020 マッチポンプ
「少し、言い方が強かったんじゃないかな」
店を出て開口一番、瀧院が無月へ異を唱える。
夜叉と仄目は、瀧院の慌てる姿を見て、何が何やらといった様子で二人の後をつけるのみだ。
「そう思うか?」
「思うさ。僕は、彼女たちの考えが間違ってるとは思わない。むしろ、善いことを成し遂げようとしてるって感想さえ抱いたよ」
「だよな。俺も、どちらかと言えば連中に賛成してる」
「……なら、どうして?」
「理想論を振りかざせば世界が変わると思ってる甘さに反吐が出るからだ。
革命ってのは、もっと具体的な方法と地道な努力の上に成り立つものだ。現実を見つめなきゃ、何も成し遂げられねぇ」
「その為に、キミに協力を仰いだんだろう?」
「なら、負けて衰退した過激派右翼が革命を起こした時、そいつらにも俺は力を貸せばいいのか?」
……なるほど。
「ダメなんだよ。力ってのは、可哀想な奴に貸すもんじゃない」
瀧院は、頭を振って深い、深いため息をついた。
「なら、彼女たちが現実的な解決策を持ってきたら?」
「気に入れば手伝うさ」
しかし、気まぐれな無月の思惑を大きく外れ、翌日、事態は意外な方向から転がり始める。
「お前、平律志士に手を貸してるのか?」
早朝から、無月は生徒会長室に呼び出されていた。
「……はい?」
どうやら、一門隊の三号生である桂コジロウ率いる桂小隊のメンバーが、例の喫茶店へ入っていくところを目撃していたようだ。
「平律志士の動きは、見廻りで逐一監視しているんだ。何かきっかけがあれば潰せるように……な」
会長室には、柳生、桂、無月、そして件の報告者である女子生徒が同席している。桂コジロウは――侍至上主義者だ。
「どういうつもりだ、無月。お前、あの場所で何をしていた?」
桂が厳しい口調で問う。会長室は、痺れるほどの緊張に包まれていた。
「別に、何も。連中のボスに『会いたい』と言われたので、話を聞きに行きました。
彼女たちの正体を知ったのは、店の中のことです。『力を貸せ』と言われたけれど、断りました」
淀みない説明。
しかし、桂と女子生徒は訝しげ。どうも無月の話を信用していない――というより、そもそも無月の考え方が気に食わないようで、最初から話を聞く気がない様子だった。
「ならば、証明してみせろ」
回答を遮るように、重ねて突きつける桂。
そんな様子を見て、無月は、分かり合うことは不可能であると既に諦めていた。
「何を証明しろと?」
「貴様が平律志士ではないということを……だ」
「勘違いしているようなので先に断っておきますが、俺が一門隊に入ったのは俺にメリットがあると思ったからです。
秩序維持活動は、義務だからこなしているに過ぎません。正義感じゃ動きませんよ、俺は」
「……なに?」
「そもそも、俺たちが守るべきは秩序であって生き方じゃない。
そして、自分たちの意思で現状を変えようとする行為自体は、生徒の自律を否定するものではないでしょう」
「愚か者。今の制度が、どれほどの歴史を積み重ねて出来上がっていると思ってるんだ」
「しかし、自分たちで立ち上がろうとしている連中を、最初から『間違っている』と決めつけるのも違うと思いますが」
「間違っているのは貴様だ、無月。
そもそも、学芸銀座に存在する学校は侍を育成するための機関だ。
ルールは、生徒たちが侍を目指すこと前提に組まれている。原則を外れた生徒の行いを、我々が認められるわけがない」
「とは言え、五つの高校――一学年約二万人の生徒から大学に行ける人間はたったの二千人。そこから更に絞られ、侍になるのはほんの100人程度。
その少数を優遇するための制度は、将来、日本帝国に殉ずることへの矛盾ですよ」
「だからこそ、侍は帝国の象徴となりえるのだ。
激しい競争を生き残る実力を持った、選ばれし人間のみが帝国を創ることが出来る。その事実から目を逸らして、何が大和魂、何が武士道か!?」
「その選民思想が、今の根腐れした侍社会を作ったのでは?」
ピシャリ。
無月の鋭い一撃に、桂はコメカミへ青筋を立てたが――腕を組んでいた柳生が、彼に待ったをかけた。
「今はそれ以上、議論の内容を広げるべきじゃねぇよ。
俺たちがやるべきは無月の意思確認と処遇の決定であって、帝国の未来を憂うことじゃない」
至極正論を叩き付けられ、口を噤む無月。
「なぁ、無月。お前、今の制度で得してる側だよな」
更に、隠し事のない詰問。
その潔さに、さしもの無月も反論が憚れる。
「はい」
「なら、どうして個人主義のお前が、平律志士の肩を持つようなことを言うんだ? 優しさってやつか?」
「まさか。俺はね、会長。この泥船が、今のままで大学生活を含む七年間、沈まずに浮かんでいられる気がしていないだけですよ」
「無礼だぞ!!」
「これは失礼しました、桂先輩。
しかし、単一的な価値観で人を支配するには、学芸銀座は大きくなり過ぎたとは思いませんか?」
「……何が言いたい」
「刷新するなら、ミスっても取り返しのつく今から取り組むべきだということです。
手詰まりになって、一度の失敗で崩壊するようになってからでは遅いでしょう」
柳生は、この上なく嬉しそうな笑みを浮かべたかと思うと、咳払いをして顔をしかめた。
「桂。少し、無月と二人にしてくれないか?」
「……承知しました」
そして、桂と女子生徒は会長室を出ていく。
無月は突っ立っていたが、促されると静かにパイプ椅子を広げて座った。
「お前の主張はよく分かる。しかし、問題は『平律志士だと疑われるだけで、ここまでややこしくなる現状』なんだよ」
「つまり、行動の前に民意を変える必要がある……と?」
「話が早いな。その通り、俺たちがやらなければならないのは、共存するための『システム作り』ではなく『空気作り』だ。分かるな?」
……ややあって、頷く。
「ならば、第三勢力を作るべきです」
「なに?」
「共通の敵の存在が、最も手っ取り早く協力する理由になるでしょう?」
「ふ……ふふっ。ふーっはっはっは!! そ、そうか! 共通の敵か! わーっはっはっは!」
柳生は、ゲラゲラと笑った。
マッチポンプの宣言。それは、徳川学園の生徒会長である柳生に「言い逃れは出来ない」と切っ先を突きつけているに等しい。
荒唐無稽な提案に笑った後、柳生は精悍な声で告げた。
「で、誰がやる?」
「適任に心当たりはありますが――ロハではどうにも」
「給付型奨学金の増額、俺から頼んでやってもいいぞ。金、ねぇんだろ?」
「やります」
「クク……っ。本当に現金な奴だな。まったく以て、かわいげがない」
「そういう場所で生きてきたもので」
「……でも、分かってるのか? その道は修羅だぞ」
「承知の上です。俺は、俺のためなら幾らでも頑張れます」
覚悟の決まった目。
柳生は思い出す。その目を見たからこそ、入学式という最も目立つ場所で、無月を風紀委員へスカウトしたことを。
「あぁ、そうそう。夜叉、瀧院、仄目の三人にも、奴らが望む褒美をくれてやってください。
いつか必ず、俺と一緒に泥を被るでしょうから」
「心配するな」
こいつが、どこまで化けるか見ものだな。
僅かに浮かんだ思考を、しかし、柳生は掻き消してクソ生意気な一年に呆れたような笑みを向ける。
しかし、無月が汚れ役を背負う理由が、まさかハンバーガーに由来するとは夢にも思わなかった。




