08.箱庭の楽園
「アーチー、それよりこっち入れて」
手元の薬草を差し出すと、彼は怪訝そうな顔をした。効能が違うとでも言いたいのだろう。
だが、これが最適解である。私のなかの魔女の知識がそう言っている。
彼はなかなか手に取ろうとしなかったので、面倒になって横から鍋に投げ入れた。
「あっ!」
液体の色はみるみる変化して、目的の色になった。
同様にアーチーの瞳の輝きもみるみる増していき、興奮した様子で振り返った。
「さすがギルダ様です!でも、なぜこんな反応を示したんでしょうか?」
ひょい、とジュードが顔を出した。
「…あぁ、それは恐らく……」
そうして二人で薬草の効能と魔法の関係やら何やらの、小難しい内容を話し始めた。
オタクたちの言っていることはよく分からない。私の知識は基本的に直感だ。
こうすればいい気がする。こうすればこんな感じになる気がする。そんな感じでざっくりやっている。
だからいざ理論を説明してくれと言われると困ってしまうのだ。今回のように、毎回天才ジュード様が私のチートを解読してくれていた。
今日は朝から、師弟コンビと薬の生成に取り組んでいる。あの謁見での約束通り、私は国のために力を尽くしていた。
あの日、エヴァンから受けた質問には、笑って次のように答えた。
「衣食住のついた終身雇用ってだけよ」
私の能天気な回答に、エヴァンとアーチーは鳩が豆鉄砲を食らったような顔をしていたが、そのうち声を出して笑った。
「服はご自身で用意されているでしょう」
エヴァンはひょいと肩を竦めて続けた。
「それに住に関しては……かなり狭いかと」
彼はなかなかに性格が悪い。
私を試そうとしているのか知らないが、その爽やか笑顔をいつか壊してやる。
――あらやだ、【悪役】の片鱗が。
「……私にとっては、ここは“箱庭の楽園”よ」
「“楽園”……」
エヴァンは大きく瞬きした。
「ぼ…僕もっ!僕もここに住むのは楽しいです!」
アーチーが頬を染めて同意した。
嘘ではない。ここにいれば、外の悪意に触れなくて済む。
終身雇用についてもだ。
たとえどんな場所であったとしても、自分の居場所があるというのは心強いことである。
「まあ何ていうか……そうね。別に私は当分やることがないから、仕事くらい構わないのよ。だって暇な方が苦痛だもの」
「……そうですね」
エヴァンは眩しそうに目を細めた。
と、まあそんな感じで納得してもらえたようなので、私はこうして、謁見前と変わらず二人にアドバイスをしているのである。
ちなみに、私が実際に作ることはない。色々と危険だからだ。
なので私は、嫁に対する姑が如く、横からやいのやいの言うだけだった。
先ほどのような例外もあるが、あれは許容範囲ということで許してもらっている。
この間、エヴァンは近くで見物していることが多いが、所属している騎士団の方に出かけることもある。
今日は後者だった。何でも、騎士団団長に呼ばれたとか。
団長とは、謁見の日に何かと絡んできたあの壮年の騎士のことらしい。
大方、しっかり魔女を見張れ!とか、魔女をこっそり切れ!とでも命令されているのだろう。やっぱり爽やか騎士様は油断できない。
*
アーチーが新しい素材を取りに行くために部屋を出て行った。その足取りはかなり軽やかだったので、薬作りが余程楽しいのだろう。
取ってこいを言いつけられた犬を見送る気分で眺めていると、ジュードが寄ってきた。
「……大丈夫か?」
意味が分からなくて、きょとんと見上げる。
ジュードは顔を逸らして頬をかいた。
「その……この間の謁見だ」
思えば、あれからジュードと二人きりになったのは今日が初めてである。
きちんとお礼を言ってなかったことを思い出し、平気だとお礼を添えて伝えた。
「そうか……」
「心配してくれてたの?」
「ん?……あぁ、まぁな」
ジュードは優しい。
以前、なぜ国の敵である私に優しくしてくれるのか尋ねたことがある。その時彼は、「思うことがあるから」とよく分からないことを言っていたが、今回もそれが理由だろうか。
「ねぇ、ジュード」
「ん」
先ほどの返事で満足したのか、彼の興味は既に鍋に移っていた。覗きこんでたまに奇妙なかき混ぜ方をしており、生返事だった。
聞いていないわけではないので、私はそのまま話を続けることにした。
「謁見で言っていた、アレ。もしかして前から計画していたの?」
「アレとは?」
「今やってる薬作りとか、魔道具とかよ。私の利用価値を示すために計画していたの?」
ぐるぐる。カッカッ。
ジュードは十字を切るようにかき混ぜ始めた。
「……そうだな。まぁそれは結果論に過ぎないな。そもそもアイツへの助言が発端じゃないか」
「……そういえばそうだったわね」
「俺は、純粋に使えるものを世に広めたいと思っただけだ。結果的にお前を助けることに繋がったが、それはたまたまだ」
純粋に、がやけに力が入っていた。色んな意味が含まれていそうだ。
ぐるぐる。カッカッ。
ぐるぐる。カッ――急に音が止まった。
「…お前は、窮屈な思いをするから、不満かもしれないが……」
いつも余裕綽々といった態度の彼にしては、珍しくも萎れた姿だった。
私をここに縛りつけることに責任を感じているのかもしれない。
思わず、口元に笑みが浮かんだ。
「あら、貴方が遊んでくれるんでしょう?」
「!」
「責任持ちますって言ってたじゃない」
ジュードにぐっと近づき、下から見上げた。
彼の美しいタンザナイトはしばらく不安げに揺らめいていたが、私がダメ押しで口角を上げると、決意したようだった。
彼は鼻で笑うと、肩を軽く竦めた。
「そうだな、お守りは必要だ」
「あら、坊やはそっちよ」
「なんだと?」
――良かった。いつもの彼に戻った。
「ジュード」
「ん?」
仕置きとばかりに私の頬を引っ張る彼の手に、自分の手を重ねた。そして、例の疑問をぶつける。
「貴方はなぜ私に優しくしてくれるの?」
彼は口元を綻ばせると、頬をより強く引っ張った。
抗議の意味を込めて上から叩くと、親指でさらりと頬を撫で、離れていった。
「思うことがあるからな」
やはりそれだったらしい。
痛む頬を押さえながら睨みつけると、ジュードは面白そうに笑った。
その笑顔は眩しくて、惹きつけられるものがある。私は、彼が時折見せるその無邪気な表情が好きだった。
ジュードは優しい。
けれども、そんな彼を今後裏切るのかもしれないと思うと心が痛んだ。
*
アーチーとエヴァンが帰ってきた。二人は途中で会ったらしく、相変わらずアーチーは今にもスキップしそうなほど上機嫌だったが、反対にエヴァンはかなり疲弊している様子だった。
「どうやら随分と熱心な指導を受けてきたようだな」
ジュードがにやりと笑った。
首を左右に倒し、凝りを解していたエヴァンは苦笑いして答えた。
「団長は意志の固い人で……」
その言葉にジュードは片眉を上げた。
「意志の固い?分らず屋ではなく?」
鼻で笑った彼に、アーチーがじっとりとした視線を送った。
「もぉ~師匠、失礼ですよ!」
「フン、猪突猛進で頑固なあの脳筋男には、何を言っても通じまい」
「いやさすがに分からず屋くらい分かりますよ」
今日も師弟コンビの漫才は緩いなぁとのほほんとしていると、エヴァンが逃げてきた。
「実は……」
そしてこっそり耳打ちしてきた。
「団長とジュード様は昔から仲が悪いのです」
「昔から?……そういえば、この間塔の下でもかなり楽しい雰囲気だったわよね」
「フフ、そうですね」
エヴァンは肩を揺らしながら笑った。そして気まずそうな顔をして続ける。
「残念ながら、団長は魔法や魔法使いがお嫌いなんです。その…信用ならないというお考えのようで……。それでジュード様とは犬猿の仲で、会う度に喧嘩ばかりしています」
「あぁ…ジュードは魔法馬鹿だものね」
彼はにこっと笑って何もつっこまなかった。
「このことは城内では公然の事実で、陛下も頭を悩ましています。騎士と魔法使い、それぞれの長がこういう状態だからか、部下たちの方も何となくそういう雰囲気があって……。どちらも素晴らしい力を持っていて、争うべきことではないと思うのですが……」
「協力すべきと?」
「そうですね」
エヴァンは口角を上げた。
「俺は、お互いがお互いを補っていけば、国の更なる発展に繋がると思っています」
お互いがお互いを、か。
騎士と魔法使い、それぞれの特性が混ざったものの常套句と言えば――。
「魔法で炎を纏った剣を使うとか?」
「!な、何ですかそれはっ…!!」
「え?」
急に強い力で両肩を掴まれた。
エヴァンは目を見開いていて、キラキラが普段の倍以上になっていた。陛下スキルに迫るものがある。眩しすぎて痛いくらいだ。
彼がこれほど興奮している姿は初めて見た。声も普段より大きくなっていたので、漫才コンビが何事かとこちらを振り返っている。
「そ、そんなことができるのですか…!?」
あまりにも純粋な目で見つめられたため、後退りしそうになった。
すると、より一層強く掴まれてしまい、逃げ場を失ってしまった。
「ギルダ様、どうなのですか!?」
急に顔が近づいてきて、ドキリとする。
「た…試してみないことには何とも……」
「それではぜひお願いします!!」
――いや、この人誰?
騒ぎを聞きつけ、二人がやってきた。
頬を上気させたエヴァンが、今の話を前のめりで語っている。アーチーがその勢いにちょっぴり引いていていた。珍しい光景だ。
ジュードはその話を聞いてしばらく考えこんでいたが、一言「難しいだろうな」ときっぱり言った。アーチーもそれには賛同した。
「な、なぜですか…!?」
「そうだな…」
ジュードは指を一本、ピンと立てた。
「まず、魔力に耐えられる素材で、尚且つ切れ味のいいものを用意するのが難しい」
横で頷いていたアーチーが補足する。
「用意できたとしても、長期間使うのはやはり耐久性の問題で厳しいかと思います。使い捨ての剣という形になるんじゃないでしょうか」
――あ、まったく考えていなかった。
RPG等では普通に魔力が宿った剣をゲットしてブンブン振ってるイメージだったから、素材云々の話は頭から完全に抜け落ちていた。
そういえば、素材を集めて錬成するようなゲームもあった気がする。この国のように鎖国していてはなかなか手に入るまい。盲点だった。
ジュードの指が二本になった。
「二つ目。魔力のない者が魔法をうまく扱えるかが問題だ。魔道具のように魔法使いが魔力を込めることになるだろうが、あれが誰でも簡単に使用できるのは、そこまで大きな魔力を必要としていないうえに、単純な作りのものが多いからだ。しかし、武器用に用意するとなるとそうもいかないだろう?それだとどんな影響があるか分からないし、扱えるようになるまで相当訓練が必要になってくるだろう。そもそも、魔力を込める魔法使いの熟練度も課題だ」
アーチーがぎくりと肩を揺らした。
今度は指が三本になった。エヴァンがそれを見て絶望的な顔になった。
「三つ目。ギルダに協力をあおぎ試してみるにしても、ここではできない」
筆頭魔法使いはにこりと笑顔を浮かべた。その笑顔の裏には、それくらい分かるだろバカか?という副音声が聞こえる。
「…わ、分かりました…諦めます……」
最終的にエヴァンは顔を覆って項垂れた。アーチーがよしよしとその背を撫でている。
「ご、ごめんなさいエヴァン…。私の考えが足らず期待させるようなことを言ってしまって……」
それを見て、私も慌てて背を撫でてやると、「お気遣いありがとうございます…」と手の隙間から弱々しく返ってきた。
「そもそも、騎士にそんな大層な武器必要なのか?戦争に行くわけでもあるまいに」
ジュードは腕組みをして鼻を鳴らした。
「…まぁ、そうなんですけど…」
エヴァンも別の意味で鼻を鳴らした。
「!あぁ、忘れてたわ。騎士団って、騎士とは言っても戦争がないから戦ったりはしないのね。それじゃあ普段は何の仕事をしているの?」
「ええと……主に王族の警護や、国の警らですね」
なるほど、警察みたいなものか。
それにしても、彼がここまで食いつくとは思わなかったから悪いことをした。やはり男たるもの、そういうかっこいいものに憧れるのだろうか。それなら炎は難しくとも、他の魔法を使って試せばいいんじゃないだろうか。
そう思ってにこやかに提案すると、なぜだか魔法使い二人のじっとりとした視線が集まった。
「?」
「ギルダ……」
ジュードが心底呆れたような顔で見つめてくる。馬鹿にされていることにむっとして睨み返すと、溜息を吐かれた。
「もう、何なのよ。はっきり言って」
「……ハァ、気づけ。騎士団の普段の仕事はさっき聞いた通りだが、本来の目的はお前だ。お前と戦うことだ」
「!あっ、ギルダ様違っ……!」
「………」
「いたっ、ギルダ様誤解です……!い゛っ、」