13 ノウミィのように
僕は、こんなに血を使ってしまって大丈夫なんだろうか。
食後、恒例になった僕の血を与える会が始まった。ウキウキ顔のコボルド達。血を飲むのが待ちきれないのか、尻尾がブンブンと左右に勢いよく振れている。
「コウガ、最初は君だよ。」
腕を出しながらそう言うと、コウガは腰を下ろして口を大きく開け、上を向いて血を待つ。
またまた痛いのを我慢する時間がやってきた。そろそろ本当に嫌になってきているけど、仕方がない。十分な量の血を与えるにはそれなりの傷をつけなければならないから、痛みを我慢しよう。
コウガの口の上で手首を切り、血を流していく。コウガはゴクゴクと喉を鳴らしながら血を飲んでいく。
僕の血、今日でかなり減っているけど大丈夫なんだろうか。人間って一日にどのくらい出血したらマズイんだろう。前世ではそんな物騒なこと考える必要なんてなかったからちゃんと考えたことがなかった。理科の授業だかテレビだかで言っていたような気もするけど、僕は昔から頭が良い方ではなかったから、もう忘れてしまっている。
けど、かなりマズイ量の血を流していると思うんだよなー。朝昼晩こいつらに血をあげて、朝と昼にはノウミィに、昼にはブゥに与える分の血も使っている。
普通ならとっくに血が足りなくなっているんじゃないか?手首を切るなんて、割と大変なことだよね?今僕は子どもの体なんだし、血もすぐ足りなくなってしまうのでは?
そんな僕の不安を知ってか知らずか、美味しそうに血を飲んでいたコウガだったが、血が止まり始めた頃、様子が変わった。
「ぐっ…、これ、は…!」
お、どうやら体の変化が始まったようだ。コウガが口を押さえて体を震わせている。急いで手首に薬草を巻きつけて、コウガを見守る。
ズズズッ、と全身の毛が肌に吸い込まれていき、顔は平たくなり、大きかった体が人間のサイズへと縮んでいく。
耳と尻尾を残して、コウガは人間の姿になった。
コウガは、コボルドの時ほど大きな体ではなくなっていたが、190センチぐらいで人間にしてはとても身長が高く、筋肉隆々の大男だった。驚いたような表情をしている顔を見ると、クーノと同じように30代ぐらいに見えた。なんというか、ワイルドなおっさんって感じだ。
「おぉ!ついにおいらも変身できたねぇ!」
自分の手や体を見ながら、嬉しそうに言った。いい歳した屈強なおっさんが、無邪気に目を輝かせて自分の体を眺めている。
「あら、あなたはその姿の方がいいんじゃない?あなた、毛が汚れていることが多かったから、今の方が清潔でかっこよく見えるわよ。」
「…それは褒めてんのかい?それとも貶してんのかい?」
クーノが口に手を当てて微笑んでいる。きっと、昼にコウガに言われたことを根に持っていたのだろう。
コタロウは、みんなお揃いだ!と言ってはしゃいでいたが、ふとブゥに目をやり、わざとらしく笑いながら言った。
「ぷぷ、君だけ人間の姿になれないんだね、ブゥ。」
トレーニングをしていたブゥは、コタロウの言っていることを理解したようで、顔を赤くしてコタロウに体当たりをした。
コタロウの腹部に思いっきりブゥの体がぶつかる。加減はしているようだけど、それでも結構痛いだろう。
ウッ、と呻いてその場に蹲るコタロウ。ブゥは勝ち誇ったようにコタロウを見ながら、ブフッと鼻を鳴らした。
おいおい、ブゥ。お前そんな人を馬鹿にするような顔ができたのか。そんな顔できるなんて僕は知らなかったよ。
「…こ、こいつー!!」
コタロウは悔しそうな顔をして、四つん這いになり、オオカミの姿に変身した。それを見たブゥは一目散に洞穴から出て行った。
「待てーーっ!!」
「あ、ちょっ!」
僕が慌てて止めようとした時には、既にコタロウは洞穴から出て行った後だった。
あちゃー、これは大変なことになるぞ。2人の喧嘩が、というより、その後が…。
「……帰ってきてから、ですね。」
クーノがニコォッと笑いながら言った。
いやいやクーノさん。頭に血管が浮かんでます。優しいクーノさん、戻ってきて。
「ほ、ほどほどにね…。」
ハハハ、と笑いつつ返事をする。余計なことを言って僕まで怒られたらたまったもんじゃない。コタロウには悪いけど、この後のことは自分でどうにかしてもらおう。
「…さて、コウガ。君は体に何か変化を感じるかい?」
「んー…。おいら以外の2人は魔力がどうのって言ってたよな?どうも、おいらにはそんな感じはしないねー…。」
コウガは、何かを確認するように拳を握ったり開いたりしていたが、特に何も変化を感じないらしい。ノウミィが言うには、魔力は個人差があるものだってことだし、きっとコウガには魔気を操る力がないんだろう。
…だとしたら、コウガにとって、人間の姿のメリット皆無?
「ま、次はオオカミになれるかだな。コタロウのやつは、そうだな。こんな感じに…。」
そう言ってコウガは四つん這いになると、目を閉じて集中し始めた。すると、さほど時間もかからずに、クーノやコタロウと同じようにオオカミの姿に変身した。
しかし、その体はクーノやコタロウとは大違いだった。
「で、でかっ!!」
コウガの体は、普通のオオカミより大きく、馬ぐらいもある大きさになっていた。コタロウが中型犬、クーノが大型犬ぐらいの大きさだったから、それ以上大きくなるかな、とは思っていたけど、これはさすがに予想外。
僕は、吸い寄せられるようにコウガの体に身を埋めた。モフモフとした毛の感触に全身が包まれる。
これは、やばい。最高。モフモフ最上級。
「お、おい、シュンタ。急にどうしたってんだ。」
「あー癒される…このモフモフ…。たまらん…。」
「は、はぁ…」
コウガが困ったような呆れたような声を出していたが、構わずモフり続ける。前世ではこんな大きくてモフモフとした毛が生えた動物に触ったことなんてなかった。まるで巨大なテディベアに抱きついているような感覚だ。
コウガに抱きついてなかなか離れようとしない僕を見て、コウガとクーノは目を合わせて笑っていた。
・・・・・・
暫くコウガのモフモフを楽しんでいると、クーノが僕の肩を叩きながら、控えめに言った。
「シュンタさん、そろそろ私にも…。」
ああ、そうだった。クーノとコタロウにはまだ血をあげてなかったね。コウガが変身したからつい忘れていた。
渋々コウガの体から離れて、クーノに床に座るよう指示する。
はー、また手首切らなきゃだよ。もうそろそろ本当に心折れそう。嬉しそうに待ってるとこ悪いけどもう少し待ってね。覚悟決めなきゃ自分の手首なんて切れないから。
置いていた石を拾って、手首に当てる。深呼吸をして心を落ち着かせる。切るんだ。終わったらすぐ薬草で傷を治せるから大丈夫。
はぁー、それにしても、痛みを伴わない血のあげ方ってないのかな。このまんまだと朝昼晩で3人に3回ずつ血をあげるってなると、毎日9回も手首を切らなきゃいけないってことだ。血が足りるのかってことも気になるし、それ以前にそんなこと繰り返してたら食事の時間が憂鬱で仕方がない。
どうにか痛みがない方法はないだろうか。麻酔のような効果がある植物を探す?今まで見たことないけど、そんなものあるのだろうか。切っても痛くない体の場所を探す?いやいや、どこを切っても痛いでしょ。
はー…。ノウミィが土を操るみたいに、僕も血を操れたらなー。そしたら、小さな傷だけつけて、そこからこう、ズズーって引っ張り出せば痛みも少ないだろうに。
土を自在に操るノウミィみたいに。血を体外に出して、自由に動かせれば。そしたらみんなにも血を飲ませやすくなるのに。
そうそう、こんな風に。空中に血を集めて…。
「…!シュ、シュンタさん!?」
「…へ?」
目を閉じて、頭の中で自分の血を自由に操るのを想像していたら、慌てたような声でクーノが僕を呼んだ。
どうしたんだろう。そう思って目を開けると、目の前には赤い球体が空中に浮かんでいた。たった今、頭の中で想像していたように。
「な、なんで…!」
突然の状況に頭が混乱して固まっていると、球体が徐々に大きくなっていることに気づく。ゆっくりではあるが、確実にどんどん大きくなっている。
怖くなって一歩後ろに下がった時、気がついた。球体には、赤くて太い糸のようなものが繋がっていた。その糸を目線で辿ると、糸は僕の手首に繋がっていた。
いや、繋がっているのではなく、その糸は僕の手首から出てきていた。
目の前に浮かんでいる赤い球体は、傷をつけた覚えのない僕の手首から出てきた血が集まってできた、血の塊だったのだ。




