【第6話】バッドラックジハード⑰
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「あれからもう半年以上経つのか…」
フレイヴという懐かしい名前を反芻しつついつの間にか眠っていたことに少し驚く。
一日の間に学園で色々あったこともあり若干の頭重感と倦怠感も感じつつゆっくりと体を起こす。
最近では見る頻度が減ってきたこの悪夢だが、絵入さんの妹に会って帝麗学園での記憶が強く掘り起こされてしまったようだ。
合併の話が出ている以上、そう遠くない未来に否が応でもあの地獄に戻らなければならないのだが…。
憂鬱な気分のままベッドから立ち上がれずにいるとインターホンが鳴った。
「……」
恐らく絵入さんや寧斗が心配して顔を出しに来てくれたのだろう。
正直今の精神状態でまともな応対ができる自信がなかったので居留守をすることにした。
「抜戸…いるか?」
しかしインターホン越しに聞こえてきた声は予想していたいずれのものでもなかった。
「え…?」
インターホンのカメラに映っていたのは西園さんだった。
どこか落ち着きがなくそわそわしている。
西園さんは確か帝麗に引き戻されたはずだったが…。
意表を突かれたこともありそのまま応答してしまう。
「どうしたの?西園さん…」
「あ…いや、すまん突然。ちょっと近くを通ってな…」
そこまで言いかけて、何かを振り切るように西園さんがブンブンと左右に頭を振った。
「いや…違うな、お前に話しておかなければならないことがあるんだ」
いつになく低いトーンでそう切り出す西園さん。
「……」
これは予感だが、
これから西園さんが話す内容は恐らく僕たちの関係性を著しく変えてしまうかもしれない何かだ。
…申し訳ないが今の僕にそれを真正面から受け止める余裕はない。
「返事は…しなくてもいい。このままでいいから聞いてくれないか…?」
僕は玄関で立ち止まったまま西園さんの告発を聞くことにした。
「話をするにあたって抜戸、お前に告げておかなければならない」
一呼吸。ゆっくりと西園さんが覚悟を決めたかのように一拍置いた。
「…私がフレイヴだ」
「……ッ!」
頭の中で考えないようにしていたことを本人から告げられる。
ラムサール部の活動を主体として西園さん、美多さんと関わるようになって彼女たちの色んなことを知った。
その過程で僕の中で一つの既知感のようなものが徐々に大きくなっていった。
西園さんの常人とは明らかに逸している科学技術。
そして帝麗との密接な関り…。
もしかしてフレイヴは西園さんなんじゃないだろうか…?
それは考えないように振り払っても僕の脳裏に時折過る一抹の嫌な予感だった。
「謝って済まされることじゃないが…お前ひとりに理不尽に重すぎる責任を押し付けてしまった。」
「…本当に済まない」
玄関の扉を一枚隔てているにもかかわらず、フレイヴの顔を思い浮かべて憤りに近い感情が込みあがってくる。
「…どうして」
あの時、僕の最後の抵抗を見届けてくれなかったのか。
その言葉を吐き出しかけて思いとどまる。
理由もなくあんな行動をとる西園さんではない。
「どうしてあの時自分を止めたのか…か?」
言いかけの僕の言葉を汲み取られる。
「全堂に手が及んでしまえば、怒りで交渉の余地がなくなってしまうと判断した」
「…自分勝手な理由だが、私はお前にあのまま学園を去ってほしくなかった。短い期間だったが…あいつの孤独を紛らわせてくれたのお前しかいなかったからな」
あいつとは言わずもがなキョウのことだろう。
「立華学園の校長は私の祖父だ。事情を説明してお前の編入を進めてもらった」
「正直お前が学業に復帰してくれるかは希望的観測だった…」
「…だがお前は戻ってきてくれた」
思い違いかもしれないが、あんな状況でもお前は少しでも前に進もうとしてくれていると思って私は勝手に救われた気になっていたんだ、と。
「…それだけじゃない」
「お前は仲間と一緒にあいつを…ミタを救ってくれた」
本来記憶を消される予定だった美多さんの取り決めを白紙に戻した…。
結論から言えばただで済んだわけではなく、美多さんは大きな損傷を受けて今も眠り続けているが…。
「だから…今度はお前たちのために私が体を張る番だ」
意味深な発言をしたのちにまるで自分の中でも覚悟を決めるかのように深呼吸をする西園さん。
かけるべき言葉が見当たらず僕の沈黙は続く。
「…ふぅ。覚えているか分からんが、フレイヴの口から聞いた作戦の内容、覚えているか?」
作戦とはキョウを救うためにフレイヴが言っていたもののことだろうか。
僕の返事も待つことなく西園さんが続ける。
「プランDで話していた研究者、あれは他の誰でもない…私のことだ」
「まさか本当に実行に移すことになるとは思わなかったが、生徒会長が実質退席になるんだ。今よりはマシになるだろう」
文字通り帝麗は大混乱に陥る。合併どころの話ではなくなるだろうな、と。
「…一方的に訪問して済まなかった。やれるだけのことはやってみるから、朗報を期待していてくれ」
そう言って扉の前から西園さんが去っていった。
「……」
プランD。
痕跡を残さずに目が覚めなくなる薬…と前にフレイヴが言っていたのを思い出す。
鉛のように重く沈もうとする体を支えていられなくなりその場にしゃがみ込む。
「…もういいや」
何も考えたくない。
ただただ疲れた。
今までも、これからもそうだ。
僕がどれだけ足搔こうとどうせ何も変わらない。
無意識にインターホンの方へ目をやると、お知らせのランプが白く点滅しているのに気が付く。
先ほどの西園さんは直接応答したので、それ以前に誰かがここに来ていたのだ。
「……」
立ち上がって手を伸ばせば届くのに…僕はうずくまることしかできなかった。




