4 新たな暮らし 3人目
ノウミィ曰く、妖精の言葉は普通の人間には聞き取ることができないらしい。それは、人間とは異なる方法で言葉を発しているためだからだそうだ。
妖精は、「魔気」というものを利用して仲間とコミュニケーションをとっている。魔気というのは、所謂空気の魔法版のようなもので、そこら中に溢れかえっているものらしい。
その魔気に自分の意思を乗せ、意思の乗った魔気を相手の魔気感知器官に直接ぶつけることで自分の意思を伝えることができ、受け取る側は送られて来た意思を脳内で言語に変換して再生する、というのだ。だから、僕にはノウミィが日本語で話しているように聞こえるらしい。
うーむ、わからんな。よくわからん。
確かにそう言われてみれば、聞こえてくる言葉と口の動きが微妙に違っているように見える。
まぁ単純に考えれば、脳内テレパシー、みたいな感じかな?
「いいえ、念話と魔気での会話には多少違いがあるの。音を発さず交信できる念話と違って、魔気で意思を伝える場合、音が発生するのよ。」
ノウミィによると、体にある魔気感知器官が発達していれば、言語として脳内変換されるが、人間や獣のように魔気感知器官が発達していない生物にはただ鳴き声を発しているようにしか聞こえないらしい。
「そっちのラビット族だって、私の言葉は届いていないはず。ラビット族の子どもは魔気感知器官が発達していないから。」
そう言われてブゥを見てみると、退屈そうに土の匂いを嗅いでいた。どうやら、本当に言葉が通じていないらしい。
「じゃあ、僕の言葉が君に通じているのは…?」
「んー、あなたが魔気を使って意思を送っているから、としか考えられないわね」
なるほど。知らず知らずのうちに僕は魔気を使って話すことができるようになっていたらしい。
いつ習得したのか、もしくは最初から使えたのかは全くわからないが、今後、魔気感知器官とやらが発達している生き物とは会話ができるというのはとても嬉しいことだ。
「まぁあなたが記憶を失っている以上、なぜあなたが魔気を操作できるのかは考えても仕方がなさそうね。そんなことより…」
ノウミィは考え事を振り払うように頭を軽く振って、その小さな手で僕の手を握った。(正確には小指を抱えているような感じだが)
「ちょうどいい時に出会えた!あなた、私を助けてくれない?」
「助ける?」
ノウミィは後ろを振り返り、自分の背後に隠していた植物を見つめた。
「実はね…」
ノウミィのお願いを簡単にまとめると、「植物を育てるのを手伝ってくれ」ということだった。うん、ちょっとまとめすぎたかも。
ノウミィは土の妖精だけあって、土に関する能力を持っているらしい。しかし、ノウミィのような小さな妖精ではあまり強力な能力を使えないようで、例えば、植物が育ちやすいよう、土の栄養分を増やしたり減らしたりと調節する能力があるらしい。
ノウミィはその能力を使ってとある植物を育てたかったのだが、ひとつ問題が生じた。
土の妖精は、水に触れることができない。
ノウミィが育てようとしていた植物は、雨水では水分が足りていないのかカラカラに萎びている。いくら土にたっぷりの栄養があっても、水分が足りていないと枯れてしまう。
しかし、土の妖精であるノウミィは水に触れると酷く脆くなってしまうため、植物に水を与えることができなかったようだ。
そのため、水分が豊富な泉の側で育てようとしたものの、そもそも水分を多く含んだ土ではノウミィがうまく能力を使えない。それで泉の近くの乾いた地面に植物を植えたが、どうやって水を与えるか悩んでいた、ということだった。
「育てるのはその植物じゃなきゃいけない理由があるのかい?」
ただ何かの植物を育てたいなら、既にある程度育っている植物の根元の土をいじれば済む話だ。
なぜわざわざこの枯れかかっている植物にこだわるのだろう。
ノウミィは悲しそうに目を伏せながら、呟くように言った。
「この植物は、私を守る家になる、特別なものなのよ。」
「家?」
「ええ。私のように小さな妖精は、とても力の弱い存在で、私にはこの森に住む様々な生き物に殺されてしまう危険が常につきまとっているの。そんな私の身を守るのがこの植物よ。」
そう言うとその植物の元へ飛んでいき、萎びている葉っぱを優しく撫でる。
「この子が育たないと、私がこの森で生き残ることはとても難しいの。」
んー、植物が家、かー。
なんだろう、前世で言うとカクレクマノミのようなものなのか?毒を持つイソギンチャクに住むことで外敵から身を守る、みたいな。もしかすると、この植物はバラ科のような棘を多く持つ植物なのかもしれない。
確かにノウミィは小さく、潰そうと思えばすぐ潰せてしまいそうなほどだ。ブゥでも足で踏み潰せてしまいそうなほど小さいのに、トラやクマのような大きな猛獣に出会ってしまえばひとたまりもないだろう。
「どうか、私を助けてもらえませんか?この植物に水を与えてあげるだけでいいんです。」
ノウミィが丁寧に頭を下げる。その俯かせた表情は見えないが、ぷるぷると震える手から必死さが伝わっている。
んー、そんな一生懸命頼み込まれるとなー…
なんか逆に申し訳ない気持ちになるな…
僕にはノウミィを助けない理由が特にない。
木で作ったバケツを使えば植物への水やりなんて朝飯前だ。
だから、ただ普通に承諾してもいいのだけど…。
「よし、じゃあひとつ条件を出すよ!」
「…条件?」
ノウミィが不思議そうに首を傾げる。
「そ!ちょっとキツいこともあるかもしれないけど、この条件を飲んでくれるなら、その植物への水やりは任せてくれて構わないよ」
にっこりと笑って怖がらせないように言う。
別に、難しいことじゃない。
「あ、その前に確認しておきたいんだけど、ノウミィはあらゆる植物が育ちやすい土を作れるってことでいいんだよね?」
「そ、そうね。今はまだ難しい植物もあるけど、水さえどうにかなれば大抵のものは問題ないと思う。」
よし!これで決まりだ!
「ノウミィ、僕とブゥと一緒に暮らそう!」
そう言ってノウミィに右手を差し出す。
するとノウミィはよほど驚いたのか、目を見開いて固まっている。
「あなたたちと、暮らす…?どうして…?」
「理由は3つ!」
ノウミィの目の前に3本の指を立て、指を順に折りながらその理由を説明していく。
1つ。一緒に住んだ方が植物の面倒を見やすい。
僕とブゥは水浴びをした後には必ず水を2つのバケツにたっぷり汲んで洞穴に戻っている。飲み水や生活水として使うためだ。
それならその水を植物に与えるものにしたらいい。2つ持っていっていたバケツを3つに増やせば量の問題もないだろう。
水の問題だけではなく、外敵に襲われにくくもなるはずだ。さすがにトラやクマが来てしまえば逃げるしか手がないが、ブゥぐらいの動物なら僕でも追い払えるかもしれない。
そう言った意味で、一緒に洞穴に住んだ方が危険が少ないだろう。洞穴の中は光が届かないから無理だとしても、洞穴の入り口近くなら日光も当たるはずだ。
2つ。僕のために赤い実を育ててもらう。
これが結構重要。むしろ僕がノウミィと一緒に暮らしたいと言いだしたのはこのことを思い出したからだ。
今は赤い実を食べるためにブゥがわざわざひとつずつ運んできてくれている。
しかし、いつまでもブゥにお願いし続けるのはブゥに申し訳ない。
そこで考えたのが、家庭?果樹園計画!
もしも洞穴の近くで赤い実が育つなら、ブゥにそんな苦労をかけずに済むし、また別のことも始められるかもしれない。どれくらい先になるかはわからないが、いつかいろいろなところを冒険をしてみたいと思っているし、そのためにしなければいけない準備はたくさんあるだろう。
ノウミィの能力で赤い実の木が洞穴の近くにできれば、ノウミィと一緒に暮らすのは僕たちにとって大きなメリットとなるだろう。
3つ。知識が豊富なノウミィに様々なことを教えてもらう。
これが最も重要なことだ。
この世界に来たばかりの僕は、この世界についてほとんど何も知らない。この世界の生き物であるブゥもいるが、会話ができないので詳しく知ることができない。
ところが、会話のできるノウミィがいれば、暮らしやすさが全く違う。ノウミィから話を聞くことで、魔気と呼ばれるものの存在を知ったし、ブゥの仲間の種族がいることも分かった。それに、森の中にはどんな生き物がいるのか、どんな植物があるのか、僕たちが知らないことを多く知っているだろう。
ただでさえ、異世界転生に必須の脳内で響くガイド音声がない僕にとって、こういう存在はありがたい。
知らないことが多すぎる。僕はノウミィにたくさん話を聞きたいと思った。
「というのが、僕が挙げる3つの理由だよ」
ノウミィは僕の言葉をもう一度繰り返しながらすこし考え込んだ後、確認するように質問してきた。
「ということは、私があなたたちのためにすることは、果物を育てることと、あなたの質問に答えればいい、ということだけ?」
んーそんな言い方をすると、仕事が少ないように聞こえるなー。
僕なりに結構お願いしてるつもりなんだけど。
「そんなことでいいなら、もちろん喜んで協力するわ!」
そう言って、ノウミィは嬉しそうにパタパタと飛び回った。
こうして、僕とブゥの2人暮らしが、ノウミィを加えた3人暮らしとなることになった。




