【第1話】ふぁーすとみーつ②
朝のHRが終わってわずかな休憩時間に入る。
近くの席の人懐っこそうな男子が声をかけてきた。
「よっ。俺、伊藤俊介。よろしくな」
よろしく、と返事を返しそのほか周囲に集まってたクラスメイトとも軽く会話をした。
「もう一人の転校生、おもしろい人だよね!抜戸君の自己紹介がまるでなかったかのようなインパクトだったもん」
「・・・悔しいけどちょっと否定できないなあ」
悪気はないんだろうけどなんだか敗北感がある。
周囲のクラスメイトと雑談をしつつ噂のもう一人の転校生のほうに目を向けてみる。
やはり席の周囲に数人の生徒が集まって話しかけているようだが当の本人はどこか上の空で、むしろ少し困惑しているようだった。
そんな中、見た目があきらかにギャルっぽい一人の女子が数人の取り巻きを引き連れ絵入さんの机に向かっていった。
周囲のおとなしそうな生徒はいささか気まずそうにひきつった顔で通り道を開けていく。
モーセの十戒か、と心の中で突っ込みをいれつつやや緊迫したそちらの様子をうかがう。
「絵入さん初めましてぇ。この立華学園の理事長の娘の立華美咲でぇす」
美咲と名乗る人物は明らかにマウントを取ろうとしている魂胆が見え見えの自己紹介とともに立て続けに絵入さんに質問を浴びせる。
「ねぇねぇ絵入さんさあ、よく変な人って周りから言われなぁい?」
初対面とは思えない不躾な質問に少しの戸惑いも見せずに彼女は答える。
「よく言われる」
「あっは~!だよねぇ!自覚はあるんだねぇ!」
静けた教室で一人けたけたと笑う立華さんと一向に無表情の絵入さん。
「ねぇねぇみほりん、この子うちらのグループに入れたげな~い?」
「う、うん。そうだね美咲ちゃん。一緒にいたら楽しいかもね・・・」
みほりんと呼ばれた取り巻きらしき人物も絵入さんの勧誘に賛成のようだ。
まぁ、賛成というよりは同調圧力に近い気もするけど。
意地の悪そうな表情で笑いを堪えている立華さんを見る限り、仲良くするつもりはなさそうに見える。
周囲の生徒も自分が巻き込まれないように見て見ぬふりをして沈黙に徹しているのがわかる。
しかし、選択を提示された絵入さんから出た答えは教室内の誰しもの予想を裏切るものだった。
「あ、あの・・・」
透き通るような真っ直ぐな目で、
「なあに~?」
彼女は聞いた。
「それってなんかメリットあるの・・・?」
クラス内にピシッと凍りついたような沈黙が走る。
「め、メリット?」
「そう、私はあなたの人を見下すような態度がイヤ。そんなあなたと過ごす時間を増やすこともイヤ」
「え、ちょっ・・・はァ!?」
予想もしていなかった反応に面食らった立華さんだったが、すぐに横暴な態度を取り繕い絵入さんに悪態をついた。
「なに勘違いしてるか分かんないけど、あんたなんかこっちから願い下げだし。いこっ、みほりん」
「えっ、・・・うん」
戸惑う取り巻きの人も強引に引き連れ立華さんが踵を返す。
「絵入さんさぁ、個性的なのもいいけど学校なんだから規則とか協調性にもう少し気を配ったほうがいいんじゃない?」
そんな捨て台詞を吐いて立華さんは席に戻っていった。
「ふへぇ、なかなかに修羅場だったなぁ・・・」
ぷしゅーっと呼吸を再開したような仕草をして俊介が話し出した。
一触即発の空気に包まれた教室内だったが、徐々に日常の喧騒を取り戻していく。
「さっきの人は?」
あんな感じの濃いキャラだしクラスメイトも何か知っているに違いない。
やや渋い顔で俊介がひそひそ声で話し出した。
「立華美咲、ここ立華学園の理事長の娘だよ」
「まぁご覧のとおり親のコネをフル活用してやりたい放題って感じだけどね」
自分に不都合とかあると親にすぐ言いつけるからさ、と。
・・・転校早々絵入さん一大事じゃないか。
気が付けば絵入さんの周りにいた生徒も目をつけられちゃ敵わないと思ったのかあっという間に解散していた。
ぽつんと一人ぼっちになった絵入さんは次の授業に向けて教科書類の準備に取り掛かる。
「抜戸もこの学園で平穏にすごしたいなら絵入さんにはあまり関与しないほうがいいかもな」
こんな感じで僕の波乱に満ちた新学期が始まったのであった・・・。
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僕たちの転校から数日経過した。
なんとなく予想はついたが絵入さんは常に一人だった。
立華さんのグループを中心として彼女はいないもののように扱われた。
彼女に話しかける人もいじめの対象にシフトする恐れがあるから授業中などの必要な時以外基本的に男子も女子も誰も話しかけない。
けれども絵入さんは落ち込むわけでもなく常に一定のテンションだった。誰に話しかけてもそっけない態度をとられるが別にめげている様子もない。
周囲に助けを求めるわけでもなく、学校に来なくなるわけでもなく、ただただ学園生活を享受していた。
無視されているという自覚がないのかと疑問に思うほど。
そんなある日、とうとう絵入さんが学校に来なくなった。藤崎先生曰く体調を崩したらしい。
・・・体調を崩した原因はわかっている。
立華さんが一向に無視などの嫌がらせに動じない絵入さんにしびれを切らして「女子トイレのゲリラ豪雨」という悪趣味な気晴らしを行ったからだと噂で聞いた。
絵入さんが体調を崩して休みに入った翌日。
僕は藤崎先生に職員室に呼ばれた。
「抜戸君、君にミッションを与えよう。絵入の家に週明けまでの各種課題プリント欲張りセットを届けてほしいんだ」
「え!?どうして僕なんです?」
「それはなぁ・・・絵入の家が抜戸の家から徒歩三分ほどのところにあるからだ!」
「・・・・」
そうだったのか。全然わからなかった・・・。
言われてみれば自分の家も含めやたらと引越しの車を見かけるなあとは思ったが・・・。
「い、今のご時世 こういうのって郵送とかしないんですか?」
「・・・・」
一瞬何かを考えたのち藤崎先生が口を開いた。
「いいか抜戸・・・。俺はクラスメイト同士の交友ってのを大事にしたいんだ」
「う、う~ん?」
「通信簿的なものにもさぁ・・・ほら、協調性とか・・・自主性とか・・・そういう項目あるじゃない。ああいうのってこういうところから評価されるっていうか・・・」
「行きます、行かせてください」
おっ、そうか?とわざとらしく驚いたような反応を見せて、すかさず僕の手にプリントの入った封筒をねじ込んできた。この教師、ちゃっかりしていやがる・・・。
「おまえの協調性の評価、満点だよ」
藤崎先生・・・、いや藤崎の面倒ごとが減った時のようないい笑顔とサムズアップが職員室を後にした僕の不満に拍車をかけている。
・・・引き受けたものの足取りが重たい。
とりあえず教室に鞄を取りに戻ることにする。
「どへぇ、それは大変そうだな」
「他人事だと思って・・・」
事の顛末を聞いておどける俊介を恨めしそうな目で見つつ、先ほど受け取った封筒をくしゃくしゃにならないよう鞄に入れる。
そのまま下校の流れになり校門のところまで俊介と来た。
「一緒についてきてくれてもいいんだけどなぁ」
縋るような気持ちで俊介に言葉を投げかけてみる。
「オレ、コノアトジュクナンダ」
「明らかに嘘って分かるくらいカタコトじゃん・・・」
頼りにならない俊介がそそくさと足早に去っていった。
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藤崎にもらった地図の住所を頼りに絵入さんの家を探す。
「多分このあたりのはずだけど・・・」
周辺の家を見回していると明らかに手書きで絵入と書かれた表札を発見。
なぜ手書きなのかは疑問だったが見た感じ代わり映えのない普通の一軒家だ。
僕も人のことを言えないけど絵入さんも珍しい苗字だし、周囲に同様の表札は無いようだ。
一軒家ってことは家族でこっちに引っ越してきたんだろうか?
ふと疑問に思ったがさっさと用事を済ませたかったので鞄からプリントの入った封筒を取り出して玄関のインターホンを押す。
押して少し間が空いたのちに中から母親らしき女の人の声が聞こえてきた。
「はーい。どちらさまですか?」
「あ、はじめまして。こちらは絵入杏さんのお宅で合ってますか?」
「はい、そうですがどういったご用件で…?」
「絵入さんのクラスメイトの抜戸と申します。宿題のプリントを届けに来ました」
「あら~、そうでしたか。わざわざすみませんね」
今開けますねー、と穏やかな声とともに玄関のキーロックが開く音がする。
どうぞー、という声に従って玄関の扉を開けた。
「失礼しまー・・・・す?」
・・・が、開け放たれた玄関の先には誰もいない。
「あっ、下です!下!」
「下?」
言われるがまま視線を下に向けるとウィンウィンと左右にうごくお掃除ロボットがいた。
「どうもはじめまして、杏さんのお世話をしてます、アンドロイドの道代です」
ロボットの上部にある液晶にニコニコマークみたいな表示が点滅しており、彼女(?)の感情をあらわしているみたいだった。
「あ!?え!?・・・はじめまして。すごいスムーズに会話できるんですね(?)」
「よく言われます」
いろいろ突っ込みどころがありすぎて良くわからない会話になってしまった。
まあプリントを渡すだけだしあまり風呂敷を広げないようにして帰ろう・・・。
体調不良だし、一応具合だけでも聞いておくことにする。
「絵入さんの体調どうですか?」
「それが・・・私にも分からないんです。昨日から部屋に閉じこもっちゃってて」
まぁあんなことがあったら普通はな・・・。
「具合を確認したいところなんですが、迂闊に部屋に近づくと死んじゃう可能性もあるので・・・」
「ああ、そうなんですかぁ・・・」
・・・・。
うーん、聞き間違いかな?
「あの、何の可能性って?」
「そうだ!せっかくですから大根おろしでも食べていきませんか?」
「えっ・・・!?いや・・・おかまいなく。夕飯時ですし迷惑になるので。・・・ははは」
方向転換し帰ろうとすると、どこに格納されていたのだろうと思うような機械的なアームが道代さんから伸びてきてぐわしっ!と左腕をつかまれた。
「うわあ!?なにごと!?」
「そんな遠慮なさらずに、たくさんありますので」
引き離そうとしたがものすごい力だ、振りほどけない。
「いやっ、ほんとにっ・・・!おかまいなくっ・・・!!」
ズリズリとほとんど引きずられるような格好で食卓兼リビングらしき場所に連行される。
されるがままに敷いてあった座布団に座らせられると目の前によく中華料理とかで見るような大きな丸い銀のかぶせ物が三つ。それを道代さんが先ほどのアームで器用に開けていく。
いずれも山盛りに準備された大根おろし。
「・・・・・。」
それぞれの皿に「青首」「胴体」「根っこ」と書かれた紙が寄り添うように配置されている。
「たぁんと召し上がれ~(*^_^*)」
道代さんが満面の顔文字を液晶に表示しつつ僕にどんぶりを渡してきた。
え、どういう状況なのこれ?
突っ込みどころが多すぎて脳の処理が追いつかない。
と、とりあえずかたっぱしから攻めていってみることに。
「だ、大根好きなんですか?」
かるくジャブをかます。
「あら、わかりますか~。うふふ、じつはそうなんです」
そりゃあな!こんだけ大根勧められたらそりゃあな!
「大根ってカリウムやミネラル、ビタミンが豊富で栄養たっぷりなんです」
ヒートアップする道代さんとは対照的にちょっと怖くなってきて当たり障りのない相槌で返す僕。
「この紙は・・・?」
赤い血文字風に、おそらく大根の部位が書かれた不気味な紙についても聞いてみる。
道代さんは無邪気にくすくすっと笑って答える。
「大根は部位によって甘み、辛みが違うんです。葉っぱに近い首のほうは甘くて、根っこに行くほど辛いんですよ」
胴体はその中間でクセがないため煮物や鍋におすすめなんです、と聞いてもいない情報を嬉しそうに話してきた。
大根の魅力について饒舌になりだし、なんなら道代さんの少し後方から蒸気のようなものが出ている。
このままヒートアップしたらまずいことになりそうだなと直感で感じた僕は、青首の甘い大根おろしを食べつつ話の方向性を変えることにした。
「絵入さんのご両親はお仕事ですか?」
先ほどまで満面の笑みだった道代さんの表情が少し曇り、
「いえ、彼女はちょっと事情があって一人でここに住んでいます」
「あ、すみません余計なこと聞いちゃって・・・」
いえいえお気になさらず!とウィンウィンと左右に動きつつ答える道代さん。
「この間までは親戚の家に住んでいたんですけど、杏ちゃんの年頃だとなかなか気難しくて・・・」
「思い切ってこの町に引っ越してきたんです。でも最近じゃ私のいうことも全然聞かなくて・・・」
以前はもっと素直で大人しかったんですけどねえ、と懐かしむように話す。
「でも安心しました。抜戸君のようなクラスでの友達もいるみたいですし」
・・・・友達。
僕は肯定も否定もするわけでもなく愛想笑いで返す。
まだ大量に大根おろしが余っているがこれ以上食べたらそれこそ道代さんの言う豊富な栄養素を過剰摂取してしまいかねない。
「じゃあ僕はそろそろ帰ります」
鞄を持って立ち上がろうとしたときだった。
道代さんが一瞬迷ったような顔をしたのち、何か決意を決めたように僕に話しかけてきた。
「あ、あのっ!ちょっとだけお願いがあるんです!」
「実は・・・・・」
「杏さんが生きているか確認してもらいたいんです」




