と近衛兵が視線を交わした。
「贅沢を分け合えば民の心の糧にも、そして薬にもなります」
「薬か。まるでこの国が病を患っているかのような物言いだね?」
「ええ、そのとおりですわ」
私が殿下の言葉に即答すると、横に控えていた近衛兵長が顔を真っ赤にして怒鳴り始める。ああ、本当に鬱陶しいですわねこの二人。なぜ殿下はこんな者たちを側近に置いているのでしょうか。
「貴様、流石に言葉が過ぎるぞっ!」
近衛兵長が私に近寄り、胸ぐらを掴もうとする。しかしその行為は実行されるとはなかった。
「ロイド引っ込んでいろ」
「「「「!?」」」」
それは私が過去、殿下に怪我をさせてしまった時でさえ見たことがない冷徹な表情。そんな背筋が凍るような気迫に私は一瞬だけたじろいでしまう。
「し、しかし」
近衛兵長でさえ、殿下の表情から滲み出す凄みに縮こまってしまう。
昔はどこかふわふわして頼りなく感じた殿下だが、この十五年の間に多くのことを体験して、もはや立派な王の器となっていた。
そう思えるほどの何かを、今の殿下の表情から察っすることができた。それと同時にやはりもう私は必要ないのだという寂しさも、私の心の中に広がっていくのがわかる。
死ぬのは怖くないといえば嘘になるが、殿下に見捨てられることはそれよりも……。私がそんなことを考えていると、殿下は感情のこもっていない瞳で近衛兵長を睨見つける。
「二度は、言わないよ」
「……し、失礼、いたしました」
近衛兵長が後ろに下がると殿下は赤ワインをひと口飲み、先ほどと同じ美しい笑みを浮かべた。
「クラリッサ。俺がここに来たのは君の今後について伝えておかなければならないからだ」
「今後について?」
それはどういうことでしょうか。私は明日には処刑される身。もはや今後などというものが訪れることはないはずである……。
「殿下。私は……」
「まあ、落ち着いて。確かに君は処刑される。しかし処刑されるのは君であって、君ではない」
「……いまいち言っている意味がわかりませんわ」
「つまりは君の身代わりとして、姿変えの魔術をかけた死刑囚を処する事になった。代わりにクラリッサは辺境の修道院に送られることになる。もし君が本当に王国にとっての薬だと言うのであれば、どうかそこで証明して見せてくれ」
それはつまり、私を見逃してくれるということになる。もはや婚約破棄を言い渡されたあの日、私は殿下に見捨てられたと思い込んでいましたが……。いや、もしかすると才ある私を利用するためか、影響力のあるベルフォール家に恩を売るために助けるだけなのかも知れませんね。しかしそれでも、殿下が私にチャンスを与えてくれたことに違いはない。
胸の奥で心臓ではない何かが激しく高鳴る。
「ありがとうクラリッサ。久しく美味な食事だったよ」
席から立ち上がる殿下の表情はまるで、初めてお会いした時のようにどこか弱々しく感じた。周囲の付き人たちは気が付いていないようだが私にはわかる。あれは言いたいことを隠しているときの表情だ。
ふふ、どうやら殿下も私も、根本は何も変わっていない様ですわね。殿下は頭は良いのにいま一歩踏み出せない性格をしている。成長した姿や威厳ある表情を覚えたとて、そこが昔と変わっていない。であるならばチャンスを頂いたお返しに、私も殿下の背中を押してあげましょう。
私は立ち去ろうとする殿下に向けて静かに口を開いた。
「例え時代が移ろおうとも私は私ですわ。だから殿下も成すべき事をなさっててください。それが王たる者の責務なのですから」
「……そうか、そうだね」
殿下は私を静かに見つめる。その瞳には先ほどの様な弱々しさなど既になくなっていた。
「いま一度問わせてほしい。君はこの王国の薬と成り得るかい?」
「愚問ですわ。ベルフォール家が長女、クラリッサ・ド・ベルフォール。必ずやこの王国に蔓延る不治の病を治してみせますわ」
「ああ、期待しているよクラリッサ」
そう言うと殿下は私に昔から変わらない柔らかな笑みを向けた。
面白かったら感想、評価していただけると、今後の作品制作の励みになります!!




