第29話 宿屋
だいぶ日が落ちてきたので、さっさと町の中へ入る事にする。
町は3メートル程の塀に囲まれていて中の様子は外からでは分からない。
入口の門には全身鎧を着た見張りの兵士が2人立っていた。
その内の1人が門に向かって歩いてくる俺達を見て近づいてきた。
「待ちなさい!身分を証明する物、それと通行税を払いなさい。」
近づいてから分かったが、その兵士は女だった。目元まで隠れている兜で顔はよく見えないが長い金髪が特徴的で綺麗だ。顔もきっと美人だろう。胸はナナ達と比べれば残念だが全体的にスタイルは良さそうだ。
ちなみにもう1人の兵士はおっさんだった。
俺は勇者大吾から貰ったメダルを取り出し女兵士に見せた。
「これでいいかな?」
「こっこれは!勇者のメダル。失礼しました、どうぞお通り下さい。通行税も結構です。」
勇者のメダルはものすごい効力だった。
俺達が立ち去る時に女兵士がおっさん兵士に言葉遣いを普段から気をつけろ!と怒られていた。
俺達はとりあえず今晩泊まるための宿を探す事にした。
ナナは昔来た事があるらしいが、だいぶ街並みが変っていて宿屋の場所を覚えていないと言っていた。
とりあえず門を入って今いるあたりはお店が色々集まる商業区っぽいので探して歩く事にした。
すると案外簡単に見つかったのですぐさま中に入った。
中に入るとカウンターにいた40代位、猫耳のふくよかな体型をした女性が対応してくれた。
「いしゃっしゃい!宿のネコヤにようこそ。」
「あなたがこの宿の女将ですか?」
「そうだよ。それがどうかしたのかい?」
「いえ何でもないです。泊まりなんですが奴隷とかも一緒に大丈夫ですか?」
女将が亜人だったのには少し驚いたが、ラノベだと人族の店主が亜人や奴隷は泊まれないよって言ってくるパターンが王道であるから一応聞いてみた。
俺の言葉を聞いて女将が何か察したみたいで言い返してきた。
「ああ、問題ないよ。お客さんは奴隷や種族間の差別を気にしているんだね?まったくないとは言い切れないけどそういうのが割と薄いから安心しな。」
「そうなんですね。」
「ああ。それで料金は1泊食事付で1人銅貨3枚だ。ただ今部屋が混雑しているから3人1部屋でお願いできないかね?」
「えっそれは・・・」
途中まで言いかけたところでナナが鼻息を荒くして口をはさんだ。
「それで構いません。」
「ちょっ、ナナ。お前勝手に・・・」
猫耳の女将にそのまま3階の部屋に案内された。
部屋に向かう途中、町の話を聞きたいと女将にお願いしたら仕事が終わったら話してあげるよと言われた。
部屋に着くと中にはベッドが2つしか置いてなかったので、もう1つ用意をたのむと女将がニヤッとしながら言ってきた。
「なんだい、夜はどうせお楽しみだろ?いいじゃないか。」
「いやいやそんな関係じゃないですから。もう1つお願いします。」
とにかくお願いしたら後で夕飯の時にもう1つ運んで置いとくと言ってくれた。
ナナとあんずがなんかしょんぼりしているが気にしない。
部屋に入ると中が真っ暗だ。
するとナナが何かに触れて明かりがついた。
「その明かりはどういう仕組みだ?アポ村のとは違うのか?」
「村にあったのは油を燃やしてつけるランプです。これは火の魔鉱石を使った照明、つまり魔道具です。」
「他にも色々あるのか?」
「はい、風を出す物とか水を出す物なんかがあります。この宿でいうと水道等がそうです。」
「そういうのって高価なんじゃないのか?」
「種類によってはそうです。しかし道具そのものは高価ではなくて、重要なのは魔鉱石なんです。ベストスリア王国の東部にある鉱山地帯は火の魔鉱石が多く産出されています。なので火の魔鉱石を使う照明等は比較的安価なんです。」
「なるほどね。」
「それに使う魔鉱石の大きさや質によって出力や持続時間、そして価格がかなり違います。」
「どの位?」
「この証明は拳大の大きさまでセットする事が出来ますが、普通の質で拳大をセットすると連続で三ヶ月程は使えるでしょう。価格もそれなりにするはずです。」
流石に電気はないようだが魔道具には驚いた。ラノベにもよく出てくるけどまさか本当にあるとは。そもそも電気より使えるんじゃないかと思うくらいだ。
その後、服を着替えてから夕食を食べる事にした。
【無限倉庫】から着替えや日用品を取り出す。
2人に着替えを渡そうとしたらすでに脱ぎ始めていた。
装備を外ずし、インナーを脱いだ瞬間にその大きな胸がプルンッとあらわになった。
2人ともあっという間にパンティのみという格好だ。
俺はまた注意した。
「だから恥じらいを持ちなさいと言ったでしょ!ていうかなんでブラジャー付けてないの?」
「買っていただいたのは嬉しいのですが、慣れないせいか戦闘中は苦しくて動きづらいので着けてないです。普段はなるべく着けるようにしますね。」
「それはじょうがないな。じゃなくて恥じらいをだな・・・」
「亮助様に見て貰いたいからこうしてるんですよ。」
「とにかく早く服を着てくれ。」
俺は2人が着替え終わるまで部屋の外に出ていた。
部屋の中から2人の会話が聞こえる。
「お母さん、亮助様何だかんだ言って私達の裸に釘づけだったよ。」
「やはり男の人って事なのよ。」
気付かれていた。そうだよな、女性は男の視線に気付いてるって話聞いた事あるもんな。
心の中で妻に謝って自分を落ち着かせた。
周りに誰もないので俺はこっそりと廊下で着替えた。
2人が着替え終わったので1階にある食堂へ向かう。
食堂は結構混雑していた。女将さんが部屋が混雑してるって言ってたもんな。
宿屋のスタッフに案内され俺達は空いてる席に座った。スタッフは皆、女将と同じ猫耳だった。
スタッフが料理を運んでくる。
「今日の夕食はシチューとパンです。お飲み物はどうされますか?ビールは1杯につき別途鉄貨20枚頂きますが、水やお茶は無料です。」
「ではお茶で。ナナとあんずはどうする?」
「同じものでお願いします。」
「かしこまりました。少々お待ちください。」
スタッフは一度厨房に戻り、すぐに料理とお茶を3つ持ってきた。
俺は魔道具に続き、また驚いた。肉は相変わらず何の肉か分からないが、ブロッコリーやニンジン、ジャガイモが入ったシチューが出てきた。ちゃんとしたというと変かもしれないが俺が知っている食材が出てきた。
パンは残念ながらめちゃくちゃ固かった。しかも焦げてるわけじゃないのに黒っぽい色をしている。ラノベでいう庶民が食べるヤツだ。
ナナの村では知らない食材しかなかったので一体どうなっているんだろうか?
更にこの世界にはビールがあるようだ。ラノベだとエールだったかな?詳しくは知らないが違う飲み物がよく出てくるはず。本当に不思議だよな、異世界は。
食事はおかわり自由だった。俺は最初の1杯で満腹だが、2人はおかわりしていた。
食事を食べ終わり部屋へ戻ろうとするとカウンターにいた女将が話しかけてきた。
「お客さん、お湯は必要かい?鉄貨10枚だよ。」
「お湯?」
俺がちょっと不思議そうにしてたらナナが体を洗う為のお湯です。と耳打ちしてきた。
「そうか、じゃあ3つ頼むよ。」
「おや、確かにこの町は差別意識が薄いけど奴隷にもお湯をやるなんてよっぽど優しいご主人様なんだね。」
「そんなもんか?」
「そんなもんだよ。奴隷ってのはそれなりの扱いしかされないって承知しているのさ。」
俺と女将の会話を聞いてナナとあんずはとても嬉しそうにしていた。
桶にお湯とタオルのセットを貰い、部屋に戻ると早速体を洗う。
2人も洗い始めたが俺は2人を見ないようにさっさと着替えて、ちょっと用を済ませてくると言い残し部屋を後にした。
1階に行くと女将がちょうど一段落したようでカウンターの椅子に座っていた。
話を聞きたいと伝えると快く付き合ってくれた。
初めに軽く自己紹介された。名前はラーシャ、歳は42だそうだ。【解析】で見てもそう表示されていた。俺も名前と歳を名乗った。念の為苗字は名乗らなかった。
まず差別について聞いてみた。
「この町の奴隷や亜人に対しての差別意識が薄いのは何でですか?」
「元々は奴隷や亜人に対する扱いは酷かったんだ。これは何処の国、町、村へ行っても大体同じさ。この町には数年前から勇者様が住んでいてね。その勇者様は数々の功績を残しベストスリア国王に認められた勇者なんだ。かなり身分的に高い位置にあって、発言力も持っている。それでベストスリア国王に亜人、奴隷の差別は禁ずるとお触れを出させたのさ。」
「その勇者様ってご高齢の方ですよね?」
「なんだ知ってたのかい?」
「はい、ちょっとだけ。」
「まあ、一部貴族の反対派がいるんで差別は完全になくなった訳じゃないけど、この町では勇者様が住んでいる事もあって表立って差別を行う奴は居なくなったって訳だよ。この宿が亜人のみで経営できるのが何よりの証拠さ。昔は人族が亜人や奴隷を使って店をやるのが普通だったんだよ。」
勇者大吾さん、良い人すぎる。グッジョブ!だ。
でも他の国に行ったら状況が違うんだろうな。一応差別とかショッキングな事も起こるって覚悟はしとかなきゃだな。
もう1つ、食材について女将に聞いてみた。
「俺達は森の北側からやってきたので知らなかったのですが、今日の夕食に出た野菜はここらでは一般的なんですか?」
「ああ、ブロッコリーとかの事を言ってるんだね?あたしも詳しくは知らないけど十年位前に異世界人が広めたらしいよ。それまで普通に食べていた野菜より全然美味しかったんであっという間に広まったって話だ。森の北側から来たお客さんが知らないって事は、田舎とか隅々までにはまだまだ普及してないみたいだね。」
「なるほど、その異世界人は誰なんですか?」
「さあ、それは知らないね。勇者様も異世界人らしいから聞ければ分かるかもね。」
「ありがとうございました、色々勉強になりました。」
「役に立って何よりだ。」
この世界は思ったよりも多くの異世界人が居るようだ。しかも色々と影響を与えている。
今後その人達との関わり合いで、色々変わってきそうだ。
明日、勇者に会った時に他にも詳しく話を聞く必要がありそうだ。向こうも聞きたい事あるって言ってたし、情報交換は大切だ。
部屋に戻るとナナとあんずは疲れたのか先に寝ていた。
俺は襲われる心配がなくなった事にホッとしながら眠りについた。




