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【第6話】バッドラックジハード⑮

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「ごめんね、これは決定事項だから」


運営委員の野々村先輩が申し訳なさそうに僕にそう告げた。


先輩が決定したわけではないのだから先輩が謝る必要はないのだが、何となく本音で申し訳なく思っていることだけは伝わってきた。


「停学って期間とかあるんですか?」


「現段階では期間の指定はないのよ…。隠してもしょうがないから正直に伝えるけど、自主退学を申し出るまで停学が解かれない場合もあるわ…」

僕の質問に努めて淡々と説明しようとする野々村先輩。


退学までの一通りの流れを説明された僕は進路指導室を後にして教室に戻った。


今朝まで普通に話しかけてきていたクラスメイトも、まるで腫れものに触るかのように僕を避けているのが分かった。


明日から停学扱いになるためもうこの学校に来ることもないのかもしれない。


必要な荷物はあらかたまとめて帰り支度を始める。


すぐ隣にいる幽霊が明らかにいつもより落ち着かない素振りでそわそわしているのが視界に入った。


救うことができなかった彼を、申し訳なさもあってあまり直視することができず黙々と支度をしていると、スッと小さな紙切れが手元に置かれた。


幽霊が差し出した紙切れには震えた字で「いつもの場所で待ってる」と書いてあった。



……キョウもあの臨時総会の場にいたのだろうか。



文面から察するにあの場にいたからこそ僕に話をしようとしているのだろう。


キョウがこちらを気にしている雰囲気を感じたが、

感情を抑えて彼と対話できる余裕が今の僕にはなかった。




「…ごめんね」




その一言だけを彼に残して僕は学園を去ったのだった。





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停学になったことを両親に伝えると母は怒りに震えていた。


学園に抗議しに行くと息巻く母とは対照的に父の顔色はひどく塩梅が悪かった。


後に聞いて判明したが、帝麗学園を経営している企業がこの近辺の会社にはほとんど関与しているほど巨大な組織だったらしい。


例にもれず父の努めている会社もその一端だった。


内部告発もされずに現状の生徒会主体管理が破綻せずにいる仕組みが今更分かったというわけだ。



…そこから家族の関係が冷え切るまでの時間は早かった。



家庭内での会話はほぼなくなり、居場所がなくなった僕は自室に引きこもるようになった。



「この町で生活していくにはそんな理不尽も受け容れるしかないんだ…」


「なぜこんなことになる前に母さんたちにもっと早く相談してくれなかったの?」


僕の知っている家族はもうそこにはなかった。



何をするわけでもなく、何をしていいのかも分からないまま日々が過ぎ、思考の停止しかけた頭でベッドに横たわっていると視線の先にあった携帯に着信があった。



非通知。



深く何も考えずに電話にでる。



…無言。




「…フレイヴか?」


確信があったわけじゃない。


ただ、電話を掛けてくる心当たりのある人物が彼しかいなかった。



「あ、ああ…」

気まずさと申し訳なさが混じったような声根でフレイヴと思わしき人物が答える。

だが僕の知っているフレイヴの声ではない。

相手の声は聞き覚えのない女性のものだった。



ああ、そうか…。

向こうにいるのがフレイヴの操作者か。



「非通知ってことはやっぱり名前を教えてはもらえないんだね…」


「…すまない」


皮肉を込めて確認する僕に相手が申し訳なさそうにしている。


「まずは謝罪させてくれ。こんな結果になってしまって…申し訳なかった」


「……」

謝罪を素直に受け止めることはできなかった。

自分で決意したものの心のどこかでフレイヴを恨んでいる気持ちがあったからだ。



「今学園側は君を自主退学に向かわせる手立てで進めているが、それだけは阻止してみせる」


「掛け合いなんて必要ない」

思ったままのことを伝える。


「え?」


「もういろいろ疲れたんだ」

フレイヴの反応を待たずに電話を切った。



電話を切ってベッドに仰向けに寝転がっていると、モヤモヤとドロドロが混ざったようなつっかえが喉元にまとわりついた。



「……」



何も考えまいと、自分に言い聞かせて無理やり目を閉じる。







……僕は何か間違ったことをしたのか?







瞬間。

あの日の一日に浴びせられた非難の声明、侮蔑の視線が不意に走馬灯のようにフラッシュバックした。




…そして僕の中の張り詰めていたなにかがブツンと音を立てて千切れた。




-------------



抜戸が停学になり1カ月が経とうとしていた。



いつものように生徒会長としての雑務を終え、帰宅準備をしていると廊下から慌ただしく駆け寄る音が近づいてきた。

駆け寄る音は徐々に大きくなり、止まることなく生徒会室の扉が勢いよく開かれた。



「おい騒々しいぞ! 何事だ!?」



「会長!! た、大変です!! 停学中の抜戸楽が襲撃に来ました!!」



「襲撃ぃ…!?」


こいつは何を言っているんだ。

…まさか単身で乗り込んできたというのか?


「警備の学生がいるだろう」


「それが…武装していて捕縛が困難でして…」


「…武装ということは刃物でも持っているのですか?」

補色が状況把握のために確認する。


「い、いえ…刃物の様なものは所持していません…が、ある意味刃物より物騒なものを持っています…」


状況が整理できていないか要点を話さない生徒会メンバーに苛立ちを覚える。


「ええい、勿体ぶってないで早く話せ!」


「う…」


「う?」


「う〇こです!」


「…はあ??」

思わず素っ頓狂な声を出してしまう。


「ふざけているのか! そんなものはたき落とせば良いだろう」


「む、無理ですよ! ゴム手袋を着けていてがっちり握りしめてるんですよ!?」


取り押さえようとした生徒も数名いたが排泄物をまともに喰らいたくない一心で次々と心が折れていったとの報告が入る。

心なしか他の生徒会役員もこの報告が入ってから生徒会室の入り口からなるべく遠い位置に移動を始めている。


「早く通報しろ! あいつはもうここの生徒ではない、ただの不審者だ!」


「その必要はない」

その一言とともに生徒会室の入り口に一人の人物が仁王立ちしているのに気づく。

フルフェイスのヘルメットに開かれた学生服の間から赤文字で天誅と殴り書きされたTシャツを着たその男は、右手におよそ小動物のものとは思えないサイズの糞便を握りしめていた。


「気でも狂ったか…! こんな騒ぎを起こしてタダで済むと思っているのか?」


激昂するわけでもなく一歩一歩とその歩みをこちらに進めてくる。


間違いない。この男の標的は確実に俺だ。


「…気なんてとっくに狂ってる」

あんたのせいで色々失ったからな、と冷やかに述べつつも迷いなくこちらににじり寄ってくる。


「おい! だれか! こいつを何とかしろ! 生徒会長命令だ!!」

藁にもすがる思いで怒鳴り散らすが室内の誰もが抜戸の右手にある程よく水分を含んでいそうな暗黒物質を忌避しており微動だにしない。



やめてくれ。これは何の冗談だ?


俺は帝麗学園生徒会長だぞ…?


こんなふざけた愚図にクソをぶつけられていいような人間じゃないんだ。



既に射程距離にいる抜戸が右手を振りかぶる。


血の気が引くような恐怖を覚え、後ずさりしようにも既に壁際まで追い込まれた。



「くっそおおおお!!」



悲痛な叫び声をあげ顔面を両腕で庇った瞬間だった。



何者かが抜戸を背後から一瞬にして抑え込みその場に這いつくばらせた。

勢いで抜戸の手元からこぼれ落ちた暗黒物質は俺のズボンをかすめて床に散らばった。



「…不審者制圧完了」



抜戸を取り押さえたのは学園案内のコンシェルジュロボットだった。




「はあ!?」

「ふざけんなよ! どうして邪魔するんだよ! フレイヴッ!!」


先ほどまで死んだ魚の様な目をしていた抜戸が、ロボットを見るなり信じられないくらいに激昂した。


「信じてたのに…!! おい! フレッ…がっ…!!」

続けて抜戸が何かを喋ろうとしたがロボットが一瞬の電流を流して気絶させた。




「……はぁ…はぁ…!」


何が起こったのか理解が追い付かずに放心する。



「…彼、どうします?」

補色が取り直すように俺に指示を仰いできた。

自分に暗黒物質の矛先が向いていないことを途中で悟ったのか騒ぎの最中もさほど表情に変化が見られなかったのが若干鼻につく。


「あ、ああ…」

一瞬気後れして言い淀んだが、自分も気持ちを切り替えることにした。


「警察に突き出せ…。こいつのやったことはただの犯罪だ」

まあそうだろうなといった表情で補色が頷いてその場から動き出そうとした。


「ちょっといいか?」

書記の西園が役員のみで話したいことがあるからといって他の生徒会メンバーや野次馬を解散させる。


「なんだ?」

役員と気絶した抜戸のみになった生徒会室で西園が再び口を開いた。


「こいつの対処だが、私に一任してもらえないだろうか?」


「一任? 何を言っている、今言った通りだ。こいつは警察に突き出す」

急に世迷言のようなことを口走る西園を睨んで再度そう告げる。


「裏掲示板は見たか? 今回の一連の暴動で抜戸を支持する生徒が増えてきている」

「事の落としどころを誤るとまた今回同様の反乱が第二、第三と起こる可能性だってあるかもしれないんだ」

それこそ単独ではなく複数の反乱がおこる可能性もな、と詰め寄る西園。


「西園…それは脅しか?」


「脅しじゃない、リスクの話をしているんだ」


不意に自分の制服に水撥ねのようについた暗黒物質の汚れを見て苛立ちとも恐怖とも似た濁った感情が湧きだし、誤魔化すようにため息をつく。

西園の言うように他の下衆どもが数の優位性に気づいて結束なんぞしたら、とてもじゃないが今回程度の被害では済まされないのは明白だ。


…抜戸の残した爪痕は波紋となり他の反乱因子の引き金になるかもしれないのだ。


「…ではこいつをどうするというのだ?」

自ら対処を名乗り出た手前、何か代案があるのだろう。


「いうまでもなく強制退学はやめた方がいいだろう。かといってこの学園に在学させておくわけにもいかない…」


…既に代案は考えてあったのだろう。

特に考えるような素振りも見せずに西園が代案を口にした。




「立華学園への編入を推奨する」





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