8 コタロウの苦難
「ぷはっ!…ハイ!これで6匹目!」
ノウミィが元気よく土の中から出てきて、手に持った魔物をコウガに渡し、また土の中に潜っていく。
まだ畑に来てから15分ぐらいしか経っていないのに、ノウミィが捕まえたモグロースは既に6匹目だ。ノウミィが捕まえるのが上手いのか、モグロースが滅茶苦茶トロいのか、どっちなんだろう。
ノウミィには、3人のためにとりあえず10匹を目標にモグロースを捕まえてもらっている。モグロースは、体長50センチほどの太った体型をしていて、見た目はモグラのように見えるが、足は前方についている2本のみで、尾ひれがついている。どうやら、前足で土をかき分けながら尾ひれをバタつかせて土の中を移動しているようだ。
ノウミィが取ってきたモグロースは全て気絶していて、ぐったりとしていた。
ノウミィ、土の中で一体何をしているんだ…。
土の中でノウミィがどのようにモグロースと戦っているのか知らない僕は、なんとなくノウミィに聞くことができなかった。なんか怖い。
「す、すごいやノウミィ。もう10匹集まったよ。ありがとう。」
「あら、もう10匹?意外とすぐ終わったわね。」
そう言って土の中から出てきて、土を操る能力で体についた土を払った。土で汚れていた体がすぐに綺麗になる。
「どう?モグロースの肉は食べれそうかしら。」
「んー。食ってみねぇとわかんねぇなぁ。なんせ、今までこんな害獣みたことねぇからよ。」
「帰ったら私が調理してみます。もし食べれるようなら、このぐらいの量で夜までは問題ないでしょう。」
こいつを、調理?…うっ、気持ち悪い。やっぱりぼくは肉料理は想像するだけでダメだな。調理中は席を外すことにしよう。吐いたりしたら大変だ。
「じゃあ、僕はバケツに水を汲みに行ってくるよ。3人は野菜を植えておいて。ノウミィ、働かせっぱなしだけど、よろしくね。」
「このぐらいなんともないわ!任せなさい!」
ノウミィが細い腕にぐっと力を入れながら、胸を張ってそう言った。前々から思ってたけど、ノウミィって他人に頼られるの好きだよな。分からないことがあったら丁寧に教えてくれるし、仕事を頼んだら任されてくれるし。
けど、最近は働かせすぎる気がするから、どうにか休ませてあげたいな。モグロースを捕まえるっていう仕事も増えて、より一層難しくなってるけど。
僕がバケツいっぱいに泉の水を汲んで畑に戻る頃には、既に野菜の種は植え終わっていて、ついでに今日の分のチョコの実も集め終わっていた。最近では、1日50個ぐらいのペースで手に入る。今まではそれで十分すぎる量だったのだが、コウガたちが食べることを考えるともっとたくさんほしいところだ。けど、それだとノウミィの仕事がまた増えてくし…。畑での水やりは僕の仕事だけど、それ以外は全部任せっきりだからな。うーん、やっぱりノウミィの休日はもっと先になるかな?
そんなこんなで、僕らは10匹のモグロースと50個ほどのチョコの実、そしてバケツいっぱいの水を持って洞穴へと帰った。
すると、洞穴の近くで遊んでいたはずのブゥとコタロウがいなくなっていた。
「ブゥー!コタロウー!帰ったよ!どこにいるんだい!」
大きい声で呼んでみても、返事がない。
もしや、もう凶悪な害獣が来たのか?今までずっと平和だったこの場所に?
そう考えて、ブワッと全身から汗が出る。まさか、2人は害獣に襲われたんじゃ…?
と、その時、何かが走っているような音が微かに聞こえた。耳をすませると、その音は森の奥の方から聞こえてくるようで、だんだん近づいているように聞こえる。
…待てよ、この足音って…。
音が聞こえてくる方向に目を凝らすと、遠くの方からブゥがこっちに向かって走っているのが見えた。やっぱりブゥか!よかった、無事だったようだ。
よく見ると、ブゥは口にぷつぷつの実を咥えていた。どうやら、僕たちが畑に行っている間に、ぷつぷつの実を取りに行ってくれていたみたいだ。
ブゥが無事なことに安心してブゥに手を振っていると、何やら様子がおかしいことに気がつく。
なんだか、いつもより一生懸命?というか、必死?
どうしたんだろうとブゥを見ていると、ブゥの後ろから何かが追いかけて来ているのが見えた。
その何かが、口を大きく開け、すごい形相でブゥを全速力で追いかけている。
…って、あれって、オオカミ!?
・・・・・・・・・・
時間は少し遡って。
シュンタたちが畑に向かった直後、ブゥが一度遊びを中断して、ぶぅぶぅ鳴き始めた。
「ん?なに?取りに行かなくちゃいけないものがあるの?」
シュンタの血を飲んでから、ブゥの言いたいことがなんとなくわかるようになった。
今は、森の奥の方に向かおうとしている。
「けど、父ちゃんにも母ちゃんにも言ってないし、何かあったら…。」
母ちゃんは僕が危ないことをするとすごく怒る。母ちゃんは怒ったらすげー恐いんだ。
んぶぅ、タシタシ、フンフンッ
「ほんとに?君がいれば大丈夫なんだね?」
んぶぅ
「わかった、それなら君を信じるよ。その代わり!もし母ちゃんに怒られそうになったら、君も一緒に怒られなよ!」
そう言って、僕は森の奥へ進むブゥについて行った。
ブゥはすごく足が速かった。僕のためにブゥなりに遅めに走っているみたいだけど、僕から見たらまだまだとっても速い。
それに、今の僕の体は人間のものになっちゃって走りづらい。もう転ぶことはあまりなくなったけど、走っていると足がもつれそうになる。
僕は一生懸命走った。ブゥに置いて行かれないように全力で走った。
けど、追いつけない。ブゥはたまに後ろを見て僕がついて来てるか確認して速度を緩めたりしてるけど、それでもブゥに追いつけない。追いついた!と思ったら、ブゥが足の動きを速くしてまた少し距離を離される。
うー、さっき僕が思いっきりブゥのお尻を噛んだから、きっと意地悪してるんだ。ブゥが楽しんでいるのがわかる。きっとブゥは今ニヤニヤしているに違いない。
くそー、絶対追いついてやる!絶対、絶対絶対絶対!!!
そう思って僕は全速力で走った。ブゥの背中を追って。
そうすると、体が急にカッと熱くなり、体がブルルッと震えた。
「っは…!なに、これ…?」
体の熱はどんどん高くなり、心臓がドクドクと脈打つ。全身がムズムズする。
僕がおかしいことに気づいて、ブゥが僕の側に駆け寄ってきた。口を押さえて蹲る僕を見て、心配そうに鼻をスンスン鳴らしている。
「うぅ、うー…!」
その状態が少し続いて、ハッと気づくと、体の熱とムズムズがおさまっていた。
あれ?と思って手を見てみると、僕の手は人間の手じゃなくて、コボルドの時のような手に戻っていた。
…んだけど、なんか今までの僕の手とちょっと違う気がするような…?
とりあえず立ち上がろうとすると、グラっとバランスを崩して四つん這いになる。え?と思ってもう一回立とうとするけど、また四つん這い。
どうしたんだろう。なんか全然立てないや。
ふとブゥを見ると、口を開け目を丸くして固まっていた。僕の姿を見て。
僕は急いで自分の体を確認した。
「えぇーー!」
僕は、人間でもコボルドでもなく、オオカミになっていた。
「すごい!すごいや!僕、また変身しちゃったよ!」
クルクルと回って、体を動かす。
これは、体が獣人ではなく魔獣のようになっている。すごい、こんなの初めてだ!
「ブゥ、平気だよ。それより早く行こうよ!なんか走りたくてウズウズする!」
ブゥにそう言うと、ほんと?と確認するように一度鼻を鳴らしたけど、すぐに歩き出した。
やっと人間の足で歩くのに慣れ始めてたのに、次は四つん這いで歩くなんて!
僕は足を引っ掛けて何回も転びながら、ブゥを追いかけた。まだうまく走れないから、ブゥも歩いてくれている。
しばらく歩くと、だんだん慣れてきて、少しずつ走れるようになった。
走れるようになって気づいたけど、すごく体が軽く感じる。
まだまだ体を動かすのが難しいけど、人間の姿だったころより遥かに速い。
もしちゃんと足を動かせたら、今までの何倍も速く走れそうだ。
そんなことを考えてワクワクしながら森の中を進んでいると、なんだか薄暗い場所にやってきた。
すると、ブゥは僕に向かって何か注意するようにぶぅぶぅ鳴いた。どうやら、ここで食べるな!ってことらしい。
何のことかわからなかったけど、とりあえず頷いて中に入っていった。
「僕もそれ運びたいよ、ブゥ!」
ブゥは、赤い実を口に咥えていた。この薄暗い場所には、今日の朝シュンタが食べていた赤い実がたくさん実っていた。ブゥは、これを洞穴まで持って帰るらしい。
僕もブゥのように口に咥えたいけど、僕らコボルドにとって、この赤い実は毒だって母ちゃんに言われている。そんなものを僕が口で咥えるのは無理だ。
けど、僕だってシュンタにその実をあげたい。せっかくここまできたし、ひとつぐらい持って帰りたい。
けど、今の体じゃどうしようもない。
せめて、さっきの人間の体に戻れれば、実を持ったまま走れるのに。
人間の、人間の体に…。
そう思っていると、また体が熱くなって、全身がムズムズし始めた。
これって、もしかして…!
体の熱にしばらく耐えていると、気づいた時には、僕はまた人間の体に戻っていた。
「す、すごいよブゥ!僕、自由に変身できるようになったよ!かっこいいー!!」
僕はぴょんぴょん跳ねて喜んだ。
今までこんなことできたことないし、同じ集落の仲間にだって変身できるやつを見たことない。
ってことは、僕がコボルド族で唯一変身できるってことだ!
とっても嬉しい!このことを、早くハンゾウ様に言いたいな!ハンゾウ様はきっと褒めてくれる!
鼻歌を歌いながら上機嫌で赤い実を取って、両手を使って3個の実を腕に抱える。
ブゥは1個、僕は3個。フフッ、僕の勝ちだ。
「ブゥ、1個しか持てないの?ぷぷ、まだまだ子どもだね。」
さっき僕に意地悪した仕返しだ。僕は僕ができるせいいっぱいの意地悪な顔をしてブゥに言った。
すると、カッチーンと音が聞こえてきそうなほど、ブゥの表情が変わった。
そしてそのまま僕から顔をそらすと、全速力で走り出した。
「あ、待ってよブゥ!」
焦って僕も走り出す。ブゥは足を緩めることなく走っている。
一生懸命追いかけるけど、ブゥとの距離は縮まらないどころか、どんどん開いていく。
オオカミの姿になればもっと速く走れるけど、そうすると手に持っている実は運べなくなってしまう。
僕はもっと速く走ろうと、ぐっと足に力を入れた。
すると、ちょうど足を踏み出した地面が泥濘んでいて、足がズルッと滑り、僕は盛大に転んで地面に顔を打ちつけた。
いってーーー、モロに鼻打ったーーーー。
あまりの痛さに泣いてしまいそうになるのを我慢していると、ベチャベチャっと音が聞こえた。
えっ?と思って横を見ると、さっきまで僕が持っていたはずの実が、地面に落ちて見事に潰れていた。
シ、シュンタにあげるはずだったのにー!!
「う、うぅ…ヒック…」
僕が痛みと悲しさで今にも泣き出しそうになった時、さっきまで遠くにいたブゥが、すぐ目の前に来ていることに気づいた。
もしかして、助けに来てくれたの?
僕は涙を必死に堪えてブゥを見つめた。
するとブゥは、そんな僕を見てあろうことか、すっごく意地悪な顔をして、ブフッと笑った。
カッチーーーーン
キレた。キレたよ僕は。絶対に許さない!!!
絶対に一発殴ってやる!!!!
僕は涙を堪えるのも忘れて、四つん這いになる。
絶対捕まえる。捕まえる。絶対。絶対絶対捕まえる!!
するとまた体が熱くなって、僕はオオカミに変身した。
ブゥは体をビクッと震わせて、一目散に逃げ出す。僕はそれを一心不乱に追いかけた。
しばらくはブゥが僕との距離を離していたけど、しばらくして僕が走るのに慣れてくると、少しずつ距離が縮まってきた。
許さない、許さないよ!ブゥ!!
あともう少し、あともう一歩!というところで、ブゥが突然足を止めた。
僕は急に止まることができずにそのままブゥを巻き込んで地面を思いっきり転がる。
イテテ…と言いながら起き上がると、そこには怖い顔をした2人のコボルドと、ポカーンとした顔の1人の人間が立っていた。
・・・・・・・・・・
以下、僕もちびりそうなほど怖いので音声だけでお届けします。
「…ごめんなさい。」
「あのな、コタロウ。あんな無茶な走り方したら怪我するだろ?もっと落ち着いてゆっくりでもよかったじゃねぇか。まぁ、今回は変身ができてばっかで、気が浮かれてたからしょうがねぇけど…」
「あらあなた、何を言っているの。今回は?しょうがない?フフッ、面白い冗談ね。コタロウが本気にしてしまうわ。今すぐやめてちょうだい。」
「……お、おぅ…。」
「か、母ちゃん…、僕…」
「ねぇ、何を考えているの?コタロウ。一歩間違えばブゥさんに怪我をさせていたかもしれないわ。もしかしたらその先にいたシュンタさんにまで。あなたが勝手に転んで、勝手に怒って、そして勝手に追いかけて転んで…。そうやって人様に怪我なんてさせてもいいと思っているの?」
「思って、ないです…。」
「なら、反省した気持ちをきちんとお母さんに教えて?」
「も、もう二度としませ「聞こえないんだよバカ息子!!!もっと腹から声出しな!!!」
「…ブ、ブゥ。お前もあまりコタロウを揶揄うんじゃないよ。コタロウ君、可哀想だから。」
「ん、んぶぅ。」




