1-2 勇者の誕生
この光景、昔どこかで見たことがある。
そう、たしか……ゲームだ。無駄に広い部屋の、足元には赤い絨毯みたいなモノが敷いてあって、壁際によくわからない銅像がいくつもあって、目の前には高級そうな椅子が二つ。その椅子の向かって右側は空席、左側には王冠をかぶったいかにもな格好をした偉そうなおっさんがいて、絨毯を挟むように左右には鎧を着た奴らがずらりと並んでいる。
昔RPGで見た、城にある王様の部屋がまさにこんな感じだった。
ただ、あの時この光景を見ていたのはゲームの主人公である『勇者』だったのに対して、今この光景を見ている俺は『罪人』だ。一体何でこんなことになってしまったのか……。
「それでは、これよりこの盗人の死刑を決行する」
偉そうなおっさん……もとい、王様がそう言いながら剣を片手に近づいてくる。どうやらここでは王様が直々に刑を執行してくれるらしい。
「……って、いきなり死刑決行かよ!」
あの後鎧の奴らに捕らえられた俺は、縛られることもなく鎧を着た二人の奴に後ろで手を抑えられたまま馬車でこの城まで連行され、手を抑えられたまま王様の前まで連れてこられた。そしておそらくあの時「捕えろ」と鎧の奴らに指示を出していたであろう鎧ではないおっさんが王様にあの時の状況を説明して――いきなりの死刑決行である。
「もちろんだ。お前はこの国の宝である《勇者の剣》を盗もうとしたのだ」
「いや、別に盗もうとか思ってなかったんだが……」
「ええい、そのような言い訳が通じると思うな!」
「本当なんだけど……」
俺が落ちたあの場所はキボウノ丘、そこに建っていた【勇者の祠】の上だったらしい。そこには選ばれし勇者しか抜くことのできない、悪しき者を切り裂くことができる伝説の剣《勇者の剣》が収めてあったそうだ。
あの時この世界の大預言者が【勇者の祠】付近で強大な力を感じたらしく、その調査を行っている最中に俺がいきなり現れ【勇者の祠】を破壊。そして俺が躓いたあの棒みたいなのが《勇者の剣》だったらしく、それを掴み取ったせいで盗人と勘違いされた……と、馬車の中で俺の手を抑えていた鎧のうちのひとりが教えてくれた。
そうそう、この世界は《ハネス》と呼ばれていて、俺がもともといた世界とは違う世界……いわゆる異世界というやつで、人間と魔族が長い間争いを続けている場所だということと、この世界の言語はほぼ日本と変わらないということは俺が馬車の中で様々なやつと会話してて得た情報だ。
異世界とか、少し前の俺だったら信じられなかっただろうけど、魔法陣に飲み込まれるという経験をした今では何を言われても信じられると思う。
……って、今はそんなこと考えている場合じゃなかった。ここは異世界、いきなり城に連れてこられて冤罪で殺されるなんてことも十分にありえるんだ。このままだと俺の人生はここで終わってしまう。
「それでは、盗人よ。己の犯した罪を死して償うが良い」
王様が剣を構える。このあとは振り上げて振り下ろすだけの2工程。このわずかの時間で考えるんだ、俺。俺の頭脳ならきっとこの場を切り抜けられるはずだ……!
とりあえず……とりあえず……
「待ってください王様!」
「……なんだ?」
王様の動きがぴたりと止まる。
とりあえず、問答無用で剣を振り下ろすような王様じゃなくて助かった。これで2工程よりは時間を稼げる。
「えーと、その……」
考えるんだ。死刑を免れる方法を
「この期に及んで逃れようとしておるのか?」
何か、どうにか。せめて延期させるだけでもいい
「いえ、そういうわけでは……」
この鎧たちを振り払って逃げるか? 俺の力ならこいつらくらい……
「見苦しいぞ!」
いや、ここは異世界。逃げ切れるとも限らないし、逃げたら盗人と認めたようなものだ
「俺は、俺は……」
ダメだ、この世界の知識が少なすぎる。なにを言えば王様を止められるのかがわからない
「これ以上耳を貸す必要はなさそうだな」
王様が再び剣を構え直し、振り上げた。
「ここまでか……」
俺は諦め、あの闇の中を落ちていた時のように目を閉じる。
すると、今日のいろいろな出来事が走馬灯のように思い出されていく。
魔法陣に足を踏み込まなければ、勇者の祠の上なんかに落なければ、勇者の剣なんて拾い上げなければ、もう少し長生き出来たかもしれないな……。
『伝説の剣?』
『そう、お前が盗もうとしたそれだよ』
『だから別に盗もうとしたわけじゃないってば』
『本当かよ~?』
『ホントホント。変な魔法陣に飲み込まれて、偶然あそこに落ちたんだ』
『魔法陣……お前がその元いた世界から《ハネス》に来るために使ったってやつかよ』
『使ったといえば、そうなるのか?』
『まあもしお前が本当に偶然キボウノ丘の【勇者の祠】の上によ、ピンポイントで落っこちてきただけだとしてもよ』
『うわ、全然信じてない言い方だ』
『ははは、悪い悪い。で、もしお前が偶然だったとしてもよ、俺たちは上の命令でしか動けないからよ』
『見るからに命令されて動きそうな格好してるもんな』
『そうそう、この鎧は兵士の証であると同時によ、王様の忠実な下僕――奴隷の証でもあるんだよ。……あ、俺がこんなこと言ってたのは王様には内緒にしてくれよ』
『わかった。あんたは割と話のわかる親切なやつだからな』
『ありがとよ。お前も盗人にしてはいい奴そうだしよ、きっと王様にも話せばわかって貰えるかもよ』
『だから盗人じゃないってば』
これは……馬車で運ばれている時の記憶……。
こっちの世界に来てから酷い目にしか合ってないけど、鎧の人と仲良くなれたのはよかったな……。
俺は目を開き、首を後ろに動かして鎧の人を見る。やけに周りの動きがゆっくり見え、自分が早く動いているように感じる。そのおかげか、こんな状況でも鎧の人の表情をしっかりと見ることができた。
今俺の体制は、首を切り落としやすいようにか頭を前に突き出すような格好になっていて、そのため割と視線が低めのところにある。そして、その位置からだと下を向いている鎧の人の表情をはっきりと確認できる。
鎧の人は目を瞑って、唇を噛んで、まるで何かに耐えているように見える。もしかしたら、馬車の中で俺に「王様にも話せばわかってもらえる」と期待を持たせてしまったことを悔やんでいるのかもしれない。
そんなの気にしなくてもいい。そう言ってやりたいが、いまは死の時を感じて俺の感覚が鋭くなっているだけに過ぎず、ほんの一瞬のこと。言葉を発しようとした頃には俺の首は切り落とされているだろう。
せめて死ぬその瞬間まで、この世界で出会った最高の友との想い出に浸っていようと、俺は再び目を閉じる。
『あーあ。どうしたら俺が盗人じゃないって信じてもらえるんだろ』
『うーん……あ、「自分は勇者です」って言ってみるってのはどうよ』
『どうよって、それじゃあ盗人じゃなくて嘘つきとして裁かれそうなんだが』
『そうかー……この《勇者の剣》をお前が抜くことができたら嘘つきにならないのによ』
『たしかその日本刀……じゃなかった、勇者の剣って、誰も抜いたことがないんだろ?』
『そうなんだよ。かつて七賢者とか呼ばれてた奴が魔族を倒すために授けてくれたんだがよ、あれから100年たった今でも誰も抜けないんだとよ』
『そんなのただの高校生だった俺が抜けるとは思わないんだが』
『わかんねぇよ? その七賢者とかも別の世界から来た奴だそうだしよ、案外お前だったら簡単に抜けるかもしれねぇよ? 大予言者様が感じた力ってのも俺はてっきり勇者が現れたと思ってたしよ』
『魔族を倒すための剣を異世界人しか抜けないようにするとは思えないし、その預言者が感じた力ってのも魔法陣の力だと思うけどな』
『まあチャレンジするだけしてみればいいと思うよ。万が一にでも抜けたら疑惑が晴れるわけだしよ』
『だったら今すぐ試させてくれてもいいじゃないか』
『今はできねぇよ。上の命令でお前の手を絶対に離せねぇからよ』
『流石忠実な下僕だな』
『睨まないでくれよ。許可がとれたらすぐに挑戦できるように《勇者の剣》は俺が持っておくからよ』
ああ……本当にいい奴だった。なんやかんやいいながらも俺のことを信頼してくれて、考えてくれて。普通盗人疑惑かけられたやつの近くに勇者の剣なんか――勇者の剣?
その時、俺は考えるより先に体を動かしていた。
―――キンッ
金属同士がぶつかる様な音が響く。
「なっ……どういうつもりだ!」
王様の怒鳴り声が聞こえる。両手には拳が握られていて、先程まで握っていた剣は少し離れた所に転がっていた。
そして、それとは反対に今、俺の手には勇者の剣が握られている。
走馬灯のような回想のおかげで勇者の剣の存在を思い出した俺は、すぐさま鎧の人の傍らに置いてあった勇者の剣を掴みとり、間一髪で王様が振り下ろした剣を弾いたのだ。いや、もうホントギリギリで、少し首の後ろが切れてしまったかもしれない。
まあなんにせよ、鎧の人のおかげで危機一髪助かったというわけだ。この恩返しはいつか絶対にしよう。ただ……
「この盗人が……こんなことをしてただで済むと思うなよ!」
「死刑以上のことがあるっていうのかよ」
「楽に死なせないということだ」
「それはこわいな」
「鎧の兵士どもよ! その反逆者を引っ捕えろ!」
今はこの状況をなんとかしなくてはいけない。
いつの間にか反逆者になってるし、捕まればとてつもない苦痛を味合わされた上で殺されることは間違いないな。
俺に残された選択肢は二つ……いや、三つか。ここから逃げ出して異世界逃亡生活をするか、この鎧の兵士たちを全員倒して王様も倒しちゃってこの世界を乗っとてしまうか。キボウノ丘での兵士たちの動きを見た限りでは逃げ切ることも倒しきることも可能だろうし、この王様も偉そうに威張るだけで大して強くないタイプだろう。
しかし、そんなことをしたらこの国は混乱に陥ってしまうことも明確で、鎧の人みたいなタイプの人たちに迷惑が掛かってしまう。だから、それら二つの選択肢を選ぶのは三つ目の選択肢を試してからだ。
「王様、少しお話いいですか?」
「誰がお前みたいな反逆者の話なぞ聞くか!」
「ですよねー」
襲いかかる鎧の兵士たちの攻撃をかわしながら王様に声をかけてみるが、案の定話を聞いてくれそうにはなかった。
まあ話を聞いてくれるような王様っだたのならこんなことにはなってなかっただろう。ならば仕方がない。こちらも構わず話し続けよう。
「実は俺、勇者なんですよ」
「お前みたいな反逆者が勇者様な訳無いだろう!」
「でも本当なんですって」
「まだ言うかこの恥知らずめ! 盗人で反逆者のうえ嘘吐きとは、死刑は免れないと思え!」
「元々死刑だったじゃん」
などといっては見たもののやはり王様は止まりそうになかった。まあ実際に勇者なんてのは出任せなので嘘吐きではあるのだけど。
はてさて、どうしたものか。やっぱり第3の選択肢として『勇者になる』というのは無理があったか。鎧の人が言っていたのように、俺がこの剣を抜けたらいいんだけど、いくら引っ張ても抜けそうにない。
かつて俺と同じように別の世界からやってきたという七賢者。その七賢者が魔族を倒すために授けたという選ばれしものにしか抜けない《勇者の剣》。ぱっと見は鞘に収まった日本刀にしか見えないのだが……ん?
「なんだこれ?」
鎧の兵士の槍の攻撃を刀で払っていると、刀の柄の底に妙な出っ張りを見つけた。
それはまるでスイッチのような出っ張りで――俺はなんとなくそれを押す。すると今度は刀と鞘の境目の部分に変な出っ張りが現れ、それはまるで刀と鞘が離れないようにつなげている留め具に見え――俺は何も考えずにそれを外す。
―――カシャンッ
刀からそんな音が聞こえたかと思うと、鞘がするりと抜け落ち、刀身が現れた。
「…………」
「…………」
「…………」
誰も……俺も、鎧の兵士たちも、あの王様でさえも、この場にいた全ての人達の動きがピタリと止まり……誰も音を発していなかった。
一体どれくらいが過ぎたのか。静寂が支配していたこの場を、鎧の人が発した言葉が打ち破った。
「……勇者様だ。やっぱり勇者様だったんだよ……!」
勇者? この俺が? この俺が、100年間誰も抜いたことのない勇者の剣を抜いた、勇者だっていうのかよ。
本当に抜けるとは思ってもみなかった剣を抜いたことで、若干呆然としていたが、今がチャンスだ。きっと今ならこの選択肢が使えるはず……
「王様。実は俺、勇者なんですよ」
1秒、2秒、3秒。間をおいて
「「「うおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおお」」」
その場にいた者達の叫び声はまるで咆哮のようで、城中に……いや、国中に響き渡ったかもしれない。
☆人間と魔族の長い戦いの歴史において
この日、ついに《勇者の剣》は引き抜かれ、伝説とされていた『勇者』様が誕生した。
人間の領土に魔族の侵入を許してしまい、『塔の番人』の脅威に晒されていた日々もこれで終わりを告げる。
伝説の勇者様が必ず魔王を討伐し、魔族根絶やし、我々人間が安心して暮らせる世界にしてくれる。
我々にはなんの力もないが、信じることはできる。我々はただ信じていればいいのだ。信じていれば、必ず伝説の勇者様が助けてくださるのだ。
どもども木葉っす!
当初のプロットではこんな感じになるはずじゃなかったんすけどねぇ……予定していた内容とは全く違くなっちまいやした
この調子だと進んでいくうちにもう自分でも先がわからなくなっていっちまいそうっす