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ジャン負け村人転生しようぜ  作者: リア
第一章・故郷より北上
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準備完了・旅立ち

〜冒険者ギルド・貸金業受付〜



「すみません、金群三個貸してください」


「はぁい。少々お待ちくださぁい」



 ロキとシャルルは武器屋の通りを駆け回った。


 しかし、最初に訪れたあの店以外ではさらに高額を吹っかけられることになる。


 ロキとシャルルは、金群五個という大金に気が引けてしまったため、ロキの装備を除外して購入することを決断した。


 豊満ボディの受付嬢が奥に引っ込むと、一人の冒険者がロキとシャルルに近寄ってきた。



「お? なんだおめえら。新米か?」


「ああ。そうだが?」



 そう答え、ロキが振り向いた瞬間。ロキの眼前にはナイフが迫っていた。


 ただし、静止した状態で、だが。


 マジシャンがカードを見せつけるときのように、ロキはナイフを人差し指と中指の間で止めたのである。



「うわっ、あぶなっ」



 また、シャルルにもナイフが接近していた。


 ロキのようにとはいかぬものの、髪を押さえ、頭を振ってきちんと回避している。



「勘は良いらしいな。だが言葉遣いには気をつけろよ」


「忠告がアグレッシブすぎるよ」


「このナイフは貰って良いのか?」



 言葉を改めなかったロキ。


 そのロキに対し、声をかけてきたスキンヘッドで筋骨隆々の冒険者は掴みかかった。



「言葉遣いには気をつけろよ? これは最後の忠告だ。次はねぇ」


「お前こそ、誰に向かって口を聞いている。仏の顔も三度までだ。いい加減、態度を改めてもらおうか」


「あぁ? てめぇ舐めてんのか!」



 スキンヘッドの冒険者は、ガントレットを纏った拳を振り上げ、掴んだロキへとその拳を向けた。


 対するロキは、実に落ち着いた表情で、その拳に自分の拳を合わせたのだった。


 ガンッ。冒険者のガントレットの音である。


 シャルルは思った。いくらロキであっても、金属にかなうはずがない。きっとこれを機に態度を改めてくれるはずだ、と。


 しかし、ロキの表情が苦悶に歪むことは無かった。



「チッ。今日はこのくらいで勘弁しておいてやる。命拾いしたな。次会う時があれば、その態度を直しておけ」


「お前こそ」



 スキンヘッドは冒険者ギルドから立ち去った。



「はぁ。不敬な輩が多くて困ったものだ」


「ロキ、大丈夫だったの?」


「何がだ?」


「あの金属製のガントレット。痛かったでしょ?」


「大したことはない。あの程度、ファングボアの突進に比べても見劣りする」


「あー、ファングボアって外皮だけでも硬かったもんね」


「そういうわけだ。この通り、何も外傷はない」


「ほんとだ。赤くもなってない。なんでだろ?」


「知ったことか」



〜メルト・民家〜



「くそ! どうなってやがる!」



 スキンヘッドの冒険者は、苛立ちに任せて人を殴っていた。


 間違ってもそのような姿が見つからぬよう、彼自身の家に隠れて。



「おやめ、ぐださい」


「黙れ! 奴隷の分際で! 誰に口を聞いてやがる!」



 スキンヘッドが殴っていたのは、彼が所有する奴隷であった。


 既に顔は無茶苦茶に歪んでいた。歯は欠け、無くなり、鼻は陥没している。とても人前に出られるような姿ではない。


 そんな哀れな彼は、スキンヘッドのサンドバッグであったのだ。外に出ることさえ許されない。



「あの野郎、今度会ったらただじゃおかねえ! 俺様のガントレットをこんなにしてくれやがって!」



 部屋に投げ出されたガントレット。その拳に当たる部分は、見事なまでにヒビが入っていた。



「絶対に後悔させてやる」



 冒険者ギルドでは外聞のため、あれ以上拳を振るうことは無かった。しかし、スキンヘッドの脳内にはどす黒い感情が今も増大しながら渦巻いている。


 それから日没まで、その部屋は奴隷の彼の嗚咽で満たされていた。



〜冒険者ギルド・貸金業受付〜



「お待ち遠様。これが利用規約よ。サインしてね」


「うわぁ、字がいっぱい」


「テキトーに読んでおけよ」


「うん」



 シャルルは規約を流し読み、サインをした。


 受付の女性は笑みを深め、丁寧にお辞儀。



「またのご利用をお待ちしておりますぅ」



〜武器屋〜



「らっしゃい!」


「さっきの装備はまだあるか?」


「おうともよ! 取ってあるぜ!」


「ならそれのうちで、これとこれとこれとこれ。こいつに合うように見立てた一式をくれ」


「全部で金群三個だ」


「ああ」



 ロキはそれで話を済ませ、シャルルに決算することを求めようとした。


 しかし、シャルルの注意は全くロキに向いていなかった。



「おいシャル。何してんだ」


「これ、すごく良い」


「どれだよ」


「これ!」



 シャルルが指をさしたのは、銀色に輝く刀身を持ったレイピア。鍔の部分には、赤い妖精を模した意匠が施されている。また、鞘も赤い。



「おい。武器をあれに変えたとして、値段はいくらになる?」


「全部合わせて金群三個と金貨五枚だな」


「金群三個だ。駄目なら他を当たる」


「三個と四枚でどうだ?」


「言っているだろう。金群三個だ」


「ぐっ。三個と三ま」


「この店はやめにする。いいな?」


「ま、待ってくれ! 金群三個と金貨二枚! これ以上は負けられない!」


「良いだろう。シャル、金を出せ」


「え、あ、うん」



 ロキたちは無事、シャルルの装備一式を購入することに成功した。


 シャルルは半ば呆然としたままである。そんなシャルルを引っ張って、ロキは武器屋を出た。



「買えちゃった」


「俺まで金を出したんだ。大切にしろよ」


「うん。そりゃもちろん。だけど、ロキが私のために値切ってくれると思わなくて。そういうのって、面倒だって言ってやらなさそうなのに」


「今回は特別だ。せっかく買うなら、気に入ったものが良いんだろ?」


「ロキぃ。ありがとう!」


「ふん。その分しっかりと働いてもらうからな」


「うんっ!」



〜冒険者ギルド・受付〜



「はぁ。借りてしまわれたんですね」


「何かまずいのか?」


「いえ、まずいということはありません」


「それで、冒険者登録、お願いしたいんですけど」



 スレンダーな受付の女性は軽く頷き、シャルルに書類を渡して記入を促した。しかし、ロキには渡さず、手に持ったまま。



「えっと、ロキさんでしたか?」


「ああ」


「本当に大丈夫なんですね?」


「当然だ」


「依頼の途中で命を落とされても、私たちは責任を取りませんよ?」


「そんなもの誰だって自己責任だろう」


「一応、家族を扶助する規約があるんです。まともな装備をした人にしか渡しませんが」


「必要ない。扶助されるような家族もいないからな」


「そうですか。ではどうぞ、勝手になさってください」



 最終的には投げやりになって、受付の女性はロキにも書類を手渡した。


 貸金業受付の元でしたことと、することは変わりない。規約を流し読み、サインをするだけだ。


 ロキとシャルルはそれを手早く済ませ、再び受付を訪れた。



「これで良いのか?」


「はい。結構です。それでは卒業証の提示をお願いします」


「は?」


「卒業証です」


「何ですか、それ?」


「まさか、育成教室を出ていないんですか?」


「初耳だな」


「うん、初めて聞いた」


「お前は知っておけよ。冒険者志望だったんだろう」


「どこにも書いてなかったよそんなの」


「育成教室を卒業していない人は加入出来ない決まりです。お引き取りください」



 二人は心底迷惑そうな顔をした受付の女性によって冒険者ギルドから追い出されてしまった。



「そんなぁ! せっかく借金してまで装備を買ったのに!」


「装備は無駄にならないだろうが、まさか加入出来ないとはな」


「その育成教室ってどこでやってるのかな」


「叩き出されはしたが、場所ぐらい聞いてくるか」


「あ、待って」


「どうした?」


「背中に紙がついてる。きっとあの人が持たせてくれたんだよ」


「優しいのか厳しいのか。よく分からんな」


「私たちの相手をするのが面倒だっただけじゃないかな」


「かもな。神を相手に不遜な奴だ」


「ロキに言われたくないと思うよ。それより、どれどれー?」



 シャルルはロキの背中に貼られた紙を剥がし、開いた。


 そして、絶句。



「どこにあるって?」


「アビスブルク」


「どこだそれ?」


「ロキ、この国の形って知ってる?」


「馬鹿にしてんのか。東西に長い楕円形だろう? そのくらいは教えてもらった」


「私たちが住んでたクルス村は?」


「南端の国境付近だっけか」


「そう。で、アビスブルクっていうのは、王都を囲うように存在する四つの大都市のうち、南の大都市だよ」


「そうか。ならそんなに遠くはないんじゃないか?」


「ロキ! 甘いよ! この国がどれだけ大きいと思ってるの! 馬車を使っても五日はかかる距離だよ!」


「そんなに遠いのかよ。面倒だな」


「面倒なんてものじゃないって! 馬車を使うようなお金なんて無いし、ともすれば食費だってままならないのに、どうやって行こうっていうの?!」


「まあまあ落ち着けよ。どうにかなるって」


「ならないんだよぉバカぁ」


「なに、簡単なことだろう」


「え?」


「馬車より早く走れば良いだけのことだ」



 ロキのあんまりな発言に、シャルルはしばし呆気に取られ、それから大きなため息を吐いた。



「ついにロキが狂った。いや、今までも相当だったけど」


「いい加減に殴っていいか?」


「やめて! 冗談抜きでめり込むから!」



 シャルルは慌てて数歩下がった。ロキはそれを気にせず話す。



「お前、スキルに瞬足があっただろう?」


「なんで知ってるの?」


「お前がお互いスキルを開示しようって言ったんだろうが」


「あ、そうだったね」


「はぁ。人のことを言えないな」


「それはそれとして、瞬足があるから何なの?」


「それがあれば、俺についてこられるよな」


「うん。瞬足無しであの速度を出すロキはおかしいと思うけど」


「あの速度なら普通に馬より速いだろ」


「え、そうなの?」


「知らん」



 シャルルは大仰に足を滑らせた。



「根拠も何も無いこと言わないでよ」


「根拠は無いが、あんな速度は早々動物に出せんだろ。ダークウルフだったか? あれと同じ程度だぞ」



 以前、文字通り瞬く間に数メートルの距離を詰めたダークウルフ。



「え、うっそだー。あんな速度出てないって。この目で見てるんだよ?」


「その目が変わってんだよ。お前自分のスキルを忘れたのか」


「あ、反応強化」


「それだ」


「なるほど。だから自分も周りもゆっくり詳細に見えるんだね」


「そういうことだろうな」



 シャルルは納得だと首を縦に振った。



「ということは、全力で走り続ければ数日で着くってこと?」


「そういうことだ。良かったな」


「うん! ロキに気づかされたと思うと癪だけど」


「一言余計だ馬鹿野郎」


「野郎じゃない!」



〜翌日・教会前〜



「ありがとうございました、シスターさん。またお礼はします」


「いえ、以前のファングボアで十分、間に合っていますよ」


「だいぶ世話になったな」



 ロキたちは、少しでも出費を抑えるため、またもや教会へお邪魔していた。


 冒険者ギルドの受付の女性と違い、シスターは嫌な顔一つしない。



「では、お気をつけて」


「ああ。感謝する」


「本当にありがとうございました!」



 こうして二人はメルトを旅立った。


 ロキは普段着のまま。シャルルはチェストプレート、篭手、グリーブを身につけ、腰にはあのレイピアを提げて。



〜数時間後・道中〜



「随分と整備されているんだな」


「流通がしっかりしてるもん。クルス村と違って」


「そうらしい」



 ロキとシャルルがメルトを出てしばらく。何台かの馬車とすれ違い、追い越した。御者は皆一様に二人を見て目を丸くするわけであるが。


 クルス村とメルトを繋ぐ、道とも言えぬ道とは訳が違うのである。



「魔物避け、要らなかったね」


「そうだな。売って金にしてしまえば良かった」


「ほんとにそうかも。魔物に出会えない冒険者って、意味ないしね」


「どれくらいで売れるんだろうな」


「さあ。銀貨三枚でもいけば良い方じゃない?」


「そうだな。いくら特産品とはいえ、あんなに群生している植物なら他にも仕入先はあるだろう」



 この会話は移動中に行われている。ただし、その速さはおよそ時速二十五キロメートル。


 これでも二人にとってはジョギング程度でしかない。会話する余裕があるレベルのことなのである。



〜さらに数時間後・道中〜



「シャル、あれを見ろ」


「あ、村だ」


「昼食にしよう。この速度で走り続けるのは腹が減る」


「そうだね」



 馬車の二倍を誇る速度で進み、それでも動けなくなる様子は無い。


 人間離れしている。そう言わざるを得ない。



〜ヘルプ村〜



 助けを求めているような村名に違わず、ロキとシャルルが訪れたとき、この村は危機に瀕していた。



「魔物だ! 魔物が来たぞ!」


「またかよ! 今月何度目だ!」


「文句ばかり言ってんな! 畑に入らせるんじゃねえぞ!」



 外来人である二人を、まるで存在していないかのように無視し、村人達は街道と反対側へ駆けていく。



「おい、無視するとは良い度胸じゃねえか」


「無茶言わないであげてよ。あの人たち忙しそうじゃん。というか助けてあげないと」


「阿呆。無償で助けるのが当たり前なら冒険者なんていらねえんだよ。依頼が来るまで待て」


「依頼は自分たちで掴みに行くものでしょ。こんな身なりの若者に話が来るわけないじゃん。特にロキは普段着なんだから」


「ふむ。それもそうだな。行ってみるか」



 ロキとシャルルは実に軽い気持ちで、ヘルプ村の奥へと進んで行った。


 するとすぐに、ロキが鼻をひくつかせ始めた。



「匂いがする」


「何の?」


「これは血だな。苦戦しているらしい」


「うそ! どこで?!」


「こっちだ」



 ロキとシャルルは駆け出した。


 彼らの速度は先ほど述べた通りである。


 程なくして、ロキとシャルルはヘルプ村と森林地帯との境目に出た。


 そこはどこもかしこも赤く染まっていたのである。

お読みいただきありがとうごさいます。

アドバイスなどいただけると幸いです。

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