2 侵入者
「…じゃ、おいらはそろそろ行こうかねぇ。」
月が辺りを明るく照らす頃、ついに行動を開始する。
1時間ほど前、妖精は洞穴の入り口にある花の中で眠りにつき、人間とラビット族は洞穴に入っていった。きっと既に眠りについているだろう。
「父ちゃん、気をつけてね。」
まだ小さい息子が抱きついてきて、ぎゅっと力を込めた。心配しているのだろう。尻尾がしゅんと垂れ下がっていた。
「あぁ、行ってくるよ。」
みんな腹が減って弱気になっているんだ。ラビット族の子ども程度、心配する必要もなく捕まえられる。
「あなた。人間と妖精には気をつけて。何をしてくるかわからないわ。」
小さく頷いて、おいらは洞穴に向けて足を踏み出した。
音を立てないように、ゆっくりと。
手には、鋭いナイフを握らせて。
洞穴はそこまで広いわけではなく、中に入れば全体が見渡せるほどの広さだった。中央には、人間とラビット族が身を寄せて眠っていた。
なんだぁ?ありゃあ。草、にしては分厚い、柔らかそうな…?
そいつらは何やら不思議なものの上で寝ていた。ラビット族にそんなものを作る習性はないはずだから、あれはきっと人間が作ったものなのだろう。体をゆったりと包み込み、寝心地は良さそうだった。
ふと、洞穴のなかを見渡すと、隅の方に何かが積まれてあるのに気がついた。起こさないように忍び足でそのそばまで行ってのぞいてみると、そこにはたくさんの植物が種類ごとに分けて置かれてあった。
これは…回復薬になる薬草だ。それに、こっちはくっつくやつ。こっちは…綿だな。森の中で見たことがある。それにこれは、今日あいつらが取ってきてた赤い実だな。
赤い実は大きく、食べれば腹が満たされそうだが、おいらたちにとってこの実は毒だ。食べただけで死ぬことはないが、高熱や腹痛、吐き気などを引き起こす。ただでさえ腹が減って免疫力が低下しているときにこれを食べたりなんかしたら、ひとたまりもない。残念だが、この実を食べることはできない。
この実に毒がなければどんなに良かったか。小さく舌打ちを打って、その隣を見る。
「なっ…!」
それを見た瞬間、つい声を出してしまった。
慌てて口を手で塞ぎ、寝ている奴らを見る。しかし、特に目を覚ます様子はなかった。
ふーっ。危ねぇ危ねぇ。こんなんで失敗なんかしてられねぇよ。
…しっかし、これは…。
それは、黒く美しく輝く、小さな実だった。この実は、おいらたちの種族の大好物だった。その実は、地中深くに実をつける植物のもので、簡単には手に入れることができない。掘れば手に入りはするが、地上から3メートルほど深くまで掘らなければならないし、しかもつける実の数は多くない。どんな土地で育つのかもよくわかっておらず、栽培には成功したことがなかった。
しかし、目の前にその栽培不可能だと思っていた実がドサっと山を作るほど大量に置かれている。この量だとだいたい1000粒以上はあるだろうか。信じられない量だ。それに、指で摘めるほどの小さい実だが、通常よりも大きい。きっと育つのに最適な土地でとれたものなのだろう。
一粒手に取り、口に入れてみる。カリッと実が砕けると、口の中に甘味がいっぱいに広がった。
間違いない。これはおいらたちが大好きな実だ。
その瞬間、腰に付けていた布袋に、目の前の実を詰め始める。
これで腹が膨れることはないだろうが、誤魔化すことはできる。息子と妻に食べさせてやらなければ。
おいらは、無我夢中で目の前に積まれた実を布袋に入れていった。
・・・・・・・・・・
…んー?何か、ガサゴソ、聞こえる…?
霞んだ意識の中、耳に届いた物音で目を覚ました。
何やら部屋の隅の方で音がなったような?
体を起こして植物を保管している方を見ると、何かがその植物を漁っていた。
…えっ、誰!?なに!?
僕は驚きすぎて固まってしまった。僕らの洞穴の中に、僕の知らない生き物がいる。薄暗くてよく見えないが、大きな体をした、フサフサの毛に覆われた何か。そいつはこちらに背を向けていて、そいつの尻からは毛に包まれた尻尾が生えており、ブンブンと勢いよく左右に振れていた。
やばい、泥棒だ。チョコの実泥棒だ。しかも明らかに魔物の。
どう見ても人間ではない。そいつは二足で立っている動物型の魔物だ。後ろを見ているからどんな魔物かはわからないけど。
どうする?これ、どうしたらいいんだ?
冷や汗をかきながら、必死に頭を回転させる。
泥棒にものを盗まれる体験なんて生まれて初めてだ。しかもリアルタイムで物を盗むところを見られるなんてすごいな。
初めての体験に身を凍らせていたが、そいつをよく見てみると、そいつはチョコの実を手に持っている袋に詰めているようだった。
もしかして、お腹を空かせた魔物なのか?
ただチョコの実を食べたいだけの?
そう思うと、声をかけたくなってきた。
チョコの実なら普段からノウミィが取ってくれるし、今は畑で育てているからすぐ手に入る。もし欲しいのであればそんな風に盗まなくてもいくらでも渡すことができる。
それに、ここで恩を売っておけば、この魔物も味方になってくれるかも?
そんな風に考えて、僕はそいつに声をかけることに決める。
ちょっと怖かったから、声をかける直前に隣のブゥの体を揺さぶって起こしておいた。
ブゥが眠そうに目を閉じたまま顔を僕の方に向けた。
「…あのー、あなたは一体…」
と声をかけると、そいつはビクッと体を震わせ、素早く振り返った。
うっわ、オオカミ?いや、犬か?
二足歩行する犬型の魔物っていえば、ゲームにもよく登場するコボルドとかいうあの…。
なんて考えていると、顔の横を何かがシュッと通り抜けた。
「…え?」
後ろで何かが壁に刺さる音がする。僕の頬からたらりと血が垂れた。
・・・・・・・・・・
「…あのー、あなたは一体…」
夢中で実を袋に詰めていると、後ろから声がした。
ヤバい!と思って振り返ると、人間が不思議そうな顔でこちらを見ていた。
まずい、実を取ることに夢中になりすぎて人間を起こしてしまった。人間はラビット族に手を触れていて、軽く揺すっていた。
このままだと、外の妖精に助けを求めかねない。
それだけは阻止しなければならない。
急いで腰からナイフを引き抜き、人間の頭に向かって素早く投げる。
しかし、動揺と焦りで手元が狂ってしまい、ナイフは人間の頬を擦ってそのまま洞穴の壁に刺さった。
くそ、外しちまった。
小さく舌打ちをして、すぐに人間へ飛びかかる。
こうなれば直接仕留めるしかない。コボルド族特有の鋭い牙で噛みちぎってやる。
両手で人間の両肩を掴み、首元に食らいつこうと大きく口を開ける。人間はさっと顔を青ざめたが、反応できるほどの時間は与えない。
そのまま、口を力強く閉じようとする。
と、その時。突然腹部に何かがめり込んだような痛みが走り、体が勢いよく後方へ吹き飛ばされる。そのまま壁に体が強く打ちつけられる。
痛みに腹を押さえながら前を見ると、顔を青ざめた人間の前に、黄色い小さな魔獣が立ちはだかっていた。




