023 シナリオ
「宮本……武蔵……?」
意味不明なやり取りに、海野リッカの脳みそにバグを引き起こす。
一体、何が起きている。なぜ宮本が……学芸銀座の頂点に君臨する武芸者が何の前触れもなく現れたのだ。
そして、なぜ無月を斬る? 彼は、無月の味方をするためにやってきたんじゃないのか?
「り、リッカ。私たち、どうすればいい?」
三好の声に、ようやく目の前の景色を理解する。
そうだ。これは、チャンスだ。理由は分からないけれど、宮本は無月の味方をするわけではない……いや、それどころか、話を聞く限りでは逃げ道を塞いでくれているらしいではないか。
「好機だ! ユキナリは最前に、セリとミソラさんは彼のバックアップを!」
真田純勇士の頭脳である海野リッカは、戦況を見渡せる位置に陣取り無月の立ち位置を把握する。
彼の居合――閃光は、恐らく、予見を持つ真田ですら見てからは避けられない。
無闇に近寄ってしまえば、どれだけ戦略を考えたとしても、単純な戦術だけで負けかねない『ジョーカー』。
それが、あの悪魔の実力である。
……しかし、気になるのは無月の御霊斬り『鈍繰』のことだ。
宮本は、「慣れた?」と言っていた。
あの発言は、どう考えても修行を示唆するものだった。刀身は見るからに短い。比武の時に使っていた黒鉄とは、明らかに形状が異なっている。
見廻り時、無月はゆっくりと敵を斬って甚振ったと聞いたが――もしも、それが今の彼の最大出力だったならばどうだろう。
(でも、それが真実である確証はない。宮本武蔵が、適当な嘘をついている可能性もある)
最強の存在が、あまりにもノイズだ。
急に現れて、気に入っているであろう無月の邪魔をして、その上敵である私たちにヒントまで与える。
そんなこと、普通に考えればあるわけがない。
けれど、こんなことで迷っているうちに無月に思考の隙を与えることになる。
何より、無月小隊のメンバーが集まってくれば、掻き乱されて一気にひっくり返る可能性すらある。
――ならば、まずは鈍繰の正体を探るべきか。
「直線上に重ならないで! 必ず、別の角度から同時に斬って、奴の刀を暴いて!」
その声に、真田は予見を発動。
今では、敵の行動の五手先まで完璧に見通すことの出来る真田は、例外なく無月の動作を見抜いた。
一手目、鞘飛ばし。二手目、飛び上がっての垂直蹴り上げ、三手目、急に標的を変えてミソラへの急襲。四手目、学ラン投げ。五手目――。
「なに?」
五手目が、読めない。
どういうことだ? こいつ、今度は何をやらかそうと言うのだ?
しかし、その違和感に、真田は一つの答えを得た。
(あの刀、やはり鈍らなのか)
真田の予見は、あらゆる過去の戦況をトレースして未来を予見する能力だ。
そんな彼が読めないということは、つまり、戦闘の前提が崩れていることを意味する。
当然だ。
十キロ超もの鉄塊で、真剣勝負に望む剣士など本来は存在するはずがない。前例がないことが、自らデバフをかけている異常事態に現実味を与えていた。
(ならば、俺の取るべき行動は――ミソラさんの護衛だ)
読めないならば、その未来に辿り着く前に止めてしまえばいい。
比武での敗北で、真田は確定した未来を待つことの愚かさを知った。故に、視えた未来の形そのものを変える新たな応用を身につけていた。
未来は、自分の手で変えるものだと知ったのだ。
「勝負だ、無月!!」
一手目。
横薙に射出された鞘を弾き、真田は一歩踏み込む。
二手目。
地面スレスレから顎をカチ上げる、無月の奇策を支える特徴的な体術をすり抜け、ミソラとの距離を確認する。
三手目。
急襲は、着地と同時に行われる。無月の意識は、既に次へ移っている。
あと半歩で愛刀である菊名正宗の間合いだが――ここは、先回りして確実な結末変換を――。
「……なん……だと?」
――斬。
視線誘導。
五手目を見ること叶わなかったと誤認識した真田の予見。
その理由は、あまりにも巧妙で些細な無月の一手による『未来隠し』にある。
彼は、確かに五手先まで読んでいた。
しかし、無月は『視線誘導』という真田の経験そのものを歪める凶悪な三手目で、真田の意識と能力に同期ズレを起こしての――学ラン投げ。
つまり、真田が視た五手目は、自分が斬られた後の未来だった。
無月は、未来の真田を騙したのだ。
(まさか、ユキナリの脳をハックするなんて……っ)
あまりの離れ業に、言葉を失う海野。
「能力を使うのは『人』なんだよ、真田」
その傍ら、悪魔は深くため息をつくと、ただ、静かに空を見上げた。
「ば……化け物……っ」
ミソラの悲痛な声が、包囲網にまで恐怖を伝播させる。
蛇に睨まれた蛙のように固まる三人の間を縫って、弾かれた鞘を拾い、何事もなかったかのように刀をしまう無月。
「次はどいつだ?」
勝てない。
圧倒的な絶望が、平律志士と真田純勇士を包んでいた。
「そこまでだ!!」
その時、精悍な声が広場へ響いた。
声は、震え上がった少女たちの心を絆し、じわりと熱を与えてくれるような力を持っていた。
「お兄……ちゃん?」
柳生ジュウザ。
そして、横には桂コジロウと彼の小隊が陣を組んでいる。
無月は、鈍繰を腰のホルスターへ戻すとポケットに手を突っ込んで柳生を見据えた。
『俺の作戦はこうです。
平律志士と対立する俺の前に、満を持して柳生会長と桂先輩が現れる。
会長と桂小隊が、悪の無月小隊を追っ払う。以上』
『それだと、平律志士が侍至上主義派閥にへりくだる形になるだろう』
『そこで、これです』
『……果たし状?』
『昨夜、俺の部屋の郵便受けに投函されてました。
俺は、この呼び出しに応じますが――その場で斬り合ったりはしません。しかし、桂先輩には明確な「敵」として認識してもらいます。具体的な方法は――』
『……ククッ、凄いことを考えるな。成功率は?』
『まぁ、50%くらいでしょうか。桂先輩の思慮が深くなければ実現しない方法ですからね。もちろん、ダメならダメで別のアイデアを実行しますよ』
『いや、大丈夫だろう。あれで、桂は一門隊の頭脳派だ。だからこそ、過激な思想に染まってしまったと言えるのだがな』
『成功すれば、放課後には平律志士の元へ向かいます。
そして、妹さん――ミソラ先輩に「自分たちだけじゃ何も出来ない」という現実を叩きつけた上で、桂先輩を斬ります。
彼女たちは俺に頼ろうとしました。つまり、俺の実力を実力以上に見ている可能性も高い。絶望には充分でしょう』
『悪くない。だが、勝てるのか? 桂はマジに強ぇぞ?』
『大丈夫です、勝ちます』
『……やれやれ。そして、最後には俺がお前を退けて両派閥を救い、手を取り合うように調停を組むというわけか』
『そういうことです。全員がハッピーエンドの、素晴らしいアイデアでしょう?』
『バカ、お前は身を削るだろ』
『対価は貰いますから、お構いなく』
既に作戦を知っていた無月小隊のメンバーが、無月の助けに現れなかった理由はこれだ。
彼らは、敢えて包囲網の外に周り柳生たちの動きを探っていた。
そして、決して侍至上主義派閥と平律志士が対立しないように、道中の平律志士を片付けていたのだ。
計画は、完璧なハズだった。
「カカ……ッ」
そう。
宮本武蔵さえ、いなければ。




