別冊ブラウンさん
ブラウンさんとラビナのその後を読みたいと感想を頂き、ノリノリで書き上げてしまいました。
他にも読みたい登場人物などおりましたら、感想よりお知らせくださいませ。
「ラビナ、起きなさい」
「んー、まだ、眠い」
「夜更かしするからです」
「別に夜更かしなんてしてないわ。真っ暗な中で、何するって言うのよ」
私は、日課となったラビナとの朝の攻防を楽しんでいる。
日が沈むと眠る修道院。
日が登ると起きるのは、当たり前のこと。
人間、そんなに長くは眠れない。
それでも、ラビナは、毎日飽きもせずゴネる。
昨日の草刈りで疲れ過ぎた。
鶏小屋の掃除で、匂いがこびりついて吐き気がする。
ご飯が少なくて、力が出ない。
背中が痒くて、眠れなかった。
アンタの今にも噴き出しそうな顔がムカつく。
毎日、毎日良くこれだけ理文句を考えつくものだ。
それでも、暫く相手をしてやると満足するのか、渋々を装いながら服を着替える。
ここに来た直ぐの時は、前日脱いだ物を床に放り投げていたものだった。
でも今は、壁に掛けて、皺が寄らないように気遣っている。
靴も揃えて脱ぐし、髪も自分でブラッシングする。
伸びた髪を束ねるのは、私が分けてあげた赤い布で作った紐。
色味の少ない修道院の服に、些か派手ではある。
けれど、まだ10代の少女。
これくらいの自由は許して欲しいと院長に頼み込んで許してもらった。
「ぼーっとしてないで、行くわよ、ブラウン!」
自分が起こされた側なのに、ラビナは、ツンと偉そうに鼻を上に向けて先に出て行った。
子育てとは、こんなものなのかと、疑似体験出来る事が、なんともこそばゆい。
「こら、ラビナ、廊下を走ってはいけません!」
食堂に向かって駆けていくラビナの背中に、自分でも驚くくらい大きな声が出た。
「ちょっと、少な過ぎやしませんか?」
私が注いだスープの量に、目の前の大男が文句を言った。
「ここは、食べるに困った人間のくる場所です。貴方は、ひもじい思いをしたことは、ありますか?」
短く清潔に切りそろえた赤髪。
厚い胸板。
熊のように大きな体躯。
小綺麗な衣服。
とても、救済を求める人間じゃない。
腰にさした大振りの剣を見るところ、冒険者か、傭兵か。
「それと、今日ラビナは、修道院の大掃除に回されて、ここには居ませんから」
この男が、仲間らしき人間とラビナについて話しているのを聞いた。
街を上げてお祝いをされたシャーリー様とマックス様の結婚式から、もう一年が経つ。
この男達は、マックス様に訴えられ、修道院に行く羽目になった我儘娘を見にきたのだ。
腹立たしい。
出来る事なら、殴り飛ばしたい。
しかし、私の枯れ木のような腕では、返り討ちにあうのが目に見えている。
「あの子は、見せ物じゃありません。お引き取りください」
「あ、いや、その、そんなつもりじゃ」
「じゃぁ、どんなつもりなんですか?」
「それは・・・いつか、本人に言う。確かに、初めて来た時は、興味本位だった。でも、今は違う!絶対に、違う!」
大きく手を動かして、必死に訴えかける目が、とても澄んでいた。
「確かに、アイツを面白おかしく言う奴もいる。でも、そいつらは、二度と!絶対に!ここには近寄らせねぇ。だから、頼むよ、そんなこぇー目で見ねーでくれ」
とうとう両手を組んで、神に祈るように懇願し出した。
その必死さに、私は、驚いた。
「別に、私に嫌われたからといって、貴方が困ることなど何もないでしょう」
「いや、滅茶苦茶困る!アンタ、ラビナの母親みてーなもんだろ?アイツ、ブラウンさんは、小言が多いとか、面倒臭いとか言ってるけど、アンタの話しかしねー」
母親。
その一言が、私の体を震わせた。
ラビナの気持ちは分からないけど、赤の他人が見て、そんな風に思ってもらえるとは。
「おい、なんだよ、泣かねーでくれよ。おれが、アイツに怒られる」
「泣いてなんかいません」
「おばさん、目から水が出ることを涙って言わねーなら、なんて言うんだよ」
「汗です」
ははははははははははは
周りで私達の言い争いを聞いていた他の人達が、大笑いし始めた。
「こりゃいい、ブラウンさんは、目から汗を出す特技があるらしーぞ」
古参のお爺さんが、手を叩いて喜んでいる。
私は、恥ずかしさで顔を両手で隠した。
その日以降、私は、ラビナを炊き出しに戻した。
時折、あの男がラビナに話しかけては、軽い蹴りを入れられているのを見る。
本気で殴りかかられていない所を見ると、そう嫌いではないのだろうと思った。
そして、こっそり、
『アイツの名前、ロッソって言うんだって。髪の毛が赤いからって、安直よねー』
と教えてくれた。
その顔が、とても幸せそうで胸が一杯になった。
ロッソがラビナに冷たくあしらわれながらも、側に居ることを拒否されない日々が、一年過ぎた。
このまま上手く行けば、ラビナが私の手を離れるのも、そう遠い話じゃないだろう。
嬉しさと寂しさが混ざって、複雑な気持ちだった。
そんなある日、
「やっと見つけたぞ!」
炊き出しの準備をしていると、世界で一番聞きたくない声が、背後から聞こえた。
「テメーが逃げてから、俺は、運に見放されて大変だったんだ!黙って働いて、家に金入れて、大人しく言う事聞いてりゃ良かったんだよ、このアマ!」
腕を掴まれ振り返ったら、目の前に夫が居た。
「さっさと用意をしろ!帰るぞ!」
怒鳴り散らすのは、昔と変わらない。
でも、記憶の中の人とは別人かと思うくらい老けていた。
体も、栄養が足りないのが見てわかるほど細く頼りない。
私が何も言わないのが余程腹立たしいみたいで、突然腕を振り上げて、頬を叩いてきた。
パチン
衝撃でよろめき、私は、地面に倒れ込んだ。
でも、恐怖よりも、その力の弱さに驚いた。
ハッとなって見上げると、ハァハァと息を上げて私を見下ろす夫の背後に、椅子を振り上げたラビナが居た。
「ブラウンに、何すんのよ!」
ブン
振り下ろされた椅子が、夫の頭に激突する。
バキッ
簡易は椅子は、いとも簡単に壊れる。
でも、頭を直撃された夫は、プツリと意識をなくしたように地面に突っ伏して起き上がってこない。
「ブラウン!何してるの!逃げるわよ!」
「え?」
「アンタ、この男から、逃げてたんでしょ?ほら!」
手を伸ばされて、思わず掴んだ。
二人で、兎に角走って、走って、走って、着いたのは、冒険ギルドの前だった。
「ちょっと!ロッソは、居る?」
ドアを開けるなり、ラビナが叫んだ。
途端に、中から大男が転げ出てきた。
「ラ、ラ、ラビナ!ど、どうしたんだ!」
地面に転げ込んだまま、私達を見上げたロッソは、情け無く眉をハの字に下げている。
この男は、ラビナの前では、極端に弱腰になる。
「アンタさ、この前結婚してくれって言ったでしょ?」
首が壊れるんじゃないかと思うほど、何度も、何度も、何度も頷くロッソ。
「条件があるの」
「なんでも叶える!」
「ブラウンも一緒で」
「え?二人と結婚しろって言うのか?」
「馬鹿!結婚するのは、私だけよ!ブラウンも、一緒に住むって事!」
地団駄を踏んで怒るラビナを、ロッソが抱きしめた。
「喜んで!ラビナの母さんと住むって事だろ?断る理由がねぇ」
私は、目の前のやりとりが信じられずに、そのまま地面にへたり込んだ。
私が、お母さん?
ラビナの?
これからも、一緒にいられるの?
呆然と見上げると、ラビナが仁王立ちで私を見下ろしている。
「ブラウン、家事は、手伝ってもらうわよ!」
「え?」
「子供の世話とか、晩御飯作りとか、部屋の掃除とか色々あんでしょ!」
わざと意地悪な顔を作ろうとするラビナの顔は、微妙に笑ってて余計可愛く見えた。
「ババ、ババ、ブーババ」
「ブルー、ブーババじゃなくて、ブラウンお婆ちゃんでしょ!」
ニ才になったばかりの弟ブルーを、十歳の姉、レインボーが抱き上げる。
「レインボーは、いっつも偉そうだな」
9歳のクーパーは、母親似の姉に、へきえきとした顔でぼやいている。
「ねーねの悪口言わないでよー!」
8歳のローズは、強い姉にくっ付いて兄に牙を剥く。
7歳のパープルは、我関せずで絵を描いて、
6歳のネイビーは、その邪魔をしている。
5歳のインディゴと4歳のグリーン、3歳のピンクは、私の周りに張り付き、1歳のオレンジは、スヤスヤ私の腕の中で寝ていた。
毎年、暇もないほど産み続けたラビナは、怒り狂ってロッソを家から蹴り出した。
今は、部屋でグースカ寝ている。
ロッソも、流石に十一人目をとは言えず、暫く大人しくしているだろうと思う。
多分。
彼は、本当に働き者だ。
強力な氷結魔法を操る冒険者として名を馳せ、大陸全土を股にかけて稼いでくる。
ラビナ一筋なのは、街の皆が知る公然の秘密。
もう、誰もラビナが、あのラビナだと揶揄する者は居ない。
そんなことしたら、ロッソと、十人の子供と私が黙っていない。
一度、酔っ払いが我が家の前で喚いた時、
父譲りの氷結魔法で相手の足をレインボーとクーパーが固め、
8歳のローズは、姉を真似て最近習得したばかりの氷結魔法で地味にチリチリ鼻先を攻撃し、
7歳のパープルがクレヨンで顔に落書きし、
6歳のネイビーがヨダレでベチョベチョの手を男のズボンで拭き、
5歳のインディゴと4歳のグリーンと3歳のピンクが、泥団子を投げつけていた。
2歳のブルーは、初めての出来事に呆然とし、1歳のオレンジは、騒ぎの中スヤスヤ寝ていた。
私は、あらかたの攻撃が終わると子供達を家に入れ、バケツの水を掛けてやり二度と来ないようにと諭して男を家に返した。
あれ以来、あの男を街で見ないが、元気にしているだろうか?
「ブラウンお婆ちゃん」
「なんだい、レインボー」
「お母さんて、昔から、あんななの?」
母親というより末っ子のようなラビナ。
手間がかかるし、愚痴も多い。
それでも、子供達を愛しているのは間違いなく、毎日全員子供を抱きしめて回っては、
私、幸せ
と呟いている。
そして、時々、
ブラウン、幸せ?
と聞いてくる。
私は、毎回、
あぁ、幸せだよ
と答えてやる。
こんな日が来るなんて、夢にも思っていなかった。
私は、死ぬ日まで、毎日『幸せだよ』と答えるだろう。
完