所詮世の中
〜数日後・道中〜
幾度かの野宿、延々と続けたジョギングの甲斐あって、ロキとシャルルは平原の先に石材で築かれた壁を発見した。
「見えたよロキ! あれがアビスブルクのゲートだよ!」
「あと少しだな」
「やる気出てきた! ロキ、競走しよ! どっちが早く着くか」
「ほう? 神に挑戦とは大きく出たな。良いだろう。後悔させてやる」
「へっへっへ。馬車なんて目じゃない速さ、見せてあげるよ。後で吠え面かくことになるからね」
「ふん。言ってろ」
「それじゃいくよ。よーいどん!」
「おまえっ、それは卑怯だろうが」
シャルルは早口言葉のように開始の句を述べ、言い終わるより早く走り出した。
ロキは慌ててシャルルの後を追う。
シャルルの速さはもはや風のごとく。以前彼女がロキの背中で体感した、ジェットコースター並の速さである。
常人が横から見れば、赤と白の直線のように見えていたであろう。鎧を着用してのこの速度ですら異常である。
しかし、ロキはもっと異常であった。
「お先に」
「えっ! うそぉ!」
ロキの速度を例えるならば、新幹線だろうか。反応強化のスキルを持ち、並走しているシャルルにしかまともに姿を認識できない。
〜アビスブルク・ゲート〜
南の大都市、アビスブルク。そのゲートには数台の馬車が並んでいたが、当然ながらその誰もが目を丸くしていた。
高速で迫る二つの人影。ただのホラーである。
が、その人影は徐々にスピードを落とし、ゲートを目前にして止まった。
「ふぅ。久々に全力で走ると疲れるな」
「はぁ、はぁ。ロキぃ。前よりも速くなってない?」
「当然だろう。人間も神も、日々進化しなければならない」
「ちぇー。今日こそはロキに一泡吹かせられると思ったのに」
「そうだな。確かに、お前の成長には少し驚かされた。例えそれがスキルの力でもな」
「そ、そう? えっへへ。褒められちった」
「言っておくが、調子には乗ってくれるなよ」
「わかってますよー。それよりほら、並ぼ」
ゲートに並ぶ馬車の後ろにつけ、順番を待つ。
周囲からの「なんだこいつら」という視線を、ロキとシャルルは感知していなかった。
〜アビスブルク・ゲート内部〜
薄暗いゲート内部。街へ続くはずの扉は前の馬車を通してから閉じられた。
ロキとシャルルは、門番をしているらしい、武装した気だるげな兵士と対話する。
「あんたたち、荷物は?」
「これだけだが?」
「へぇ。まあ不可能じゃないか。それじゃあ身分証は?」
「無いんです。作ってもらったことがなくて」
「だろうねえ。それじゃあ入街税として、二人合わせて銀群三つ徴収することになるけど」
「わかった」
ロキは巾着から銀群を取り出し、兵士に手渡した。
困ったことに、これで財布の中身は銀群二個である。
「はい。荷物も問題ないから、どうぞ入って」
「ああ」
「ありがとうございます」
こうして、財布の中身だけに危機感を覚えながら、ロキとシャルルは入街を果たした。
〜アビスブルク〜
一歩街へ踏み入れると、クルス村では一生かかっても体感出来ないような人波が流れていた。
とはいえ、某即売会ほどではない。比較的賑やかな商店街と言ったほうが正しい。
石畳の道、レンガや石材の家。大通りを進む馬車。全てにおいて、クルス村では味わえない。
活気に満ち溢れた通りでは、果物や野菜、はたまたアクセサリーや洋服など、沢山のものが売り買いされている。また、その呼び込みも響き渡っていた。
しかし、ロキたちにそれを見て回る余裕などない。
「さて、まずは何から始める?」
「ひとまず身分証かな」
「そうだな。それが無いともうアビスブルクには入れないぞ。所持金はたったこれだけだからな」
「どこで作れるのかな」
「さあな。役所にでも行けばいいんじゃないか?」
「ひとまず行ってみよっか。場所はわかんないけど」
「中央に向かって歩けばそれらしきものが見えるだろう」
「だと良いけどね。それ以外に宛もないから、そうするしかないんだけど」
ロキの後ろを確認したシャルルの視線の先には、案内所の文字があった。そして同時に、銀貨五枚の文字も。
役所を見つけ出すにも、自分の力で。金がない者の宿命であった。
「身分証の次は何をする?」
「冒険者育成教室に行って、それから冒険者ギルドで入会でしょ? それより宿と食事が必要だよね」
「そうだ、いつでも良いんだが、教会に寄ってもいいか?」
「うん、いいよ。何するの?」
「少し神と世間話をしてくる」
「はいはい」
「まるで信じる気がないな」
「そりゃまあ。幼馴染が神様だっていう人いる?」
「普通はいないな」
「そういうことだよ」
「まあいい。シャルにもそのうちわかる日が来る」
「来ないよ」
「そうだ。それともう一つ」
「何?」
「図書館だ。フレアラビットについて何かわかるかもしれない」
「いいね。行こう行こう。いやー、大都会は夢が膨らむよ」
「だな」
二人は気分よく、街の中央へ歩き続けた。
〜役所前〜
「わ、ほんとに着いた。どうにかなるものだね」
「さっさと済ませるぞ。たしか、教会からの手助けもあるんだったな」
「うん。メルトのシスターさんから用紙は貰ってるよ」
「よくやった」
「ふっふっふ。崇めたまえ」
「断る」
「なんでよ」
「お前は神じゃない」
「自分は神だって名乗るくせに人が名乗るのは許さないの?」
「嘘だから咎める。当然だろう」
「うわ暴論」
「どこがだよ」
「全てだよ」
二人は賑やかに役所へ入った。
〜役所〜
ゲートと同じ石材で作られた巨大な建物。その中は閑散としていた。
数多く並べられた硬質なチェアには、封筒を手にした数人しか座っていない。
奥では役人が忙しなく仕事をしているが、受付の女性は欠伸をしている。
そんな中、ロキとシャルルは暇そうな受付の女性に声をかけた。
しかし。
「身分証ですね。二人分ですと手数料で銀群三個いただきます」
「この紹介があっても、ですか?」
「あっても、です」
「すみません、出直します」
あえなく撃沈したのだった。
真っ白に燃え尽き、出口へ歩き出した二人であったが、シャルルは再び振り返った。
「最後に一つだけ良いですか?」
「何でしょう」
「冒険者ギルドってどこにあります?」
「案内所でお尋ねください」
畜生。シャルルは心中でそう叫んだ。
〜冒険者ギルド〜
どうにかそれらしきレンガ造りの建物を見つけ、受付まで漕ぎ着けたロキとシャルル。
しかし。
「冒険者育成教室というのがあると聞いたんですけど」
「はい。こちらの書類を御記入いただいて、参加費として金群五個いただきます」
「すみません、出直します」
ここでも撃沈したのだった。
「最後に一つだけ良いか?」
「何でしょう」
「図書館はどこにある?」
「案内所でお尋ねください」
畜生。ロキは心中でそう叫んだ。
〜教会〜
図らずもロキたちは十字架を発見した。そのため、図書館を後回しに教会へ入ることとなったのだが。
「礼拝ですね。おひとり様銀群一ついただきます」
「違う。礼拝じゃない。神と話しに来ただけだ」
「それを礼拝と呼ぶのでございます」
「メルトでは無料だったのに」
「人口の多いアビスブルクでは、礼拝者の人数を制限するため、このような金額を要求させていただいております」
「畜生。友人と話すのにも金を取るのか」
「何のことかはよくわかりませんが、こういう決まりでございます」
「最後に一つ良いか?」
「何でしょう」
「格安の宿と食事処って知りませんか?」
「案内所でお尋ねください」
〜アビスブルク・街頭〜
「畜生!」
ロキは声を大にして叫んだ。
さながら若者が海に沈む太陽へ向けて叫ぶように。
「なんだこの街! 何をするにも金がいるのか!」
「まさかここまでとはね。まあ、詰みの状態からここまで来れただけすごいことなんじゃない? ははは」
「まずい。シャルが壊れた機械のような笑い方になった」
人生、強い意志と夢を追い求める気概があったとしても、結局は金がものを言うのである。
金ありきの夢なのだ。
「借金、するしかないのか」
「そうだ、私たちにはまだ借金という奥の手があるじゃない!」
「だがあまり借りすぎると後々が」
「こんなところで野垂れ死にするよりましでしょ! 冒険者ギルド行くよ!」
「お、おう」
シャルルの気迫に引っ張られ、ロキたちは冒険者ギルドに向かった。
〜冒険者ギルド・貸金業受付〜
「すみません! 金群七個貸してください!」
「はぁーい。少々お待ちをー」
「おいシャル。何もそんなに借りなくとも」
「どうせどこでもお金取られるんだから、稼ぎようが無いうちは借りなきゃ仕方ないんだよ!」
「そりゃそうかもしれんが」
「ロキは黙ってて!」
シャルルはやけくそになっていた。
これにより、借りた金の総額は、金群十個にもなる。
「お待ち遠様。きちんと返してね」
「はいっ! 返済の期限っていつですか?」
「それはあなたたちが冒険者を続ける限りよ。冒険者でいるうちは、一攫千金の夢があるもの」
「わかりました! ありがとうございます!」
「案外優しいんだな。それならどうにかなるか」
終いには、ロキも丸め込まれてしまった。
こうなれば、待ち受けるのは沼であろう。そんな予感を、この時の二人は持ち得ていなかった。
〜冒険者ギルド・受付〜
「はいっ。これで冒険者育成教室の加入手続きは終了です。これから三年間、頑張ってください」
「三年間だと? 馬鹿を言うな。そんな時間は必要無い」
「まあ、ロキは何でも腕力で解決しそうだもんね」
「何が悪い」
「悪いなんて言ってないよー?」
「安心してください。飛び級制度があります。最短一年間で冒険者になれますよ」
「一年か。それでもまだ長いが。まあいい。人生は長いはずだ」
「そうだよロキ。気長に行こう。せっかくお金を払ったんだから、三年間通ってもいいんじゃない?」
金銭面の問題を考えなくなったシャルルは、楽観的に言葉を発した。
それがいかに悠長な考えか、知る者はいない。
〜訓練場〜
冒険者ギルドから紹介を受け、ロキとシャルルは育成教室が行われる訓練場の一角にいた。
教官らしき、強面の男性が二人、彼らの前に立っている。
「これから、クラス分けのための模擬戦を開始する。準備は良いな?」
「ああ」
「はい!」
「模擬戦では、こちらの教官と一対一で戦ってもらう。現役ではないものの、かつては名を馳せておられた方だ」
「よろしくお願いします!」
「まずは君。シャルルからだ」
「はい!」
シャルルはとてとてと教官から距離を取った。
かつては名を馳せていたという、白髪の冒険者。覇気すら放つその筋骨隆々の体つきに相対すれば、シャルルの華奢な体型が甚だしく強調される。
その白髪の冒険者は先ほどから一言も発していない。長く伸びた髪に目は隠れ、シャルルからは見えていない。不気味な雰囲気である。
「それでは、始めっ!」
もう一人の教官の合図と同時に、シャルルは飛び出した。
お読みいただきありがとうございます。
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