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【第4話】ぼーいずびーあんびばれんす①


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「失礼します」


 校長室の扉を開けると穏やかながらもキリっとした佇まいで校長が黒革仕立ての立派な椅子に座りこちらを見据えていた。


 香ばしい珈琲のかおりと学校の歴史などが綴ってある古い蔵書のほんのりかび臭いにおいが混じっている。


「帰ってきたのかね。ホームステイはいかがだったかな?」


「とてもいい経験になりました。お土産も持ちきれないほどもらってしまって」


約2か月のホームステイは異文化交流の良い経験となり、とても刺激になった。


「花道君は英語も達者だしコミュニケーションには困らなかっただろう」


「ええ、またいつでも遊びに来てくれと連絡先も教えていただきました」

長期の休みがあればぜひ行ってみようと思っている。


「それはよかった。まぁ生徒会長不在の2か月間は学園にとっては寂しいものだったがね」


「そういっていただけると幸いです。特にトラブルはなかったですか?」


「む……ぅーん、トラブルというわけではないが……。理事長のご息女が度々無茶苦茶なことを要求してくるのに悩まされているかなぁ」

現在進行形でね、と小さく付け足される。


「ああ、例の立華さんですか」


「いくら理事長の娘とはいえ、コネでなんでも要求が通ると思っている節があってね……」

校長が悩ましげに眉間にしわを寄せている。よほど無茶苦茶な要求でもあったのだろう。


「差し障りない範囲で聞いてもいいですか?」


 他言無用という約束付きで校長はここ数日あった内容を話してくれた。

どうやら同じクラスメイトとなんらかの折に衝突したらしく関係した生徒数名を退学処分にするように父親に進言しようとしたらしい。

 この父親がまた厄介で、この学園の理事長なのだが娘の溺愛っぷりがひどく結構無茶苦茶な要求も聞き入れてしまうことがあるのだ。

 だいたいは校長が板挟みになり均衡を保ってくれるので学園崩壊せずに今の経営が成り立っているといっても過言ではない。

その苦労は伺い知れない……。心なしかホームステイに行く前よりやつれたような気もする。


「無茶苦茶な要求をぶつけてきたかと思ったら、数日後には何かにおびえるように要求を撤回したりと振り回されるこちらの身にもなってもらいたいものだよ」


 どこか燃え尽きたような目をした校長が過去を懐かしむかのような表情でずずずっと珈琲を啜った。


「まあ愚痴を言っていても仕方ない。君がホームステイから帰ったことも全校生徒に知らせねばならんしな」


「ああ、もうそんな時間ですか」

自覚はなかったが若干の時差ボケしているのかもしれない。ひどく眠い。


まもなく全校集会だ。校長に軽く挨拶を済ませて校長室を後にした。


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 教室内の空気はどこか落ち着きなく、主に女子生徒が主体であちこち盛り上がっているようだ。


「なんか賑やかじゃない? 今日ってなんかイベントでもあるんだっけ?」

椅子越しに近くの席の伊藤俊介に何気なく尋ねる。


「生徒会長が帰って来たんだってさ」

「生徒会長?」

むしろ今まで不在だったのを知らなかった。


「抜戸が転校してきた前日くらいに出発したからなホームステイ。確かに時期的にすれ違いだね」


「どんな人なの?」


「この学園で知らない人はいないくらいの有名人だよ。……クイーンとは違っていい意味で」


 後半は周囲を気にしつつ声を潜めて俊介が言う。

クイーンとは立華美咲さんのことで間違いないだろう。

 この立華学園の理事長のご息女で、その権力を後ろ盾にほかの生徒にマウントを取りまくるまさに女王様みたいな人だ。

かくいう僕も何度か彼女の巻き起こすトラブルに巻き込まれている。


「なんの話してんの?」

トイレから帰って来た寧斗が会話に混ざってきた。

 相変わらずその見た目のおかげもあり、話しかけてきただけなのに僕と俊介はカツアゲをされてるみたいな絵面になっているに違いない。


「この学園の生徒会長について聞いてた」


「まさに超人だよ、勉強もスポーツもできるのに見た目まで良いときたもんだから……生徒会長になるべくしてなったような人だよ」


 にわかには信じがたいがそこまで有名な人なら早く見てみたい気もする。


「絵入さん聞いた? 生徒会長だって」

隣の机でもくもくと何かの作業をしている変な友人に声をかけた。


「せ、セイント怪鳥……? なんだそれは?」


「いや言ってないし、さっきからなにやってるのそれ」


 絵入さんは黄色い粒のようなものが大量に入った袋をゆすってメロンソーダみたいな色のキャンディケースにこぼれないように補充していた。


「肝油をチャージしてる」

絵入さん曰く常備品らしい。小学校ぶりくらいに見たんだけど……肝油。


「甘くて美味いよなそれ。ちょっとくれよ」

そういって寧斗が絵入さんの缶ケースからひょいっと肝油を数粒摘まみ上げて口に放り込んだ。


「いっぺんに食べ過ぎると鼻血でるからな」

そういって補充の終わった肝油を抱えて御手洗さんの元へ駆け寄っていった。


「これサメの卵なんだ」

「えっ。肝油じゃないですかこれ」

「違う、深海のサメの卵なんだ」

「え、えーっと……卵?」


そんなわけのわからない嘘をついて御手洗さんを惑わせつつ肝油信者を増やそうとしていた。


「なにやってんだか……」

と、ここで予鈴が鳴る。


「はいはーい全校集会ですってよー」

 担任の藤崎が眠そうに教室に入ってきて全校集会の会場である講堂への誘導をめんどくさそうに開始した。


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 講堂に全校生が揃うと間もなく教頭先生の司会のもと、校長先生の挨拶が始まった。


「えー、おほん。皆さんおはようございます。月曜日の始まりに僕の長い挨拶は楽しくないと思いますのでざっくりトピックだけをお伝えします」

「もう気づいている人も何人かいるでしょうが、生徒会長の花道君がホームステイから戻ってきました」


講堂のあちらこちらか花道くーん! といった黄色い歓声が上がる。

主に女子生徒からの歓声が多いような気がする。悔しいがちょっとうらやましい。


「ではその花道君から一言挨拶をおねがいします」


校長先生に促されるままに壇上の袖裏から花道生徒会長が出てきた。

黒々とした長髪のアシンメトリーの髪型で体格はすらりとしているが身長が高そうなのがここからでもよくわかる。


「おはようございます。朝早くからこんな大げさに紹介してもらって大変恐縮です」

凛とした立ち姿からは品行方正さがひしひしと伝わってくる。


「ホームステイで異なる文化や言葉に触れてたくさんの良い経験を積ませていただきました」

「この経験をこの立華学園の生徒会長として皆さんと共有できるように邁進していきますのでこれからもよろしくお願いします」


生徒会長の挨拶が終わると講堂から弾けるような拍手が鳴り響いた。


「おいおいすげー人気じゃんかよ!」

隣にいた寧斗が驚いたような表情で声をかけてきた。


「僕たちとは住む世界が違うってまさにこういうことをいうんだろうね」

「それはちょっとひがみすぎじゃね?」

俊介が僕の陰キャっぷりを指摘した。


「いやいやだって僕が努力すればあんな感じになれると思う?」

「無理だろ」「無理でしょ」

寧斗と俊介がやや食い気味に否定してきて心が折れそうになる。


「え、明日から通学できなくなりそうなんだけど」

「ちょっと涙目になってんじゃねーか! 冗談だよ。ごめんな」

寧斗と俊介が慌てて取り繕う。


 生徒会長の挨拶が終わると今後の学校の行事についての話があった。

やんわり風の噂では聞いていたが近日納涼祭があるらしい。


「納涼祭ってなにをするんだ?」

講堂からの帰りに絵入さんが僕に聞いてきた。


「学校を一般開放して夏祭りみたいなのをやるらしいよ」

「わたしイカ焼きが食いたい」

「いやいや僕たち基本出店側だから」

そうなのか、と無表情でうなだれる絵入さん。


「でも休憩時間を割り振れば他のクラスとかも回れるのでイカ焼きのお店があれば食べれると思いますよ」

御手洗さんがやっと聞き取れる声量(これでも前より聞こえるようになった)で話す。


「納涼祭は毎年やるんだろ? 俺たち三人は今年転校してきたけど御手洗は去年なにやったんだ?」

「ひぎっ……!!」


寧斗の何気ない質問に秘孔を突かれたかのようなうめき声をだす御手洗さん。


「おい大丈夫か……」

廊下にうずくまった御手洗さんを絵入さんがさする。


「へ、平気です……ちょっと心の古傷が半分くらいオープンしちゃって」


あまり平気じゃなさそうだ。


俯きながら御手洗さんがぽつりぽつりと話し出す。

「去年の私のクラスの納涼祭の催し物はお化け屋敷でした」

「あっ……」

ここで僕たち三人はなんとなく察した。


「む、無理に話さなくても大丈夫だからね?」

これ以上古傷が開くと致命傷になりかねないので話を広げないようにフォローする。


「お気遣いありがとうございます……」


「まあ今年楽しくやれればいいんだよ! な!」

寧斗のポジティブな発言に少し御手洗さんも表情が明るくなった。


「うちのクラスは何をやるのかね」

疑問ではあったがクイーンがいる時点で穏やかじゃない納涼祭になりそうだ。


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「やべぇ、納涼祭のこと完全に忘れてたわ」


教室に戻ると第一声に藤崎が言った。いつものことである。


「催し物の案件提出確か今日までだったなぁ……今決めちゃおうぜ」

こんなのでも教師が務まるんだから下手したら僕でもなれるんじゃないだろうかとすら思ってしまう。


「おまえら何かやりたいのあるか?」


 これまでの経験上こういう時はクイーンが我先にテーマを出して半強制的に可決してしまうことが多い……が、


「……」


何かを言いたそうにしているが挙手はせずに様子をうかがっている。

主に……というか確実に御手洗さんを警戒している。


 そう、実は先日の御手洗さん眼鏡踏みつぶし豹変事件(俊介が命名)以来、クイーンは御手洗さんに怯えるようになっていた。


 御手洗さんのいないところでは相変わらずいばり散らしているらしいが、例の件があってから御手洗さんを二重人格のやばいやつとして認識したらしく自分が目立って変な引き金を引くことを恐れているみたいだった。

……といっても御手洗さんの存在感があまりにも希薄なので彼女が教室内にいても気づかずに幅を利かせていることがあるが。

 御手洗さん自身も西園さんの薬の効果が一応切れているので今までの静かな御手洗さんのままで過ごしている。


 まあそんなクイーンの警戒対象も御手洗さん本人と、仲のいい絵入さんぐらいで他のクラスメイトには相変わらずマウント取りまくりなのは変わらない。



「なんだよ、自主性がないなあ」

恐らくみんなが藤崎に対してお前が言うな、と心の中でつっこんだに違いない。


「じゃあ指名制。……抜戸、なんかないか?」

「うえっ!? あー、えーっと……縁日とか」


我ながら納涼とはいえ安直な案だったと思う。


「なんか安直~」

すかさずクイーンがいちゃもんをつけてきた。自分でもそう思ったけど、他人に言われると無性に腹が立つのは気のせいだろうか。


「まあ安直なのが無難だったりするんだけどな」

藤崎がフォローをしてくれたが安直だということは否定しなかったあたりがちょっと癪に障る。


「ちなみに他のクラスで出てる案はだな……メイド喫茶、ってこれ夏関係なくねえか?」

「あとは海の家、秘密基地、駄菓子屋、プラネタリウム……おっ、これなんかいいんじゃないか?お化け屋敷!」

御手洗さんの席の方からガタっと机にぶつかったような音が聞こえた。


クラスで被ってしまうのは仕方ないらしく多数決の結果、僕たちのクラスは海の家(廃墟版)をやることになった。


ホームルームの後に、御手洗さんが「廃墟版にする必要性ってあったんでしょうか……?」とぼやいていた。




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