ヘルプ村を救え
〜ヘルプ村・村境〜
ロキとシャルルが駆けつけたとき、村民と魔物は互いに睨み合っていた。
魔物は数体倒れている。人間側にも死者こそないものの、重傷の者が数名。
血で血を洗う熾烈な争いであったことがわかる。言葉の通り、互いに返り血で濡れていた。
「シャル、あの魔物は?」
「あれは確か、フレアラビットだよ。ダークウルフほどじゃないけど素早くて、二十頭くらいで群れを作って生活するんだ」
フレアラビットの大きさは1メートル程度。白いはずのフワフワの毛並みは今赤く染まっているが、目は元々赤い。
魔物とは思われぬ愛玩動物のような見た目である。
「兎の数え方は一羽二羽だぞ」
「なんだって良いでしょ。それから一番の特徴があって」
シャルルが言いかけたとき。まるで解説を手伝うかのようなタイミングでフレアラビットが跳ねた。
その高さ、およそ三十メートル。
「あんなふうに、高く跳ねるんだよ」
「言ってる場合か! あいつ死ぬぞ!」
フレアラビットの着地予想地点には、怪我を負って動けない人間がいた。
「はぁ。交渉はまだなんだが。つっても賃金をくれるかもしれない相手に死なれちゃまずい」
「ロキ、止めよう」
「当たり前だ。シャル、残りの奴ら、全部殺れるか?」
「初任務に無茶言わないでもらえる?!」
「俺と訓練したんだ。負けることはないよな」
「そりゃあ、頑張るけどさ」
「よし、やってこい」
「わかったよ」
ロキとシャルルは再び駆け出した。
ロキの速度は、移動中と段違いに速い。
フレアラビットにかかる重力より早く怪我人の元へ駆けつけ、襲いかかる足蹴に燃え盛る拳をぶつける。
「ん? 何事だ?」
ロキの拳に宿っていた炎がみるみるうちに鎮火されていくのである。
しかし、そこはロキの腕力。完全に鎮火されきる前に、フレアラビットを遠く森林地帯へと弾き飛ばした。
キュー。魔物とは思えないほどの愛らしい悲鳴をあげながら、放物線を描いて飛んでいく。
その様を、助けられた村人は呆然と見つめていた。
「さて、質問がある」
ロキは村人に振り返った。太陽の光を背負い、その村民を見下すように言葉を紡ぐ。
「俺たちを雇うか?」
「あ、ああ! 頼む! 村を救ってくれ!」
「良いだろう。これを持っていろ」
ロキは荷物を彼に預けた。
次々とフレアラビットに接近しては、地面に陥没させたり、森林地帯へ吹き飛ばしたり。
ちぎっては投げちぎっては投げ。一騎当千の活躍である。
しかし、シャルルも負けてはいない。
「貫通!」
スキルを有意義に使い、フレアラビットを上回る速度で立ち回っては、返り血を気にした様子もなく串刺しにしていく。
「氷矢!」
また、シャルルはロキと違った形で魔法を使う。氷の礫を魔物に飛ばし、怯んだところでまたレイピアを突き立てるのだ。
みるみるうちに血濡れの兎が量産されていく。その数は陥没した兎と同数にまでなっていた。
「神を害するなんぞ百年早い」
「ふぅ。片付いたかな」
「はぁ。せっかくの鎧が血塗れじゃないか」
「しょうがないじゃん! こういうためのものだよ!」
ロキの服は主立って汚れた箇所はない。返り血を浴びぬよう、フレアラビットの毛皮を破らぬように倒していたのである。
「すげぇ。あんな大量のフレアラビットをものの数分で」
「俺たち農民とは次元が違う。あんな速度どうやって出すんだよ」
「さすがは冒険者だな」
言い争うロキとシャルルをよそに、村民は皆口々に賞賛している。
そこでロキは村人たちに向き直った。
「さあ、村を助けてやったんだ。代価を支払ってもらおうか」
村人たちの興奮は覚めた。そして、悪代官のような表情をしたロキの姿で現実を直視したのだった。
「分かっているだろうな? ここまでさせておいて、何も無いということは無いだろ?」
「は、はい!」
声をあげたのは、先ほどロキが助けた男性である。
彼、どうやらヘルプ村の村長であるらしい。
「な、何がお望みでしょうか。ご用意できるものなら何でもご用意いたします!」
「ロキ、なんだか悪者みたいになってるよ」
「らしいな。言い方が悪かったか? まあいい。くれるというなら注文するとしよう」
「は、はい! 何なりと!」
村長はビクリと震えた。
臆病そうな反応である。よくそれで前線に立っていたものだ。
「と言っても旅の途中だ。何か重いものを要求する訳にいかない」
「旅の途中?」
「そうだね。何が良いかな?」
「よし、決めたぞ」
「な、何でしょう」
「キャンプ用品か金だ」
ロキとシャルルは金がない。食費こそあれど、数日の間全てで宿をとるほどの余裕はないのである。
「金だけはご勘弁を! この村は連日の魔物襲撃により、全くもって余裕が無いのです! このままではまともに暮らす金も!」
「ならキャンプ用品だ。早くしろ。俺たちが昼食を食べている間にもってこい」
「は、はいっ! 誰か! キャンプ用品を持っている者はいないか!」
「焦らなくて良いですよー」
あたふたと駆け回る村長に対し、ロキは不遜に鼻を鳴らした。シャルルは申し訳ばかりに気休めの言葉をかける。
「もう、ロキってば。それじゃあ搾取してるみたいじゃん」
「あいつは何でも用意すると言ったんだ。発言の責任は取ってもらわないとな」
「そうかもだけどぉ」
「さあ、昼食だ。手を拭け」
「うわぁ、こんな血塗れでご飯は嫌だなぁ」
「お前の未熟だ。文句を言うな」
「ねえロキ、服も注文して良いかな?」
「手のひら返し、早すぎないか?」
〜ヘルプ村・村長宅〜
「な、何でしょうか!」
村長はあからさまに表情を固くする。これ以上何かをせびられてはたまらない。そう物語っていた。
「新しい服が欲しいんですけど」
「あ、その程度であればどうぞどうぞ」
村長は安心し、頬を緩めていた。
そして、差し出したのは男性服。
「すみません」
「はい、何でしょう?」
「喧嘩を売っているってことで良いですか?」
「へ?」
「まさか、素で?!」
シャルルは村長の行為に、深いダメージを負った。
「この胸か! 村長は胸で性別を判断するのかぁ!」
「わあ! 落ち着いてください! 物を、物を壊さないでぇ!」
〜ヘルプ村・中央広場〜
そしてシャルルが再びロキの元へ戻ってきたときには、血濡れの服はきちんと女性服、赤色のシャツと短パンに着替え、鎧は血を拭いてあった。
「ね! 酷いと思わない?! もぐもぐ」
「ああ。それはあんまりだな。髪や顔立ちで判別できるだろうに」
「ねえロキ、暗に村長と同じこと言ってるって、わかってる?」
シャルルはムスッとした昼食を食べ終えた。
それと同時に、ロキの言いつけ通り村長はキャンプセット一式。テントにランプ、毛布を用意した。
「ご苦労様です。これでまともに旅ができるね、ロキ」
「ああ。ご苦労だったな。フレアラビットの死体は好きに使ってくれ」
「へ? 今なんと?」
「旅の途中だと言っただろう。死体なんぞ持ち運べるか。置いていくから自由に使え。そこそこ丈夫だった毛皮でも肉でも何でも使えるだろう」
「本当によろしいのですか?!」
「くどいぞ」
「あ、ありがとうございます! これでしばらく生活が安定します!」
「あの毛皮、血塗れだけど良いのかな?」
「俺が埋めたものは大丈夫だろう。兎も角、俺たちに必要ないものでヘルプ村が助かる。良いことだ」
「それもそうだね」
こうして、ロキとシャルルは盛大に感謝され、ヘルプ村を出た。
〜道中〜
「そういやシャル」
「どうしたの?」
「さっきのフレアラビットなんだが」
「あ、私の倒した数、ロキと並んでたよね? いやー、私も強くなったものだよね。ロキと並んじゃうなんて。追い抜かす日も近いんじゃないかな」
「調子に乗るな。全部を全部生き埋めにしたわけじゃない。殴り飛ばして行方不明になったやつもある」
「ちぇー。でも私、初めての魔物戦にしては上手くやったよね?」
「どうだろう。比較対象が無いからな。それに、所詮あの程度の魔物だ。ファングボアともダークウルフとも見劣りする」
「そこだけ真面目に答えなくても。空気を読んで私を立ててよ」
「どうするんだ?」
「上手くやったって言えば良いの」
「上手くやった」
「心がこもってなさすぎでしょうよ」
「それより俺の話を聞けよ。話を切り出したのは俺だぞ」
「あ、そうだね。いいよ、話して」
「上から目線なようで癪に障るんだが」
「気にしない気にしない。話してどうぞ」
「まあいい。さっきのフレアラビットだがな」
「あ、そういえばなんだけどさ」
「お前話させる気ねえだろ」
「あはは。冗談だって」
「はぁ。まったく。いいか、今度はちゃんと聞けよ?」
「はーい。それで、フレアラビットがなに?」
「俺の魔法が効かなかった。吸収されたという感じだったな。何か心当たりはあるか?」
「えー? 私の魔法はちゃんと効いたよ? 牽制にしか使ってないけど」
「フレアラビットには魔法耐性があるのか?」
「聞いたことないけどなぁ。魔法のことは完全に門外漢だし、私の知識だって一般的なものだからわかんないけど」
「そうか」
結局、フレアラビットについて、二人の知識を合わせてもわかったことは無かった。
〜数時間後・道中〜
「そろそろ野営地を決めるか」
「うん、そうだね。空も赤くなってきたし」
「あれ、シャル? どこ行った?」
「急にどうしたの? どう見てもここにいるじゃん」
「どこだよ」
「いや、横。横に立ってるじゃん」
「はぁ?」
「逆。逆。わざとやってるでしょ。ロキって耳悪かったっけ?」
「本当にどこにいるんだシャル? 急に透明にでもなったか?」
「なってないなってない」
「まあいいか。そのうち出てくるだろう」
「まさか、この服?! 夕陽に擬態してるっていうの?!」
「はっ! そうなのか!」
「ってそんなわけあるかーい!」
「ちっ。もう少し騙せるかと思ったんだが」
「逆にそのクオリティでどうして騙せると思ったの」
ロキは小さくため息を吐いた。
「たまにはふざけてみようと思ったんだが」
「ふーん。まあ、そんな日もあるよね。それじゃ、私は晩御飯作るから、ロキはテントよろしくー」
「おまっ、これを一人でやれってか」
「私をからかった罰だよ。さぞ骨が折れるだろうねえ」
「テントの組み立てする奴に縁起でもないこと言うなよ」
平原の真ん中。そこでロキの魔法を使って火を起こし、野宿の準備をする二人。
食事もテントも二人分。ロキが注文した通りである。
もしテントが無ければ、この小さな火を囲んで眠るところであっただろう。
〜約二時間後〜
テントの設営も料理も予定外に時間がかかり、眠ろうという頃には既に夜の帳が下りていた。
かといって、それほど暗闇というわけでもない。起こした火はまだ残っている上に、見上げれば満点の星が散らばっているのである。
「おぉ。やっぱり星が綺麗」
「どこで見ても一緒だろ」
「わかってないなぁ。普段と違う場所と空気で見るからそう思うんじゃんか」
「そういうもんか」
「そういうもんだよ」
沈黙。
しかし、幼馴染である二人にとって、この静寂はむしろ心地よいものである。
「ロキ、付き合ってくれてありがとうね」
「なんだ急に」
「言っておかないとなぁ、って」
「ふん。俺が勝手にしていることだ。お前に礼を言われる筋合いは無い」
ロキが定型文じみた返しをすると、シャルルは笑いだした。
「おかしな奴だな。急に笑いだして」
「だって。予想と一字一句同じなんだもん」
「ちっ、シャルに予想されたのか。無性に悔しいな」
「ちょっと、それどういうこと!」
またいつものじゃれ合いが始まった。
二人の前では、どんな静謐も意味をなさないのである。
お読みいただきありがとうごさいます。
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