第14話 我が儘を言ったり、甘えたり
で、一先ず今日やるべきことを終えて、外を歩く。
「もう空が茜色に染まっているわ……」
それはつまり帰る時間が近づいているということ。
まだまだ色んな体験をしたい私には来てほしくなかった時間。
そんな時間が来てしまった子どもはどうするか。
当然、テンションが目に見える形で下がる。今の私のように。
テンションが下がっている私はわざとゆっくり歩いたり、下を向いたりとテンションが下がっていることを行動に表す。
こんな行動、自分でも何をしているだって分かっているのだけども、それを抑えることはできなかった。
「…………」
「あー、お嬢様? 今日だけではありませんよ。また一緒に来ましょう」
「……ええ」
シノがせっかくそう言ってくれるのに不愛想な返事しかできなかった。
シノを傷つけちゃったかもと後悔する。
ううっ、空気が気まずい……。
でも、幸いなのはシノがそれでも手を繋いでくれているということ。しかも、離れないようにとぎゅっと。
うれしい。
後悔とうれしさを持ちながら私たちは帰路へと就いた。
家に帰って夕食を食べて、お風呂の時間。
それまではシノとはほとんど何も話さなかった。必要最低限のみの会話だけ。
いつものように話すためには何かきっかけが必要だ。そのきっかけは私が作らなければ! もとはと言えば私が子どもだったせい。きちんと自分の感情をコントロールすることができれば、このようにはならなかった。
なので、原因とも言える私からきっかけを作る必要がある。
では、何をするかだけども、こういうのは別の話題でなかったことにするとかではなく、真正面から私から謝ることだろう。
なかったことや別の話題から謝罪に繋げるなどそういうやり方もあるが、私には似合わない。
お風呂のためにお互いに一糸纏わぬ姿になり、浴場へ入る。
まだ謝らない。というか、タイミングではない。
あっ、ちなみにシノも裸なのは湯船に入る時の危険を考えてのこと。あの時から一緒に毎日入っている。
私は風呂椅子に座り、シノに体を洗ってもらい、終われば浴槽へ先に入った。
しばらくは私一人。
シノが体を洗い終えるまで、溺れないように奥へは行かない。縁から顔を出し、シノをじっと見て待つだけ。
「あの、お嬢様? そんなに見られると洗いにくいのですが……」
体を洗っているシノが恥ずかしながらそう言うが、暇なので止めない。
シノが洗い終わり、ようやく浴槽へ入ってきた。
いつものように私の隣で湯に浸かるが、やや距離がある。いつもぴったりくっついているのに。
その小さな距離は私にはとても遠い。
「…………」
「…………」
互いに無言が続く。
うう、こんなの嫌だ……。は、早く謝ろう。
「し、シノ!」
「は、はい!」
突然の私の言葉にシノが驚く。
「あ、あのね、今日の帰りはごめんなさい。私、あなたにひどい態度だったわ。今日のお出かけはあなたのおかげだというのに」
シノが誘ってくれなければ今日の外出はできなかった。もっと先の話だっただろう。
それなのに最後の態度。ひどい。
「い、いえ! そんな! 謝る必要はありませんよ! お嬢様の気持ちは当然のものです。私だって楽しい時間が過ぎてしまえば、同じ思いをしていました。まだお嬢様は幼いですし、それは仕方ないですよ」
「でも……」
「お嬢様」
シノが私の体を持ち上げ、自分の膝の上に乗せた。
「でも、じゃありません。お嬢様はまだ子どもなんですから、ああいうのでいいんですよ! ……まあ、私も空気が気まずくなって、お嬢様と距離を取ってしまいましたが……。ごほん、私も成長しましたし、今度からはこのようなことはありませんからね。ですから、遠慮なく我が儘を言ってもいいですよ。それに私はお嬢様に忠誠を誓った身。お嬢様が不利になるようなことは絶対に言いません」
「そうだったわね。あなたは私のものよね」
体をシノに預け、シノの頬に手を当てる。
「はい。私はお嬢様のものです。お嬢様の弱音もすべて私の中です。決して他人に貰うことはありませんよ」
「ありがとう」
精神が大人の私はもっと大人な対応をしなければならないと思っていたが、こうして結局大人の対応ができていないということを考えるとシノの言葉通り、我が儘を言う方が良いのかもしれない。
何せあれほどさんざん中身は大人と言ってきたのに実際は大人らしい対応もできずに子どもっぽいことばかり。
ここは素直に子どもっぽいということを我慢せずに過ごすほうがこのような問題は起きにくい。
うん、あまり無理はしないほうがいい。
「シノのおかげで心が楽になったわ。シノ、あなたに甘えさせてもらうわ」
「はい!」
その反動か、向かい合うように体を動かし、シノの温もりを求めた。
やや恥ずかしいのだけども、今はこの温もりが欲しい。
思えばこの温もりは全てシノのもののような気がする。
父はあの通り、積極的にスキンシップを取る性格ではない。
なので、こうして抱かれるなどのスキンシップはシノが一番だろう。
「私、こうしてくっつくのはあなたが一番多いわ」
「あら、それはそれは」
「嫌というわけじゃないわよ。ただの感想。シノとこうしてくっつくと結構落ち着くわ。なぜかしら?」
「ふふふ、なぜでしょうね」
もしかしたら父よりも落ち着くかもしれない。
それを確かめるには他の人ともこうすることなのだけども、もちろんそのようなことはしない。シノでそう感じるのならシノだけでいい。
そう思いながらシノの温もりを感じていた。
風呂から上がるとシノに私のベッドへ座ってもらい、その膝の上に私の頭を乗せた。いわゆる膝枕だ。
「えっと、お嬢様?」
「きょ、今日は甘えたい気分なの」
こうして強請るのは恥ずかしい。
でも、甘えたいという気持ちが大きいので、正直に言う。
うん、シノに言われて遠慮というものを少し止めてみたが、結構楽だ。
「ふふふ、仕方ないですね」
シノはそう言うと私の頭を撫でた。
「……撫でられると落ち着くわ」
「それはよかったです」
父に撫でられたことはあるが、それは片手で数えるほどの回数。
しかも、軽くポン程度のもの。シノのように何度も撫でてくれるというのはなかった。
なので、ある意味、初めて撫でられたと言っても過言ではないかもしれない。
これ、結構落ち着くし、心地いい。
「ねえ、反対側を向いてもいい?」
今、向いている方向は外側。つまり、反対というのはシノ側へ向くということ。
え? なんでシノのほうを向きたいかって? シノのほうを向くと色々と便利だから。
例えばシノの顔を見るとか。
今のままだと見えるのは私の部屋しか見えないし、シノの顔を見るためには首を大きく回す必要がある。
でも、シノ側だったらシノのお腹が見えるし、顔をみるためにそんなに大きく回す必要はない。
「ええ、いいですよ」
許可を貰ったので、体をくるんと回転。
私の目の前にはシノのメイド服。
位置は変わらないけれども、シノのほうを向いたせいか、匂いが強くなった気がする。
「風呂上がりだからかしら? いつもと違う匂いね」
「!! お、お嬢様!」
思ったことを口にするとシノは顔を真っ赤にする。
「そ、そのようなことを仰るのははしたないですよ!」
「ふふふ、ごめんなさい」
反省とは程遠い態度で、シノのお腹に顔を埋める。
「お、お嬢様……」
顔を埋めているので、何も見えない。
あ~、何だか幸せな気分。
頭は撫でてもらえるし、良い匂いはするし、温もりは感じるし、こうして甘えられる。
「その、積極的ですね」
「そう? 甘えるってこういうのじゃない?」
私が呼んだ小説(恋愛系)などでは、くっついたりすることは甘えるという行為になると書いてあった。
それに実際こうしてやってみて、幸せな気分にもなっているので、間違いはないはず。
「そ、そうですね。甘えるってこういうことですよね!」
シノも納得したようで、笑みを浮かべている。
「今日はこのまま寝たいわ」
このような幸せな気分で寝たらどうだろうか? きっと最高の寝心地になるに違いない。
「え!? さ、さすがにダメですよ! メイドである私がお嬢様と一緒に寝るなんて!」
「異性ならともかくシノは女性でしょう? 誰かに見られても問題ないわ」
男性であればそもそもこのようにくっついたりなんてしなかった。これでも中身は大人なのだ。……今は体に引っ張られるけど。
そういう貞操関係はしっかりしている。
「……そう、ですね。問題はないですね。ええ、問題はないです。一緒に寝ましょう!」
先ほどとは変わってシノはそう言って私の願いを了承した。
「では、着替えてきますね!」
シノは張り切って一旦部屋を出た。
膝枕をしてもらっていた私はちょっと寂しい。着替えるためとはいえ、離れるのは温もりなどが消えるので寂しくなってもしょうがない。
まだかなまだかなと待っているとようやくシノが帰ってきた。
メイドのシノのパジャマなんてもちろんのこと、見たことはない。つまり、初めて見る。
シノのパジャマは私が着ているような物とは違う。素材は良いが、形としてはシンプルなもの。
「その服、初めて見たわ」
「ふふふ、ですね。私もお嬢様の前でこの服を見せるのは少し恥ずかしいです。このパジャマ、あまり可愛くはないでしょう?」
「……そうね」
正直、あまり可愛くはない。
何せ飾りもないし、色も白というシンプルなもの。
「私もあまり気に入ってないんですよね。できればお嬢様が着ているような可愛らしいものが着たいのですが」
私が着ているのはワンピース型。装飾もされており、かなり可愛い見た目になっている。
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